二森日和。

将棋をみた感想。たまにサッカー。ごくまれに雑談。




きれいごとで語られる実名報道はいらない。

日航機墜落事故を巡る地方紙記者らの葛藤を描いた
横山秀夫の傑作『クライマーズハイ』のなかに、
「面取り」を巡るシーンが出てきます。

残念ながら、今、手元に原本がない(多分物置)ので、
その部分を扱っているブログ「ガ島通信」さんの記事から
引用させていただきます。

悠木は、心に傷を持つ男として描かれているわけですが、そのひとつの要因がサツキャップ時代に部下を「殺してしまった」ことにあります(もうひとつは家庭環境)。被害者の顔写真(面取り、ガン首とりなどといわれる)を取りに行った新人記者の望月に『なぜ死んだ人の顔写真を新聞に載せなくちゃいけないんですか?』と聞かれ、『馬鹿野郎、商売だからに決まってるだろう。写真が載っているほうがいい商品だから載せるんだよ』と怒鳴りつけ、望月が1時間後に自殺とも事故ともとれる交通事故で亡くなってしまうのです。
『ガ島通信』 NHKが「クライマーズハイ」をドラマ化

かなりミもフタもないやり取りで、
原作にはちゃんと悠木の心中でフォローも入るのですが
なかなかに現場のリアル感というか、
記者たちのざらっとした、
偽悪的、でも矜持を持った信念が表れているようで
印象に残ったものです。

翻って、今回のアルジェリア・テロ犠牲者に対する
メディアのスタンスには、心底失望させられました。

毎日社説:テロ犠牲者10人 「名前」が訴えかける力


今回引用したのは毎日の社説でしたが、
毎日がどうとかいうわけではなく、
総合的に見てメディアの言い訳がよくまとまっていると思いました。

いわく、

  • 取材は「実名」がなければスタートしない。名前は本人を示す核心だ。
  • 数字だけで被害の大きさがリアリティーを持っただろうか。
  • 「Aさん」「Bさん」では伝わるまい。名前は符号ではない。かけがえのない個人の尊厳を内包するものだ。
  • 今回の理不尽なテロ事件も、犠牲者がどんな方々か分かったことで、社会として事件を記憶し、今後の教訓もくみとっていくことができる。
  • 匿名化が進む社会はどこか息苦しい。信頼を得ることで風通しのよい民主主義に寄与したい。

実名の持つ訴える力はもちろん理解できるし
だからこそ、ニュースソースの秘匿など、
匿名性が保持される必要性もわかります。

しかし、例えば「実名報道」が
社会として事件を記憶するのに必要不可欠なものであるとするならば
政府や日揮に公表を求める必要はなく
自ら判断すればいいことであろうし、
少年事件やいじめ自殺者などの場合でも
公表を求め、率先して報道すべきじゃないかなとも思います。

また、テロ被害者は日本人だけではありません。
日揮に関係した外国人スタッフも多数いましたが
私は寡聞にして彼らの実名や、生い立ちなどを掘り下げた記事を
みたことがありません。

要するにきれいごとです。
邦人被害者の実名が求められ、外国人スタッフは数字で済ますのは
そこにセレクションがあることを意味するし
そのセレクションの基準は、
要は「記事になる死か」ということに尽きます。
悠木が言うところの「いい商品だから載せる」からに過ぎません*1

偶然見つけた先ブログでも述べておられるように
クライマーズハイが、それでも傑作である理由は、
そういった「記者の業」と葛藤しながらも
新聞を作る意味とは何か、というテーマに
立ち向かっているからです。
(いいか悪いかは別にして、)
それでも書かなければいけない、書くべきだという
熱い想いが、はっきりと伝わってくるからです。

毎日の社説、というか、メディアの言い訳には
それが見えません。どうしようもない「業」はひた隠しにして
きれいごとしか語らず、結果として
「どうしても伝えたい何か」は、全くわからない。

一部記事を匿名にするのは、実名の影響をわかっているから。
場合によっては遺族を社会的に厳しい状況に追いやる。
そういう犠牲を強いてもなお、報道するに足りる、
そんな覚悟が本当にあるのか?

あるというのなら、記事で答えを出すべきだ。
実名解禁後のここ数日、ニュースや新聞記事をみていても
残念ながら、私の琴線に触れるような記事には出会っていません。

実名が本当に本当に必要であるのならば、
迫真に迫る記事を書いてほしい。
それができないのであれば、
安易に実名を出さなくとも事件が社会に記憶されうるような
そういう取材を目指した方が建設的なんじゃないかな。

少なくとも、きれいごとで語られる実名報道はいらない。

*1:記事における死のセレクションについては、「クライマーズハイ」でも一つの大きな要素になるのですが、それはぜひ、原書に触れてください。あるいはNHKのドラマ版でもいいです。映画版ではなぜか完全に抜け落ちているテーマです。