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米韓FTA発効1年の韓国<上>エコカー減税、給食の地産地消 米の要求で延期・変更

 国を二分する論議の末、昨年3月、自由度の高い米国との自由貿易協定(FTA)を発効した韓国。それから1年後の今年3月、現地で何が起きているかを探ろうと韓国を訪ね、農家や研究者らに会った。中でも、通商法が専門で米韓FTA問題に長年携わってきた弁護士の宋基昊(ソンギホ)さんが指摘する暮らしへの影響と、今後発生するであろう諸課題は、まさに環太平洋連携協定(TPP)に参加した日本の近未来を見るかのようだった。

 ■民主主義の本質

 「まず言っておきたいのは、米韓FTAやTPPは単なる安い商品の輸出入や関税の問題ではなく、民主主義の本質に関わるということです」。「民主化のための弁護士会」の外交通商委員会で委員長を務める宋弁護士は、はじめに“エコカー減税”の例を挙げた。

 昨年2月、韓国政府は二酸化炭素(CO2)の排出量が少ない小型車や軽自動車を購入すると最大300万ウォン(約27万円)の補助金を交付し、逆に排出量の多い中型車や大型車には最大300万ウォンの負担金を課す低炭素車協力金制度を、翌13年7月から導入すると決定した。ところが9カ月後、覆る。15年まで実施を遅らせることになったのだ。

 背景にあったのが、米国のメーカーでつくる自動車政策会議が出した意見書。大型が多く技術的にも即応できない米国車を輸出すると、大半が負担金の対象になりかねない-。そこで「米韓FTAが禁止する『貿易の技術的障害』に当たる可能性がある」として見直しを要求したのだという。

 CO2削減は地球的課題。宋弁護士は「政府の推奨があれば、消費者はCO2排出の少ない車を使うでしょう。自国の車が売れなくなるという横やりで、社会的に進めるべき制度に制限が加えられた」と指摘する。

 ■条例までも制約

 FTAが地方自治の裁量権にまで及ぼす事例が、学校給食の問題である。

 韓国では、小学校の給食費は政府か自治体が全額を補助し、中学、高校は親が負担するのが一般的な仕組み。その中で、身の回りで採れたものを食べるのが体に最も良いという「身土不二(しんどふじ)」の考え方の下、地元の食材を優先的に使う条例が各地で設けられている。

 だが、この条例があると自動的に米国の農産物は排除され、紛争解決条項(ISDS条項)=メモ参照=に抵触しかねない。韓国内で大論争になった結果、米韓FTAでは、政府が公的な予算で購入する部分は例外的に地域の食材を優先することを可能とする覚書が交わされた一方で、親が負担する分についてはその対象外となった。

 このため韓国政府は、各自治体に地産地消の条例をやめるよう指示。その結果、9割の自治体が「親環境農業政策」の基準に合った有機農産物を使うよう条例を変更した。地域を限定するのではなく、品質を問うなら、米国産にも門戸を開く形になるからだ。

 宋弁護士は「FTAによって自治体の条例までが制約される。学校給食だけに限りません」と話す。

 ■最初が一番大事

 麻生太郎金融担当相は12日、閣議後の記者会見で、かんぽ生命保険によるがん保険販売の認可を数年間凍結する意向を示した。米国が日本郵政グループの業容拡大に懸念を示していることへの配慮とみられるが、米韓FTAでは既に同様のことが発生している。

 韓国の郵便局は11年、1人につき3千万ウォン(約270万円)だった保険の加入限度を、6千万ウォンまで上げる決定をした。だが、米韓FTAでは「郵便局はこれ以上、保険商品をつくれない」との規定が組み込まれている。このため計画は断念させられた。

 すべては交渉次第とはいえ、TPP参加交渉ではこうした事例が続々と出てくることは想像に難くない。米韓FTAは対岸の火事ではないのだ。

 宋弁護士は言う。

 「米韓FTAを振り返ると、最初が一番大事だった。一度決まってしまうと、中身を変えるのは非常に難しい。だから日本は今が、大事なんです」

    ×      ×

 【ワードBOX】ISDS条項

 ある国の規制変更で不利益を被った海外企業が、その国を国際仲裁機関に提訴し、紛争を解決できる「投資家と国家の紛争解決条項」。例えば、ある国が海外企業の投資財産を不当に国有化したり、自国企業と比べ不公平な規制を設けたりした場合に訴えが認められる。北米自由貿易協定(NAFTA)の加盟国では、米国企業4社が甘味料を使う飲料に20%の税を課したメキシコ政府を相次いで訴え、計約1億7千万ドルの賠償を得た。カナダ政府も敗訴した例がある。自民党は昨年末の総選挙で掲げた政権公約で「国の主権を損なうようなISDS条項は合意しない」と明記している。

=2013/04/17付 西日本新聞朝刊=

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