その背中を見て、プロの厳しさを感じずにはいられなかった。

 巨人の2年目右腕・桜井俊貴が今季から背負う番号は「36」。入団した昨季に着けていた「21」は、日本ハムから移籍してきた吉川光夫に譲っている。吉川光が実績のある投手だとしても、もし桜井が昨年10勝級の活躍をしていたら、ドラフト1位で獲得した選手の背番号を1年で変えるようなことはなかっただろう。


昨年、プロ初先発のマウンドで右ヒジを故障した桜井俊貴 プロ1年目はまさに乱高下の1年だった。「即戦力右腕」の評判通り、オープン戦から結果を残して開幕ローテーション入りするが、そのプロ初登板で右ヒジ痛を発症。その後はリハビリに時間を費やし、復帰後は三軍の選手として登板した東京大との試合で6回11安打7失点という乱調ぶり。結局、二軍でもまともに登板することができずに1年目を終えると、オフには背番号「降格」が待っていた。

 2年目のキャンプを過ごす桜井は、引き締まった表情で昨年のキャンプを振り返る。

「去年は流れのままにやっている感じでした。自分では『飛ばさないでいこう』と思っていても、ペースがつかめなかった。でも、今年は自分で考えながら練習ができていると思います」

 今春のキャンプ、桜井はブルペンで目を見張るようなボールを投げ込んでいる。

 圧倒するようなスピードも球威もあるわけではない。だが、低めに糸を引くような球筋で、捕手のミットにズバッと収まる。そんな”生きたストレート”が続々と決まるのだ。上からの角度もあるため、これほど低めにコンスタントに投げられたら、そう打ち込まれることはないだろう。

 途中、阿部慎之助が目慣らしのためにブルペンのバッターボックスに入った。たとえプロといえど、”チームの顔”が打席に入れば多少、心を乱されてもおかしいことではない。だが、桜井は表情ひとつ変えることなく、しかも阿部の内角低めにボールを集め続けた。相手に打つ気がないとはいえ、少し手元が狂えば開幕前の大事な時期に大ベテランにケガをさせてしまう危険もある。それでも桜井は見事に自分とボールをコントロールして、阿部の内角低めにストレートを何球も続けてみせたのだった。

 投球練習後、桜井になぜ阿部のインコースばかりに投げたのかを聞くと、こんな内幕を明かしてくれた。

「今日は右バッターの外角低めを練習していたんです。阿部さんが打席に入られても、僕はその練習を続けたかったので、結果的に左バッターの内角低めになりました。課題は『低めに集める』ということだったので、その意味ではいい感じに投げられたと思います」

 周囲に流されることなく、自分のペースで自分のやりたいことをやる――。そんなプロとしての自覚が垣間見えるコメントだった。

 今から約3年前、立命館大3年生だった桜井の投球を大学選手権で見たことがある。そのときは、この投手が1年後にドラフト1位指名を受ける投手になるとは、思いもしなかった。特筆すべきスピードがあるわけではなく、攻略困難な変化球があるわけでもない。大学生としては好投手でも、プロでは月並みで埋没してしまうように見えた。

 だが、それから1年後、桜井は着実に成長した姿を見せた。特にドラフト会議後、11月の明治神宮大会・東北福祉大戦での登板はまさに「快刀乱麻」だった。

 ストレートのスピードは140キロ台前半だが、カーブとスライダーを駆使してカウントをつくり、最後はチェンジアップやスプリットで空振りを奪う。右の本格派投手らしいオーソドックスな組み立てだが、この投球で桜井は大会タイ記録となる18個もの三振を奪ってみせた。晩秋の肌寒い神宮球場でこれだけ熱の入った投球が見られるとは思ってもみなかった。

 当時の自分の観戦メモを読み返すと、「巨人のエースを5年、10年と張れるだけのスケールはないかもしれないが、どの球種も精度が高くて着実に実績を残せるタイプ」とある。

「大器晩成」というタイプではない。そんな投手だけに、プロ1年目で戦力になれなかったことは本人にとってもチームにとっても大誤算だったに違いない。もし桜井が「数年後に巨人のエースになりうる存在」というタイプであれば、わずか1年での背番号降格という憂き目にあうこともなかったはずだ。

 昨季は二軍投手コーチとして、今季は一軍投手コーチとして桜井を見つめる田畑一也コーチは、その変化に目を細める。

「去年と比べて真っすぐに角度が出てきて、ボールの強さが出てきています。かなり良くなっていると思いますよ」

 桜井本人も「角度」については自信を深めている。

「昨年はバランスが悪くてうまくいきませんでしたが、去年の後半くらいから球の角度が変わりました。上から、高い位置から投げられるようになって、本来のピッチングになってきたと思います」

 明治神宮大会での快投を見た者としては、あの奪三振ショーの再現をプロでも期待したいところだが、桜井は「三振はいらない」ときっぱり言い切った。

「いかに真っすぐでファウルを打たせたりしてカウントを稼いで、変化球で打たせて取るか。それが自分の持ち味だと思うので。そのために、今は真っすぐの質とコントロールをしっかりと高めていこうと練習しています」

 2月18日、初の対外試合となったサムスン(韓国)との練習試合で、桜井は「開幕投手」を任された。2イニングを無失点に抑えていたものの、3回に集中打を浴びて、3回5安打3失点で降板。実戦でアピールしなければならない立場だけに、不安が募る結果に見えるのかもしれない。

 だが、桜井はキャンプ序盤にこうも言っていた。「ゲーム形式にピークを持っていく必要はない」と。今はまだペースを崩すつもりはない。1年前の”ドラフト1位”の逆襲が始まるのは、その先なのだと本人がもっとも自覚している。

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