ギリシャ北部の細長い半島にそびえるアトス山。その一帯はギリシャ正教の聖地で、船でしか入れない陸の孤島だ。600年以上前から女人禁制を貫き、修道士たちが祈りを中心とした生活を送っている。ひそやかな彼らの暮らしをつぶさに記録したのが、写真家の中西裕人だ。
アトス山は世界遺産にも登録され、村上春樹氏の『雨天炎天』に収録された紀行でも知られているが、修道院の内部や修道士の生活を撮影できる機会はほとんどない。日本のアトス研究の第一人者を父にもつ中西は、正教徒として洗礼を受け、特別な許可を得たうえで、2年前に取材を始めた。
「それまで、家族のなかで自分だけ洗礼を受けていませんでした。宗教に対する抵抗感があったからです」と中西は話す。「でも、修道士たちの暮らしに密着して取材したいという思いがありました。自分が正教徒にならないと、彼らが心を開いてくれないと思ったんです」
聖地という言葉から、厳しさだけを連想していた中西だが、修道士たちの祈る喜びや、自分をはじめ、巡礼者に接する姿を目の当たりにして、考えを大きく変えた。修道院で集団生活をする者、修道小屋での一人暮らしを選ぶ者。生活の場を自由に選ぶ彼らを見て、「祈りとは千差万別、自分と神の一対一の関係であるのだ」と気づいた。「聖地で自由に生きる彼らの喜びを、今後も伝えていけたらと思う」
出版社専属のカメラマンを10年ほど務めたのち、2015年に独立。雑誌や広告の仕事に携わりながら、アトス山の取材を続けている。「ギリシャ国内のほかの正教会をはじめ、各国の正教会も撮影していきたいと思っています。すでにブルガリア正教会の取材は始めました。そしてゆくゆくは、日本の正教会も。祈りと人との結びつきを伝えたいと思います」
『ナショナル ジオグラフィック日本版』2016年12月号の「写真は語る」に、写真を追加して掲載した。