メモ

「論文の査読システムは決して万能なものではない」という指摘

by Free-Photos

研究者が学術雑誌に論文を掲載したいと考えた時、多くの学術誌は同分野の専門家らによる査読を行い、論文の意義を評価したり正当性を検証したりすることを義務づけています。ところが、そんな査読は厳格に標準化されたシステムではなく、万能ではないという指摘がされています。

Why we shouldn’t take peer review as the ‘gold standard’ - The Washington Post
https://www.washingtonpost.com/outlook/why-we-shouldnt-take-peer-review-as-the-gold-standard/2019/08/01/fd90749a-b229-11e9-8949-5f36ff92706e_story.html

2019年7月、インド政府は「インドの経済成長は過大評価されている」と主張する調査結果を、「査読がされていない」として拒絶しました。また、プラスチック工学者らの会議においても、プラスチックが環境に与える影響についての研究について、業界団体のエコノミストが「研究の一部は査読がされていない」とコメント。また、トランプ政権も気候変動に関するレポートを査読の欠如によって拒絶しようとしました

これらの事例からわかるように、世間では「査読」が論文の信頼性を担保するものとして扱われています。そのため、論文の内容にかかわらず査読がされている論文は正当性があり、そうでないものは信頼するに値しないと見なされがちです。しかし、17世紀から査読による論文評価システムが運用されているものの、査読システムには決定的な審査基準や適用するべきルールなどは存在していないとのこと。

結局のところ査読者は編集者らが選出するものであり、そこには人の意思が介在します。たとえば編集者は査読者に同性の研究者を選びがちだという(PDFファイル)研究結果や、女性の査読者は信頼性を低く見積もられているといった点が指摘されており、査読システムには人口統計学的な偏りが発生しているそうです。

by rawpixel.com

また、悪意のある研究者や団体が査読システムを悪用するという事例も発生しています。たとえばアメリカフットボールのプロリーグであるNFLは、「アメリカンフットボールにおける接触プレイが与える脳へのダメージは、プレイヤーに長期的な害を及ぼさない」ことを示す査読付き論文を発表してきました。

NFLはこれらの論文について、「研究者らの査読を経て掲載された信頼性のある研究結果だ」と主張していましたが、後にニューヨーク・タイムズ紙が「NFLの発表した研究からは100以上の深刻な脳しんとう事例が除外されていた」と報じました。つまり、この研究はNFLの意向を大きく反映したものである可能性が高く、信頼性に乏しいものだったと判明したのです。また、論文査読の際にも多くの研究者らがNFLの論文を認めるかどうかで論争しており、何人かの査読者は「この論文は出版されるべきではない」とハッキリ主張していたとのこと。

by Pixabay

これと同様の事例は、気候変動に対する懐疑的な議論を巻き起こしたい化石燃料業界などにも見られます。多くの気候変動懐疑論者は「Energy&Environment」という査読付き学術誌に論文を掲載していますが、研究者らの間ではEnergy&Environmentに対する信頼性は乏しいそうです。その理由は、編集者であり査読者を選定するSonja Boehmer-Christiansen氏が気候懐疑論者であるからで、Energy&Environmentには公然と地球温暖化等の問題に反対する論文が掲載されています。

2015年にはハーバード・スミソニアン天体物理学センターの研究者であるWillie Soon氏が、太陽エネルギーの変動が地球温暖化を説明するという研究を発表する際に、エネルギー業界団体から120万ドル(約1億3000万円)の資金を受け取っていたことが判明。これらの資金提供者などの背景を、論文を読んだ査読者が発見することは非常に難しいとのこと。

また、「論文を企業の研究者らが代筆している」というケースもあるそうで、論文のゴーストライターが存在するというスキャンダルは、ペンシルベニア大学ハーバード大学などの有名大学も例外ではありません。これらのゴーストライターを見抜くことも査読者にとって難しい問題であり、査読がされているからといって必ずしも論文の正当性が担保できるとはいえないそうです。

さらに、あってはならないことですが、「査読者が意図的に自分の研究成果と相反する論文を差し戻す」というケースも考えられます。2015年に発表された研究では、3つの主要な医学雑誌に提出された1008の医学論文を対象にして、掲載拒否された事例や後の引用数などを調査しました。その結果、提出された1008の論文中で最終的に主要医学誌に掲載された本数は808本ありましたが、そのうち最も引用数の多かった14本の論文は、過去に別の雑誌で掲載拒否されたことがあったと判明。査読付きの論文は確かに一定の信頼性が付与されているかもしれませんが、全面的に信用しすぎるのは考えものだといえます。

by Rahul

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
世界最大の学会が「Huaweiの科学者による論文査読を禁止する」と決定 - GIGAZINE

Huawei関係者による論文査読の制限をIEEEが解除 - GIGAZINE

「難解な論文をわかりやすく要約してくれるAI」が開発される - GIGAZINE

科学者が一般人に教える「どのように科学論文は読むべきなのか」の11手順 - GIGAZINE

科学的発見の再現性が時間と共に低下していくメカニズムとは? - GIGAZINE

高額すぎる購読料を嫌ってエルゼビアなどとの論文購読契約を打ち切る大学が続出 - GIGAZINE

学術論文を有料購読サービスから解放しようとする試みが進行中 - GIGAZINE

論文海賊サイト「Sci-Hub」は誰がどのようにして生み出したのか - GIGAZINE

in メモ, Posted by log1h_ik

You can read the machine translated English article here.