INTERVIEW 1億件の口コミによって、わたしたちのホテルの選び方はどう変わった?

トリップアドバイザーは口コミ情報数が1億件を超える、世界最大の旅行クチコミサイトだ。毎月約2億人がこのサイトを訪れて口コミ情報を読んでいる。それによって人々の旅のプランは変わった。そして宿泊施設側にとっても新しいビジネスの機会が生まれている。その実態を同社CEOのスティーヴン・カウファーに訊いた。
INTERVIEW 1億件の口コミによって、わたしたちのホテルの選び方はどう変わった?
PHOTOGRAPH BY CEDRIC DIRADOURIAN

スティーヴン・カウファー

スティーヴン・カウファー | STEPHEN KAUFER
トリップアドバイザー創業者兼CEO。ハーヴァード大学でコンピューターサイエンスの修士号を取得後、2000年にトリップアドバイザーを設立。その後サイトは急成長。05年にはそのビジネスポテンシャルを実現したことが評価され、アメリカ国内版の「Ernst & Young Entrepreneur Of The Year」を受賞。現在サイトは月間ユーザー数2億人の世界最大の旅行サイトへと成長している。

旅行先では誰もが、なるべく失敗のない、居心地のいいホテルを選びたいものだ。それが知り合いのいない、初めて訪れる海外の街だとしたらなおさらだ。

世界の旅行者の多くは、そうしたときひとつのサイトに集まる。口コミ情報の掲載数が累計1億件を超える世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」だ。その圧倒的な情報量と、日々更新される実体験に基づいた口コミの質の高さから、旅の情報源として世界中の旅行者に支持されている。

例えばトリップアドバイザーで「パリ」と検索すれば、世界中の旅行者が薦めているパリのホテルはどこなのかがすぐにわかる。なぜ彼らはそのホテルが好きなのか、あるいはどういった点が気に入っていないのか。そうした宿泊経験者の口コミ情報を予約前に読むことができる。

サイトを設立した同社創業者兼CEOのスティーヴン・カウファーは、自ら旅行の計画を立てているときに、そのアイデアを思いついたのだという。「あれは1998年だったかと思うのですが、妻とある旅行の計画を立てていて、ホテルを探していたときのことです。パンフレットや旅行代理店によるおすすめ情報ではなくて、ほかの旅行者の評価が知りたくなったのです。そこでインターネットでそのホテルについての評価を調べてみました。すると、ある個人の旅行者のブログにたどり着きました。その人はホテルのいい面も書いていたのですが、デジカメで撮った部屋の写真を添えて、もっと改善してほしい点も訴えていました。それを見て、今回わたしたちが泊まりたいホテルはそこではないと判断し、違うホテルに泊まりました」。帰国後、「自分たちだけではなく、旅行者なら誰しも事前にホテルの実情を知りたいと思うはずだ」と彼は考えた。そこで旅行に関する情報を集めたデータベースをつくろうと思い立った。知り合いに声をかけて起業仲間を集め、資金も調達した。そして2000年に「TripAdvisor.com」を公開した。

彼の読み通り、公開後数カ月間でサイトには多くの旅行者が訪れ、トラフィックは順調に増えた。しかし、いくらユーザーが増えても赤字経営の状態が続いた。スタートから1年経ってもまだ儲ける方法を確立できていなかったのだ。サイトは10人のみで運営していたため、幸い設立当初に調達した資金はまだ底をついていなかった。だが、そろそろ利益を出さないと問題だということはスタッフの誰もがわかっていた。

トリップアドバイザーでは毎年、旅行者の評価をベースに独自のアルゴリズムで総合的に判断し、その年の人気ランキングを発表している。2013年で世界1位に選ばれたのは、ハワイの「フォーシーズンズ リゾート フアラライ アット ヒストリック カウプレフ」。口コミは1,000件を超えていて、そのうち9割は「とてもいい」と評価している。

バナー広告の100倍クリックされるビジネスモデルを発見

どうすればこのアイデアを利益にできるかを考えていた彼は、ついに2001年の暮れに効果的なビジネスモデルを発見する。ユーザーがホテルのレヴューを読んだときに知りたい追加情報は、そのホテルの空室状況と部屋の価格だと思い、「空室状況をエクスペディアで調べる」というテキストリンクをページに追加してみた。すると当時入れていたバナー広告が0.1%のCTR(クリック・スルー・レート)だったのが、そのテキストリンクは10%という数字を記録した。つまりバナー広告の100倍クリックされたのだ。それによってホテル予約サイト「エクスペディア」と1クリックあたり50セントを払ってもらう契約を結ぶことに成功する。初回の01年12月にはいきなり2万回のクリックを達成し、1万ドルの売り上げを記録した。

ユーザーに無料で情報を提供しながらビジネスを成り立たせる。その糸口を見つけた決定的な瞬間となった。02年の3月には黒字化にも成功した。それから10年以上経ったいまでも、そのビジネスモデルによって会社全体の収益の75%を上げている。

「情報の透明化」でホテルの選び方が変わった

掲載数110万軒を超え、いまやトリップアドバイザーに載っていない宿泊施設はほとんどない。その登場によってホテルの選び方は大きく変わった。カウファーによると、その登場前まで旅行者の情報源は主に次の3つしかなかったのだという。

1: 事前に旅行代理店からおすすめのホテルを訊く。
2: 旅の途中で、道路沿いの看板を見てその場で宿を決める。
3: テレビ広告で見覚えのある大手系列ホテルに泊まる。

つまり、ほかの旅行者の生の評価ではなく、すべて広告主などの影響を受けた偏った情報だった。「旅行ガイドブックを買う人も少なからずいましたが、ひとつの街で10件ほどのホテルしか掲載されていなくて、いつ最後に更新されたのかもわからない数行のみの紹介文がついているくらいでした」と彼は言う。

口コミサイトがそれを変えた。カウファーによると、それが旅行業界にもたらした最も革新的な点は「情報の透明化」だという。彼はそれについて例え話で説明してくれた。「とあるホテルに泊まったとき、チェックインに長蛇の列ができていて、お湯がでなくて部屋に虫がいたとしましょう。支配人を呼びつけて『もうこのホテルには二度と泊まるものか!』と怒鳴りつけます。でもホテル側はその客ひとり失ったくらいではビジネスにはほとんど影響がありません。『友達に言いふらすぞ!』と言ってもネットのない時代にはほとんど意味をなしませんでした。それが、いまではトリップアドバイザーにその体験を記すことができるようになりました。そのホテルに泊まるかどうかを決定する影響力をもつ口コミを宿泊客一人ひとりが書くことができるようになったのです」。

京都で大手系列ホテルを抑えて2年連続でサーヴィスNo.1に輝く「ホテル ムメ」。

小さなホテルでもNo.1になれる時代

口コミへのアクセスが増えたことによって、ホテル側にも変化は起きた。大手の系列ではない宿泊施設でも街でNo.1になれるチャンスが巡ってきたのだ。

「世界中のあらゆる街から、メールや手紙がわたしのところへ届きます。『ありがとうございます! わたしたちは大手のような宣伝広告を打つことはできないのですが、トリップアドバイザーのおかげで毎日満室になりました』といった内容です」。でもそれはそのホテルが素晴らしいサーヴィスを提供しているため、それに見合った評価がされるようになったということ。規模の大小にかかわらずいいホテルはしかるべき評価をされるべきだと彼は言う。

例えば京都では、現在わずか7室の小さなホテル「ホテル ムメ」がハイアット リージェンシーやホテルオークラなどの大手系列ホテルを抑えて1位にランキングされている。そういった変化があらゆる街で起こっているのだという。

カウファーはホテルのスタッフに、トリップアドバイザーのコメントや評価をなるべく気にして、できれば返事を書くべきだとアドヴァイスしているそうだ。なぜならお客さんからの貴重なフィードバックを無料で得ることができる場だからだ。

「わたしはこれまでに何度もホテルのフロントで『当ホテルでの滞在はいかがでしたでしょうか』と訊かれていますが、大体は『よかったです』とだけ答えます。よくないところがあったとしてもそのように答えてしまいます。朝急いでいるときにフロントでそのホテルのいいところや悪いところについてあれこれ話したくないからです。でもあとでトリップアドバイザーでコメントを書きます。すると、ホテルのスタッフはそれを読んで、返事をしてくれることもあります。その対応によって、わたしはまたそのホテルを利用してもいいと思うようになるかもしれませんし、ほかのユーザーがそのやりとりをみて、わたしが感じた問題点はたまたま運が悪かっただけで、いつもはそんなことはないだろう、といった判断をするかもしれません」

ホテル側は、宿泊客の貴重なフィードバックを得ることができるようになり、彼らと双方向のコミュニケーションまでとれるようになった。そしてそれをもとにサーヴィスを改善することができる。このプラットフォームを活用して、いいサーヴィスを提供すれば、宣伝広告費の少ない小さなホテルでも多くの宿泊客を集め、街でトップレヴェルの評価を受けられるようになった。

これは旅行者からしてもうれしい変化だ。これまで泊まったことが一度もなくて、名前も初めて聞くようなホテルでも、すでに宿泊経験のある人たちの口コミをもとに、自分のニーズに合うかどうか、サーヴィスの質はどうかといったことが予約前にわかるようになったからだ。しかもほぼすべてのホテル予約サイトと提携しているため、最安値の空室情報を探すことも容易で便利になった。

トリップアドバイザーは、いまや世界最大の旅行口コミサイトにまで成長した。カウファーも自信をもって、ユーザーが満足できるホテルを探すためのサーヴィスとして、とても充実したものを提供できているという。では、トリップアドバイザーにとって次の進化とは何なのだろうか?

建築家アントニ・ガウディの未完作品で、建築学生の旅先としても人気の「サグラダファミリア」。まだ日々建設が続いていて、写真は今年5月12日に撮影された最新の内部の様子。”Sagrada Família – Interior 2” BY Leandro Neumann Ciuffo (CC:BY)

スマートフォンは旅行にとってまったく新しい意味をもつもの

彼は自分のスマートフォンを持って、「いま考えているのはこれをどう生かすかだ」と言ってさまざまなアイデアを語ってくれた。

ただし、ホテル選びに関しては、スマホに対応したところで、これ以上革新的なことはあまり期待できないだろうとカウファーは言う。「一般的に、ホテルは行く前に家で予約を済ませます。もちろんスマホで予約するというニーズは一定数あるので対応していますが、数千万人の旅行を変えるような革新的なサーヴィスとまではいかないでしょう」。

それより、特に観光地のカテゴリーにおける新しい取り組みに期待できそうだ。「スマホはただもうひとつのデヴァイスに過ぎないと言う人もいます。でも観光ビジネスにおいては、いま旅先にいるかどうかがわかることによって、まったく新しいサーヴィスを提供することができるようになります」。

具体例を訊くと、ある構想を語ってくれた。「アイデアフラッシュですが、自分のスマホで、自分の知識や好みに最適化されたオーディオツアーが聴けるサーヴィスがあったらといいと思うんです。例えばサグラダファミリアでは、建築学生向けのオーディオツアーが聴きたいというニーズは結構あると思います。わたしだったら10ドル払ってでも聴いてみたいです。うちのデータベースにある観光地すべてにそうしたオーディオツアーを提供できると最高ですが、人気観光地上位数パーセントだけでもいいビジネスになると思います。技術的には特に大きな障壁はないはずです」。

TEXT BY WIRED.jp_M

PHOTOGRAPH BY CEDRIC DIRADOURIAN