静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」で死刑が確定し、3月27日に再審が認められた袴田巌(いわお)さん(78)が同日、逮捕から48年たって東京拘置所(東京・小菅)から釈放された。時事ドットコムなどが報じた。

袴田巌さん(78)について、静岡地裁は27日、拘置の執行停止の効力を止めるよう求めた静岡地検の申し立てを退けた。地検が釈放を指揮し、袴田さんは同日午後、逮捕から48年ぶりに釈放された。

今回の決定は、死刑確定事件の再審開始決定と同時に、拘置の執行停止まで認められた初のケースだった。

(時事ドットコム「袴田巌さんを釈放=逮捕から48年ぶり-検察の拘置停止申し立て退ける・静岡地裁」より 2014/03/27 17:30)

袴田さんは、姉の秀子さん(81)らと一緒に車に乗り、拘置所を出たという。

支援者によると、袴田元被告には決定文を見せて再審開始について伝えたが、「ウソだ」と信じられない様子だったという。

(朝日新聞デジタル「袴田巌さん、東京拘置所から釈放 再審開始決定受け」より 2014/03/27 17:26)

NHKニュースは「袴田さんの近況」として次のように伝えている。袴田さんは逮捕されたあと、一貫して無実を訴え、家族に宛てて手紙を書き続け、その数は合わせて5000通を超えたという。

袴田さんがかつてプロボクサーだったことから、元世界チャンピオンの輪島功一さんらが支援を続け、再審の開始を裁判所に求めました。弁護団によりますと、最近は糖尿病の症状が悪化したため、今月3日から医療棟に移されていたということです。

(NHKニュース「逮捕から48年 袴田さん釈放」より 2014/03/27 18:18)

元プロボクサーの袴田さんは、静岡県で1966年に一家4人が殺害された袴田事件で死刑が確定した。しかし無実を訴えて再審を求めた結果、静岡地裁(村山浩昭裁判長)が3月27日、再審開始を認めた

静岡地裁は決定で、袴田さんが事件を起こした時に着ていたと以前の死刑判決で認定された衣類について、「重要な証拠が捜査機関に捏造された疑いがあ る」とした。そのうえで「拘置を続けることは耐え難いほど正義に反する」と指摘して、死刑の執行と勾留を停止し、釈放を認める異例の決定をした。

 

  [2014/03/27]

 2014年3月27日、いわゆる「袴田事件」の第2次再審請求について、静岡地裁が裁判のやり直しを認めました。事件の概要や再審(裁判のやり直し)請求に至った過程などを振り返ってみます。

どんな事件だったのか?

 「袴田事件」とは1966年6月に発生した、静岡県清水市(当時)のみそ製造会社専務およびその家族計4人が全焼した家屋から遺体で発見された事 件です。4人すべてに多くの刺し傷あとが認められ、県警察本部は8月、社員の袴田巌容疑者(当時30歳)を強盗殺人および放火などで逮捕しました。9月に 静岡地方検察庁が静岡地方裁判所(1審)へ起訴(裁判を起こす)し、68年9月、死刑判決を下しました。初公判から起訴事実を全面否認していた袴田被告は 東京高等裁判所への控訴、最高裁への上告を行うも、76年5月に控訴が、80年11月に上告がそれぞれ棄却(請求を受け付けない)し、死刑判決が確定しま した。

 ところが裁判は地裁段階から異例の展開をみせ、袴田被告は冤罪(ぬれぎぬ)ではないかという声も多々上がり、確定後も裁判のやり直しを求めて今日に至ったわけです。

 なお本稿では袴田死刑囚の呼称を逮捕から起訴までは「容疑者」を、起訴後から判決確定判決まで「被告」を、以後を「死刑囚」とします。いずれも袴田巌という同一人物を指しているのでご了承下さい。

死刑確定までの裁判の争点

(1)自白の任意性がなかった
 袴田容疑者は警察・検察の取り調べ段階でいったん殺人など容疑を認め、自白しました。ところが前述の通り公開の裁判では最初から無罪を訴えます。捜査で 取られた自白調書45通のうち1審は44通を取り調べそのものが違法だったと断じて証拠として採用しませんでした。それは確定判決まで維持されます。その 理由を1審判決は「強制的、威圧的な影響を与えており任意性がない」「極めて長時間にわたり」「取り調べ、自白を得ることに汲々として、物的証拠に関する 捜査を怠った」と非難しています。

 実際、取り調べ時間は約20日にわたり連日10~12時間もなされました。日本国憲法は「強制、拷問、脅迫による自白は証拠にできない」「自白だけでは 有罪判決を出せない」としています。この規定があるのを裏返せば自白こそ有力な証拠という思い込みが捜査機関に強いからでしょう。当時はまだ「自白は証拠 の女王」との観念が根強かったとみられます。いや、残念ながら今でもないとはいえません。

 例えば「彼があやしい」という報道のきっかけとなった袴田容疑者の部屋から出てきたとされる「血の付いたパジャマ」。実際に逮捕の大きな決め手となって おり、却下された自白調書にも犯行時に着ていて「油が付くと困る」から雨がっぱを着ていた云々とあります。確定判決では着ていたのはパジャマではないと断 じました。単に強要しただけでなく内容まで変造されていた可能性もあるのです。

 自白の任意性を奪った点は明らかな捜査当局のミスで争う余地はありません。

(2)認められた「5点の衣類」の証拠能力
 にも関わらず、確定まで「自白がなくても有罪は明らか」としたのは検察側が出してきた「5点の衣類」という証拠によるところが大きいでしょう。犯行時の 着衣はパジャマではなく、現場近くのみそ工場タンク底から出てきたズボンや白半袖シャツなど5つの着衣にあると起訴から約1年後に変更したのです。確定判 決はこの「5点の衣類」に
・被害者の返り血(4人のうち3人)と袴田被告の血(B型)が付いている
・ズボンの共布が袴田被告の実家から見つかった
として「最重要の物的証拠」としました。とくに白半袖シャツに付いていたB型の血液が、その頃右肩をけがしていた被告の状況と一致するとみなしたのです。

 当然、被告弁護側は反発します。証拠が1年過ぎていきなり変わるという不確かさはもちろん、血液型で個人は特定できないとも主張しました。検察側は起訴 時点で警察がタンクまで調べておらず、やっと発見できたと反論。判決も「事件から1年余り過ぎて」「「捜査活動とは全く無関係に発見される事態」を批判し たものの証拠能力は認めました。個人の特定は当時の技術では不可能。ここが後の再審請求のキーとなります。

 控訴審ではズボンが着目されます。小さすぎて被告にははけないという主張を検証して確認しました。これに対して検察側は「ズボンはみそに漬かっていたので縮み、被告も太った」と対抗、高裁、最高裁ともほぼ検察側の主張に軍配を上げました。

再審請求へ

 再審とは有罪が確定した人の無罪を示す事実や証拠が出てきた場合に裁判をやり直す制度です。そのために袴田死刑囚および支援者は新証拠を発掘して「再審せよ」と訴えました。これが再審請求です。

 刑事裁判には「疑わしきは被告人の利益に」(推定無罪)という鉄則があります。単に「あやしい」だけならば無罪。合理的な疑いをはさむ余地のないテッパ ンの証拠があって初めて有罪とされます。再審は1975年の「白鳥決定」からこの原則です。それまでは真犯人が名乗り出るなどよほどでないと行われない開 かずの扉とされてきました。では第2次再審請求における「新証拠」のポイントを2つ挙げます。

(1)急速に発達したDNA型鑑定
最大のポイントは白半袖シャツ右肩についたB型血液が袴田死刑囚のものと一致するかどうか。81年から始めた第1次再審請求で「鑑定不能」とされたDNA 型鑑定が08年からの2次請求で弁護側推薦の鑑定人が「一致しない」と判定。検察側推薦の鑑定人も「完全一致するDNA型は認められない」としたのです。

 弁護側推薦の鑑定人は「5点の衣類」と被害者のDNA型も「一致しない」と判断しました。検察側は「試料の経年劣化」を理由に個人の特定までできないと 主張しました。「一致しない」が正しければ判決の根幹「被害者の返り血と袴田死刑囚の血が付いている」が揺らぎます。「5点の衣類」の血液が「被害者の返 り血」でもなく「袴田死刑囚の血」でもないとすれば一体何だったのかと。

 こうした「新証拠」は科学捜査の進展で可能になったともいえます。DNA型鑑定は現在でも指紋のように「完全に同一人物」までは至りません。しかし今や 「一致」が別人である可能性は4兆7000億分の1まで達しています。1次請求時の80~90年代前半は「1000人に1.2人」別人の可能性があったの で「鑑定不能」から「一致しない」へ覆るのはおかしくないのです。

(2)「開かれた司法」の流れ
 2009年から殺人など重大事件に市民が参加する裁判員制度が始まりました。仕事や家事もある市民を長時間裁判へ釘付けできないためスピードアップしつ つも正しい判断ができるよう「公判前整理手続」といって裁判員以外に裁判へ関わるプロの裁判官、検察官、弁護人(弁護士が務める)初公判より前に論点など を絞り込む工夫がなされます。その際に弁護側も検察が持つ証拠を開示できる権利が2005年の刑事訴訟法改正で認められました。袴田事件でも死刑囚の供述 や元社員の証言など新しく開示された証拠があります。

 再審請求そのものにこの権利が適用されるわけではなりません。また「袴田無罪」の決定的な証言までは至っていないようです。しかし今「袴田事件」が起き れば間違いなく裁判員裁判となるわけで「開かれた司法」への流れに検察も応じざるを得ない時代の雰囲気があり自主的に提出するとの体裁でいくつかの新証言 が現れました。

どういう位置づけの事件なのか

 これまで述べてきた通り袴田事件には「自白の任意性」「刑事裁判の鉄則」「科学捜査の進展」「開かれた司法」といった過去から今日に渡る刑事事件 および裁判の要素が多々詰まっています。加うるに「死刑制度」を考え直す重要な役割もあります。再審請求の間、死刑囚とて執行されないのが原則ですが絶対 ではありません。確定判決が出るまで考えもしなかった科学の進展や法運営のあり方の変化が訪れる可能性は今後も十分あり得ます。

 死刑という罰は後になって間違いとわかっても取り返しがつきません。むろん有期刑や無期懲役でも冤罪は多大な犠牲を加害者とされた者が払うものの、生き てさえいればギリギリ許される余地も出てくるでしょう。それでも死刑制度は維持か、維持するとしても今のままでいいのかと袴田事件第2次再審請求は世に問 うたといえます。

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■坂東太郎(ばんどう・たろう) 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を 務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。【早稲田塾公式サイト】 (http://www.wasedajuku.com/)

 

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