■NPO代表 川村博さん 58
東京電力福島第一原発事故により全町避難が続く浪江町幾世橋の避難指示解除準備区域の畑で、赤や黄色のチューリップが浜風に揺れている。「古里の美しい風景を取り戻したい」。町を離れ避難生活を送るNPO法人代表、川村博さん(58)が昨年秋、球根6600個を植えた。町内で野菜作りも始めた。いつの日か、町内で農業が再開するための一歩にしたいとの思いを抱く。
チューリップ畑は、福島第一原発から北に約7キロの6号国道沿いにある。浪江町内に一時帰宅する町民が車窓から、色鮮やかな風景に見入っている。
畑を見回る川村さんはいつも、「きれいな花を咲かせてくれて、ありがとう」と心の中でつぶやく。町のみんなに美しい古里を忘れないでほしい-。「花の名所」をつくり町民を出迎えようと、チューリップの球根を買い約4アールの畑の一角に植えた。
高齢者や障害者の日常生活を支援するNPO法人「Jin」代表の川村さんは原発事故後、郡山市や猪苗代町で避難生活を送り、現在は南相馬市の借り上げ住宅で暮らす。窮屈な部屋の中で、静かに目を閉じる。生まれ故郷の野山と川が浮かぶ。自らの心の原風景だ。美しい古里を必ず取り戻すと誓い、この3年間を生きてきた。
川村さんは避難区域再編で町内への立ち入りが可能になった昨年4月、畑にトマトやナス、カブ、ニラ、ラッキョウなどの野菜を植えた。避難先で「畑仕事で汗をかきたい」と願うお年寄りらが多いと聞いたためだ。二本松、本宮両市の仮設住宅の高齢者らを浪江町まで送迎し、農作業を手伝ってもらった。参加した住民は「久しぶりに浪江で農作業ができた」と喜んだ。その笑顔が忘れられない。
収穫した農作物は県の放射性物質検査を受けたが、ほとんどが検出下限値未満だった。しかし、避難区域内での栽培のため出荷はできず、飼育しているニワトリの餌にした。ネズミやイノシシに野菜を荒らされることもあるが、くじけない。将来、町民が営農を再開する際、放射性物質の影響を受けない農法を教えるため研究を重ねていきたいと考えている。
今後は、放射性物質をほとんど吸収しないというブドウの施設栽培を始める。
「浪江の農地で再出発する町民を後押しできるよう、活動を続けたい」
(カテゴリー:連載・今を生きる)