ウエットスーツに身を包んだ彼女は、グローブをはめた手で天幕につかまり、船べりに立っている。エメラルド色の水の中に何ものかの影が現れ、勢いよく通り過ぎようとした。
この女性、ヒメナ・ロドリゲス氏は、アラブ首長国連邦(UAE)にあるエミレーツ・ワイルドライフ・ソサエティの海洋生物学者だ。太陽が照りつけるペルシャ湾の浅瀬、アブダビから80キロほど離れたブ・ティナ島の沖で、船は波を切って進んでいた。彼女はひざを曲げ、うねりに合わせて体を上下させている。「待て……待て……待て」と後ろでつぶやいていた船長であり科学者でもあるニコラス・ピルチャー氏が、ついに叫んだ。「今だ!」
ロドリゲス氏はデッキから水中に飛び込むと、巨大なアオウミガメ(Chelonia mydas)の甲羅をつかみながら、数秒のうちに水面に浮上した。午後には彼女の同僚の研究者たちが、ウミガメの健康チェックをし、体を計測し、追跡装置を取り付ける。これで、中東の海を渡っていくアオウミガメの動きを追うことができる。(参考記事:「【動画】赤ちゃんウミガメの体力測定、光害研究で」)
アオウミガメの生息範囲は広い。このカメは南アフリカからガラパゴス諸島まで、あるいは日本からカナダの一部までなど、世界中の熱帯から温帯の海域にすんでいる。だが、中東に広がるこの穏やかな海域ほど、彼らの生態がわかっていない場所はない。しかも、この地域の変化のスピードはすさまじい。
そうしたわけで2018年の3月、ブ・ティナ島の小さな砂嘴の近くで、研究者たちの国際チームは何十という数のアオウミガメを捕獲したのだった。ここはウミガメたちが、産卵の前に海草をたらふく食べにやってくる場所だ。研究者たちが知りたいのはいくつかの基本的なことだ。アオウミガメはどこで産卵するのか? 生息数はどのぐらいか? どうやったら彼らを保護できるのか?
「長期的な傾向を知るには、データが必要です」と、3月の調査を率い、マレーシアでウミガメ調査団体を運営するピルチャー氏は言う。「とにかくデータがありません。ブラックボックスです」
おすすめ関連書籍
絶滅から動物を守る撮影プロジェクト
世界の動物園・保護施設で飼育されている生物をすべて一人で撮影しようという壮大な挑戦!
定価:3,960円(税込)