第2回 マヤピラミッドの真実

 マヤ文明について語る場合、ピラミッド状の建造物ははずせない。しかし、ピラミッドと言えば、真っ先に思い浮かべるのはエジプトのピラミッドであろう。 

エジプトでは「王墓」?「再生空間」?

 エジプトのピラミッドは、長い間「王墓」だとされてきた。この説は、古代ギリシアのヘロドトスが著した『歴史』がもととなっているが、彼の考えは調査に基づくものではなく伝聞にすぎない。ただ、あれだけ巨大なピラミッドだけに、ファラオ(王)が権力を持ち自分の墓を造らせたという考え方を多くの人が受け入れてきたのも納得できる。ところが近年、「王墓ではない」とする説も唱えられるようになった。ピラミッドの中から発見されている石棺が小さいこと、ファラオの身体が見つかっていないこと、1人のファラオが複数のピラミッドを造っていた例があることなどが、その理由である。

 そして、「王墓」説に代わって登場してきたのが「再生空間」説である。多くの人がイメージするピラミッドは四角錐の巨大建造物で、キャップストーンが置かれている。四角錐の石をピラミッドの一番上に乗せることで、ピラミッドに太陽神ラーの霊を宿らせたのだろう。