オタク文化を世界に、フェイスブックで600万人集客
知られざる「Tokyo Otaku Mode」の起業ストーリー
日本人が運営するフェイスブックページで最多のファン(購読者)がいるのは? それは、約490万人のファンがいるFacebook Japanの公式ページでも、約380万人がいるゴルフ雑誌「パーゴルフ」でも、主にインドネシアで多くのファンを獲得したファッションブランドの「サティスファクション・ギャランティード」でもない。
答えは、アニメやコスプレなど日本のサブカルチャーの情報を海外に紹介する「Tokyo Otaku Mode(TOM=トーキョーオタクモード)」。この集団、国内ではほとんど知られていないが、米国など海外では知名度をぐんぐんと高めている。
フェイスブックでTOMが立ち上がったのは、震災のあった昨年3月。昨年6月に50万人を突破し、今年6月に500万人を超えた。8月10日時点で592万人。今でも週に10万人のペースでファンを増やし続けている。投資家やネット業界がその「メディアパワー」を放っておくわけがない。
米シリコンバレーに本拠地を置く有力ベンチャーキャピタル(VC)「500スタートアップス」は今年4月、投資先としてTOMを選んだ。シリコンバレーでは500スタートアップスに「選ばれる」だけで一目置かれる。この8月には米マサチューセッツ工科大学メディアラボ所長の伊藤穣一が、出資とともにTOMのアドバイザーとして就任した。彼は世界のIT(情報技術)業界で最も著名な日本人の1人で、米ニューヨーク・タイムズの社外取締役でもある。
そんなTOMとは具体的に、どんなページで、どんな面々が運営しているのか。
「正直、日本で有名になる必要はあまりない」
アニメのキャラクターを模したフィギュアやコスプレの写真。TOMのフェイスブックページにアクセスすると、一見して、日本のコンテンツを紹介するページだと分かる。ほとんどの記事は英語。コメントや「Like(いいね!)」を押しているユーザーを見ると、米国はじめフランスなど欧州、南米、フィリピンなどアジア各国と、実に国際色豊かだ。
記事や写真は基本的にTOMが独自に取材したもの。日米の主だったアニメ、フィギュア、コスプレ関連のイベントのほか、「AKIBA TODAY」と題した記事では東京・秋葉原の店舗や街の情報も網羅している。そこに今年7月、珍しく日本語の投稿が混じっていた。
「フォーブスに今回の500s companyとしてまとめてTokyo Otaku Modeが載りました」――。投稿者は「Tomohide Kamei」。彼こそがTOMの代表で仕掛け人、今年春まで、電通子会社のネット広告大手、サイバー・コミュニケーションズ(CCI=東京・港)に在籍していた亀井智英(35)である。
8月中旬、秋葉原で亀井に会うことができた。
ロン毛にメガネ、Tシャツにデイパックといういでたちの亀井は、秋葉原という土地に溶け込んでいるようだった。まずは、「日本人運営のフェイスブックページとして圧倒的1位を誇るのに、なぜ日本で有名じゃないのか」と聞いてみた。
「僕らのサービスは海外向け。正直、日本で有名になる必要はあまりないし、日本のメディアに取り上げてもらう必要もなかった。それに、これまでは積極的にピーアールできない事情もあったんですよ……」
気づきは電通で手がけたフェイスブック関連事業
TOMがオープンしたのは前述の通り昨年3月。それから約1年間、TOMは亀井を中心とする数人の社会人の「課外活動」として運営されてきた。亀井も、電通子会社のCCIに務めるサラリーマン。その立場で表に出ることはできない。しかし、"潜伏活動"していた1年間で事情は大きく変わった。
そもそも亀井がTOMを立ち上げようと考えたきっかけは、日常業務の中にあった。
CCIの社員ながら09年から電通本社のデジタルビジネス局に出向していた亀井は、10年後半から翌11年にかけて、米フェイスブックと電通の提携を手がけたり、日本企業にフェイスブックページの導入を促したりしていた。
当時、フェイスブックの利用者は日本ではわずか数百万人だったが、世界では5億人以上もいた。「日本企業は世界へ打って出るツールとして積極活用すべきだ」。そうクライアントに主張したが、なかなか理解してもらえない。「自分でやってみよう」。そう思い立った亀井は社会人生活で培った「仲間」に声をかける。
2002年に大学を卒業してCCIに入社してから今年で10年の節目。うち、最初の2年半以降の7年半は出向。仲間は、この先の業務などを通じて出会った。
出向していた7年半は「仲間さがしの旅」
NTTグループの広告会社、エヌ・ティ・ティ・アドや、伊藤穣一が創業し、米ツイッターに出資もしているネット企業のデジタルガレージ、そして電通。何度も会社を辞めて新たなことにチャレンジしようと考えたが、そのたびに会社が変わり、新たな出会いがあった。思い起こせば「7年半は仲間さがしの旅だったのかもしれない」と亀井は振り返る。
ネット企業のガイアックス執行役最高財務責任者(CFO)を務める小高奈皇光、口コミサイトの「Q&Aなう」を同じく口コミサイト大手のオウケイウェイヴに売却した安宅(あたか)基、デザイナーで「マンガ大賞」の選考員も務めるモリサワタケシ、「比較.COM」を経てITベンチャーを立ち上げた関根雅史……。
かくして11年1月、亀井を中心としたプロジェクトが始動した。
メンバーは皆、本業を抱える社会人。プロジェクトの活動時間は木曜夜と土曜朝10~夜8時を定例とし、進められた。時には議論が白熱し、各自が帰宅してからメッセンジャーアプリの「スカイプ」で続きをやることもあった。
ターゲットは最初からフェイスブック。亀井の思いが強く、海外に向けて日本のコンテンツ情報を発信していく「メディア」をフェイスブックの中に作ろうと決めた。「ネタ」は必然的にオタク文化へと収れんしていった。
「6カ月で10万人」という足かせ
米国、ロシア、台湾、インドネシア、オーストラリア……。日本のコンテンツに興味がありそうなユーザー、100人ほどにメールでアンケートも行った。マンガやアニメ、コスプレ、フィギュア、初音ミク。日本語の情報はネットにあふれているが、海外のユーザーはそうした情報に飢えていた。
「やはり『秋葉原』に関係するものが人気」「僕らが出したい情報ではなく、彼らが欲しがっている情報を出していこう」。東日本大震災が日本を襲ったのは、いよいよTOMを立ち上げようという直前のこと。計画はずれ込んだが、3月24日、無事オープンにこぎ着けた。
だが、立ち上がりは最悪だった。
最初の1カ月が過ぎ、5月の大型連休に入ろうという頃、TOMのファンは1000人にも満たなかった。「6カ月で10万人の『Like』が付かなかったらやめよう」。そんな覚悟で始めたが、到底、届きそうにない。「これはまずい」。亀井は先輩に頼み込んで別荘を貸してもらい、連休を利用して仲間と「合宿」を決行した。
現実味を帯びる「閉鎖」。「6カ月で10万人」というリミットを本当に課し続けるのか。だが亀井らは「それがないとがんばれないよね」と、足かせを解くことはしなかった。
TOMの使命もいま一度、確認した。TOMは何をすべきなのか。日本のコンテンツの「いま」を海外にちゃんと知らせることだ。震災後の大型連休。日本はずたぼろだ。海外にも伝わっている。「でもコンテンツにフォーカスすると、ぜんぜんいける。日本のためにも、日本のコンテンツにちゃんと光を当て続けよう」。そんな話し合いをした。
たまった記事のアーカイブが奏功
投稿の役目は主に亀井。秋葉原のショップやアニメ関連のイベントに足を運び、取材をした。「トーキョーオタクモードというネットメディアなんですけれど、ぜひ取材させてください」「どんな会社なんですか?」「いや、会社組織ではないのですが……。でも、海外にファンがいます。悪いことではないですよ」
そんなやりとりを繰り返し、ネタを積み重ねた。「人が来るか分からないけど、来ると信じて、ほぼ毎日、ひたすら地味に更新し続けた」。その努力が報われたのは連休の直後だった。
転機は5月中旬。100万人以上のファンを抱える有力なフェイスブックページに取り上げられ、たった1日でTOMのファンは1万人を超えた。
「最初は何で増えたのか、何がうけたのか分からなかった」という亀井は、きっかけもさることながら、「懲りずに1カ月間、更新し続けて、記事がたまっていたのがよかった」と分析する。見に来てくれたファンを飽きさせない「アーカイブ」が「いいね!」の輪を次々と広げていった。
今年の年越し、日本からいち早く「Happy New Year」と投稿した。すると各国語で「日本は早いね」「ブラジルはまだだよ」と2000件を超えるコメントが付いた。「いろんな言語が乱れ飛んでいるのを見て、グローバルサービスってこういうのだなと実感できた。見てて熱くなって、うるうる来た」。そう感じた亀井は「法人化」への決意を固める。
選んだのは日本ではなく米国の地だった。あまり英語が得意ではないにもかかわらず……。
翻訳支えるボランティアの「Ninja部隊」
亀井が出向先の電通と出向元のCCIに辞意を伝えたのは今年3月。その前月、2月に米シリコンバレーに「視察」へ出向いていた。視察といっても自腹。海外の企業を訪問したり、現地市場を目で確かめたりする「趣味」を続けていたが、シリコンバレーは初訪問だった。職場の部長は「やっと本場にいくねー」と声をかけてくれたという。
知り合いのつてで米グーグルの社員に会い、その社員が500スタートアップスの社員を紹介してくれた。まだ法人格もないTOMに資金と、オフィスのスペースを提供するという願ってもない申し出。「やらないであきらめるより、やってみたほうが」と亀井は乗り、米デラウェア州に本社を登記し、シリコンバレーにオフィスを置いた。いきなりの海外にとまどいがなかったわけではない。だがTOMの狙う市場は米国を中心とする海外。米国で旗を揚げることは理にかなっていた。
不得意な英語は「始めてしまえば何とかなる」。確かに何とかなっていた。
TOMには翻訳を担当する「Ninja」と呼ばれる10人ほどの外国人部隊がいる。亀井らが日本語で記事を書き、クラウドの「グーグルドキュメント」にアップすると、無償で英語などに訳してくれるボランティアだ。居住地は米ニューヨーク、メキシコ、スペインとさまざま。すべて、ネットのボランティアサイトで探した。世界随一の「オタクサイト」に参画できるというプライドと自負が、Ninja部隊の原動力となっている。
事業化に向け自社サイト構築
本格的な事業化に向け、日米を行き来しながら忙しい日々を送る亀井。米国ベンチャーとして立ち上がったものの、活動の比重は日本に置いている。日本の生の情報がTOMの生命線だからだ。秋葉原がある台東区に日本法人の登記も済ませた。
「これで大手を振って日本のメディアに華々しくデビューできますね」。そう言うと亀井は「いや、そういうわけでは……」と口を濁す。聞けば、事業化に集中したいのだそうだ。
TOMは7月、「otakumode.com」という自社サイトを立ち上げた。今はまだ試行版で、メールアドレスを登録したユーザーに順次、会員になるための招待状を送っている段階。これを9月末をメドにリニューアルし、一般へのオープンの段取りをつける計画だ。
「フェイスブックは集客しやすいけれど、マネタイズ(収益化)はしにくい。フェイスブックから自分たちのサイトにユーザーを流して、そこでマネタイズするのが狙い」と話す。どんなもくろみを抱いているのか。サイトをのぞいてみた。
狙いは「『ドン・キホーテ』みたいなカオス感」
アニメのイラストから「初音ミク」や「新世紀エヴァンゲリオン」などのコスプレ写真、「ワンピース」のキャラクターを持ったカーネルサンダースおじさんの写真まで、あらゆる写真が雑多に並んでいる。それぞれの写真をクリックすると閲覧数や写真の説明が表示されるほか、フェイスブックで友達と「シェア」したりコメントを残したりできるようになっている。
そう。ビジュアル系SNS(共有サイト)として一躍、人気となった米国の「ピンタレスト」のようなしつらえだ。ピンタレストには楽天が今年5月に出資しており、今後、eコマース(電子商取引)と融合させるとしているが、TOMの狙いもまさにそこにあると亀井は言う。「(量販店の)『ドン・キホーテ』みたいなカオス感があるような売り場ができたらと思っている。目的はないけど、来てみたらおもしろくて、ついつい買ってしまうような」
むろん、うまくフェイスブックからユーザーを誘導できるのか、販売チャネルをどう構築するのか、課題は多い。ただ、試行版のサイトにもかかわらず、立ち上げから実質わずか1週目で120万ページビュー以上の流入があったなど、フェイスブック効果は絶大だ。eコマースも、すでに試行が始まっている。
otakumode.comの上部に表示されているバナーをクリックすると、グッドスマイルカンパニー(東京・墨田)という、その筋では著名なフィギュア販売を手がける会社のウェブサイトに飛ぶ。そこには、初音ミクや、アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」のキャラクターなどをデフォルメした人気フィギュアが並んでいる。
「米国ではテストクライアントと先行事例を作るのが常識。グッドスマイルさんにはすごく満足してもらっている」。亀井は手応えをこう語るが、「今はあくまでテスト。ユーザーをがっかりさせないよう、これから1カ月かけて作り込んでいく」と慎重だ。
クールジャパンの救世主になるか
嫌がる亀井を秋葉原の街に連れ出し、渋々、撮影に応じてもらった後、最後に「どうして取材に応じてくれたんですか」と尋ねてみた。すると亀井は、こう答えた。
「日本のメディアを通じて日本の消費者にピーアールする必要はないけれど、日本のコンテンツ企業に存在を知ってもらう必要はある。これからのフェーズは、僕らだけじゃ無理。いろんな会社さんと協力していかないと」
潜在力は高いが海外に売れないクールジャパン。経済産業省によると、映画・アニメ・テレビ番組・ゲーム・書籍等のコンテンツ産業の市場規模は約12兆円(09年)。米国に次いで世界2位の規模だが、海外輸出比率は5%と米国の17.8%の約3割にすぎず、海外需要を取り込めていないのが現状だという。
何とかしようと官民あげて海外への売り込みに知恵を絞るも、具体策は見えていない。そこへ彗星(すいせい)のごとく頭角を現したTOMは、クールジャパンの救世主になるか。すでに水面下では、出版社や玩具メーカーなどとの話が始まっている。
(電子報道部 井上理)