特集 2012年5月28日

焼きうどん発祥の地でおなかいっぱい

届け!ソースのにおい
届け!ソースのにおい
焼きうどんって普段そんなに注文しないメニューではないだろうか。

居酒屋でたまに見つけると気にはなるが、どのタイミングで頼んでいいのかよくわからない。お好み焼き屋さんでお好み焼きではなく焼きうどんを頼むと常連さんっぽくてかっこいいかもしれないが、やはりちょっと敷居が高い。

そんなわけでなかなか正面から向き合うことのなかった焼きうどんだが、今回たまたま訪れた九州の小倉が焼きうどん発祥の地と聞いて、改めていろいろ食べ歩いてみた。ちょっと焼きうどんに対する姿勢が変わりましたよ。
行く先々で「うちの会社にはいないタイプだよね」と言われるが、本人はそんなこともないと思っている。愛知県出身。むかない安藤。(動画インタビュー)

前の記事:お菓子の袋で日食が見えるのか

> 個人サイト むかない安藤 Twitter

近未来、小倉

小倉の駅に着いてまず驚くのは、その未来っぽさである。要塞みたいな駅ビルの途中の階からモノレールの線がしゅっと2本出ていて音もなく列車が滑り込んでくる。モノレールに銀河鉄道999のペイントが施されているのを抜きにしても僕らが思い描いていた未来っぽさが漂う。振り向くとロフトとかマックとかがあって、ああ駅前って思うんだけれど。
小倉と書いてみらいと読む。
小倉と書いてみらいと読む。
そんな小倉が実は焼きうどん発祥の地だということは上陸する前日に検索で知った。なんでもとあるお店がかつて焼きそばを作ろうとしたのだが、麺がなくて乾麺のうどんを炒めたところ評判となり、そこから焼きうどんの歴史が始まったのだとか。ええい、うどんでも炒めておけ!というワイルドな発想も九州発祥と聞くとなんだか納得する(いい意味で言ってます)。

とにかく発祥というからには全国どこで食べるよりも正統なのだろう。いままであまり気にすることがなかった焼きうどんと今日は真剣に向き合ってみたい。

一皿目は小倉の焼きうどんを全国区にした功績を持つお店から紹介したい。お好み焼きの「いしん」さんである。
のれんをくぐってお店に入るのってうれしいですよね。
のれんをくぐってお店に入るのってうれしいですよね。

お好み焼き「いしん」

「いしん」は焼きうどん屋さんではなくお好み焼き屋さんである。発祥の地とはいえあくまでもサブ、焼きうどんがんばれ、と思う。
お好み焼き屋さんとは思えないおしゃれ度。
お好み焼き屋さんとは思えないおしゃれ度。
「いしん」は地下にあって隠れ家バーみたいな雰囲気だった。気持ちのいい音量でボサノバが流れている。各席の前に鉄板がなければまさかお好み焼き屋とは思わないだろう。僕のあとに女性の一人客がやって来て

「店員さんが焼いてくれる?」

ってかっこよく注文していてしびれた。
そしてバーテンダーみたいなスマートな店員さんが女性にお好み焼きを焼いていた。
そしてバーテンダーみたいなスマートな店員さんが女性にお好み焼きを焼いていた。
この雰囲気の中、お好み焼きを経ずに焼きうどんを頼んでいいのか、と躊躇しつつも注文する。メニューにあるんだから悪いわけないのになんだろうこの葛藤は。
しかしほどなくしてやってきた焼きうどんを見て思い出した。
しかしほどなくしてやってきた焼きうどんを見て思い出した。
ここが焼きうどん発祥の地、小倉だということを。
ここが焼きうどん発祥の地、小倉だということを。
焼きうどん、ものすごいいい匂いしている。
どう撮ってもレンズが曇る。
どう撮ってもレンズが曇る。
目の前に置かれた焼きうどんからは甘辛いソースが湯気と一緒に襲いかかってくる。具はシンプルにキャベツと豚肉、ニンジンと揚げ玉。そこに添えられた紅しょうがの赤が映える。
ではさっそく、いただきます。
ではさっそく、いただきます。
ゴロゴロと入っているでかいキャベツと豚肉の炒め加減が実に絶妙で、もっちりしたうどんと各食材の食感とがうまくマッチしている。ソースは濃いけど後を引かない。なんというのか、さっぱりとした濃さなのだ。これ不思議。ソースの甘みというよりも、新鮮な醤油にあるような尖った感じが鼻に当たる。

お店の人に聞いてみた。この焼きうどん、うまいですねー。特にソースが。

「ありがとうございます!小倉にはだるま堂さんのソースを再現しようっていう動きが10年前くらいからあって、そのときに研究を重ねてこのオリジナルソースができたんです。醤油とソースを中心にいろいろブレンドして旨みを引き出しています。」

やはりソースはオリジナルだった。ちなみにこちら「いしん」の焼きうどんは「小倉焼きうどんバトル2011」で優勝しているのだとか。

ところでさっきの話で出ていた「だるま堂さん」というのは小倉で一番有名な焼きうどん屋さんらしいのだが。
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元祖を食べに「だるま堂」へ

焼きうどんの元祖といわれるお店は鳥町食堂街というところにあった。
大通りから一本中に入っているため、注意していないと見逃してしまう。
大通りから一本中に入っているため、注意していないと見逃してしまう。
ちなみに鳥町食堂街は実際には魚町という住所である。ややこしい。
ちなみに鳥町食堂街は実際には魚町という住所である。ややこしい。
「だるま堂」は小倉の焼きうどんを語る上で外せないお店なのだという。最初に書いた「焼きそばの麺がなかったからうどん乾麺を湯がいて炒めた」というお店、これこそが「だるま堂」なのだ。
焼きうどんと、の後が消されている。かつては焼きうどん以外にも看板メニューがあったのだろうか。
焼きうどんと、の後が消されている。かつては焼きうどん以外にも看板メニューがあったのだろうか。
僕はこれから焼きうどんを始めて作ったお店に入る。
焼きうどんからは想像できないハードな名前である。
焼きうどんからは想像できないハードな名前である。
「こんにちは、いまやってますか」

店内はカウンターのみ、7席ほどのお店は中におばあちゃんがぽつねんと立っている他、誰もいなかった。おばあちゃんは僕の顔を見ないでお水の入ったコップをカウンターに置くと

「はーい」

そう挨拶だけつぶやくとおもむろに焼きうどんを作り始めた。もちろんまだ僕はオーダーとかしていない。
お店に入って5秒でこの状態になる。もしかしたらこれ、他の人のための焼きうどんじゃないかと疑う。
お店に入って5秒でこの状態になる。もしかしたらこれ、他の人のための焼きうどんじゃないかと疑う。
結局僕はそのまま注文を口にすることなく、おばあちゃんも僕にオーダーをとるわけでもなく、忙しげに動き回る無駄のないおばあちゃんの動きをしばし無言で見守っていた
せっせ、せっせ。
せっせ、せっせ。
両手に持ったコテでささっと麺と具をさばき、途中ハケでぴぴっとソースをからめる。一つ一つの動作がすばやく無駄がまったくない。おばあちゃんは腰が曲がっているのだけれど、その曲がりかたも鉄板の高さにぴたりとはまっているのだ。鉄板に向かうために曲がったといわれても不思議ではないほどである。
やっぱり僕のだった。
やっぱり僕のだった。
これが焼きうどんの元祖である。
ザ・ルーツ。
ザ・ルーツ。
僕が食べている間もおばあちゃんはせっせと働く。
僕が食べている間もおばあちゃんはせっせと働く。
元祖焼きうどんの味は、素朴、それに尽きる。あとは想像してみてほしい。そして気になる人は食べに行くべきだ。こうしてこのお店でおばあちゃんが作った焼きうどんを食べられること自体ありがたいことなのだ。

食べながらお話をうかがった。

いつからこちらでお店を?

「昭和20年から家族経営してるよ。ほら、当時はガスも電気もなかったから練炭。練炭で鉄板温めてたの。練炭って火力もこんなに強くないから時間かかってな。」

おばあちゃんはてきぱきとコップを拭きながらも、すごく落ち着く笑顔でいろいろと話をしてくれた。入った時に一瞬無愛想に見えた表情は焼きうどん作りに集中していたからなのかもしれない。

ところで昭和20年というと1945年、そう、終戦の年である。
戦後日本と共に歩んだ焼きうどんである。
戦後日本と共に歩んだ焼きうどんである。
おばあちゃんは続ける

「あの頃はお水も出ないから近くのお寺の中二階みたいなところに間借りしてよ、そこで野菜を切ったり、乾麺を湯がいてお店まで持ってきたって聞いてますよ。」
おばあちゃんは座りながらお皿をすすいでいた。このシンクの高さも完全におばあちゃんに一致。
おばあちゃんは座りながらお皿をすすいでいた。このシンクの高さも完全におばあちゃんに一致。
こうしてテキパキと動き回るのが、それからお客さんと話をするのがおばあちゃんは本当に好きなのだろう。手は休めずに次々お話を聞かせてくれる。

「味は昔からまったく変わってないねえ。化学調味料とか使ってないから、体にもいいのよ。」
食堂街の掲示板に貼ってあった写真。こういう記念写真を、最近撮らなくなっていないだろうか。
食堂街の掲示板に貼ってあった写真。こういう記念写真を、最近撮らなくなっていないだろうか。
焼きうどんを食べ終え「だるま堂」を出るときに聞いたおばあちゃんの「ありがとう」に、改めてすごいものを食べたのだな、という実感がわいてきた。
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もう一店の元祖「赤ちゃん食堂」

小倉で焼きうどんを食べるにあたって、欠かせないお店がもう一店ある。生き証人「だるま堂」さんの同じならび、鳥町食堂街にある「赤ちゃん食堂」である。
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入った瞬間、「あ、実家みたい」って思うに違いない。

赤ちゃん食堂はだるま堂と同じく昭和20年から暖簾を出しているという。当時は洋食といえば焼きそば、焼きうどん、焼き飯、こういうのしかなかったのだとか。

どうして赤ちゃん食堂っていうんですか、と聞くと

「さあー、おじいちゃんがつけた名前でね、理由はわからないの」と。

なんでもここのオーナーは当時いくつかお店を持っていたのだが、どのお店も「信じられないような名前」だったらしい。オーナーのおじいちゃんが好き勝手につけた名前が今でもそのまま続いているのだ。
カウンターには福神漬け。
カウンターには福神漬け。
これが先代から伝わる焼きうどんである。
これが先代から伝わる焼きうどんである。
赤ちゃん食堂の焼きうどん、ソースは濃すぎることなくしっかりとダシが香る味付けだった。付け合せの福神漬けが珍しいのだけれど、上に乗っかった半熟卵を崩して麺と絡めて、ちょっと甘めの福神漬けと一緒に食べるとカチッとはまった感じがするのだ。けっしてご馳走ではない、だけどこれ以上の贅沢はないだろう。
これ以上何を望むのか。
これ以上何を望むのか。
僕の母親くらいのお店のおかあさんに、僕が東京から出張できたという話をすると

「東京、一回行ったことあるわよ。笑っていいともが流行ってて、そうそうB&Bが出てたわよね」と言っていた。あとスカイツリーのことをものすごく詳しく話してくれた。僕よりもずっとずっと詳しかった。
ここ、落ち着く。
ここ、落ち着く。
ちょうど店内のテレビで、放鳥したトキの育てたヒナが昭和49年以来自然の中で巣立ちした、というニュースを放送していた。しかし昭和20年から変わらず営業しているお店で焼きうどんを食べながらだと、正直こっちの方が貴重なんじゃないかと思えてしまう。

とにもかくにも、小倉に来たら焼きうどんである。
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小倉、むき出し経営コレクション

ここで箸休めとして、小倉で気になった焼きうどん以外の話をしたい。

小倉にはむき出しで営業しているお店とか人が多くいた。もしかしたら小倉に限ったことではなく、九州全土でこうなのかもしれないし、いま僕が住んでいる場所以外では常識だったりするのかもしれないけれど、なんだか珍しかったので写真を撮ってきた。

たとえばこちら。宝くじ売り場がむき出しなのだ。
東京だとボックスの中で営業しているだろう。
東京だとボックスの中で営業しているだろう。
タクシー乗り場には人が一人入れる箱が置かれていて、むき出しのおじさんが中に入っていた。
きっと案内とかしてくれるんだと思う。
きっと案内とかしてくれるんだと思う。
こちらのおじさんもタクシー運転手なのだが
むき出しのお立ち台に立っている。
むき出しのお立ち台に立っている。
九州は気候が温暖だから外で仕事したくなるのだろうか。
おしゃれな駅ビルの踊り場でもレジむき出しで何かの販売をしていた。
おしゃれな駅ビルの踊り場でもレジむき出しで何かの販売をしていた。
以上、小倉で見かけたむき出し案件についてでした。


焼きうどんの話にもどる。

ここまで3皿の焼きうどんを2時間くらいの間に食べてもうおなかいっぱいである。

焼きうどんは時間がたつとまた食べたくなるのだけれど、同時に時間が経ってもまったくおなかがすかないのだ。もちっとした麺がしっかりと胃にたまるからだろう。
お土産にもやっぱり焼きうどん。
お土産にもやっぱり焼きうどん。
おなかいっぱいなのに見つけるとまた食べたくなるのは、焼いたソースに中毒性があるとしか思えない。

ここ井筒屋というおしゃれなデパートの地下にも焼きうどん屋さんがあった。シメはここにしようと思う。
よく見るデパ地下の風景。
よく見るデパ地下の風景。
いわゆるデパ地下に突如焼きうどんを売るお店がある。それが「めんテツ」だ。
これまでのお店と比べるとはるかに新しい。それだけに味については正直あまり期待していなかった。
これまでのお店と比べるとはるかに新しい。それだけに味については正直あまり期待していなかった。
レジの横でものすごい勢いで焼きうどんを焼いている。
レジの横でものすごい勢いで焼きうどんを焼いている。

手軽に今風の味「めんテツ」

「めんテツ」には焼きうどんと焼きそばが並んで売られているのだが、店員さんに聞くとおすすめはやはり焼きうどんなのだとか。実際売れるのも焼きうどんがだんとつらしい。パックに入って売られているが次々売れて、しかも隣で鉄板で焼いているので常に熱々である。
全体的に茶色。
全体的に茶色。
ここで買ってレストスペースで食べることができる。レストスペースは買い物途中のおばちゃんが休んでいたりするのでなかなか居づらいものがあるが、熱々の焼きうどんの魅力にはかなわない。
というわけで買ってすぐ食べる。
というわけで買ってすぐ食べる。
小倉の焼きうどんは歴史的にも乾麺が多いのだけれど、ここのは生めんを使っていて珍しいのだとか。たしかにこのくらいもっちりとした太麺はこれまでになかった。キャベツ、ニンジン、豚肉のシンプルな組み合わせ。見た目はかなり黒いのだけれど、味はさほど濃くなかった。さらりとしたダシの効いたソースが癖になる。
麺がキラキラしているのが伝わるだろうか。
麺がキラキラしているのが伝わるだろうか。
というわけで本日4皿目の焼きうどんもするりと食べてしまった。もっと食べたい。

焼きうどんのイメージが変わります

前に群馬で食べた焼きうどんがおいしかったのを覚えているのだけれど、その一度が塗り替えられないくらい焼きうどんって普段食べなかった。しかし小倉でしっかりと焼きうどんを味わってしまったので、これは家でも作ることになるだろうなと思う。こうやって主張せず、じわりじわりと広まっていく感じも焼きうどんらしくていいんじゃないでしょうか。
スーパーのソース売り場の充実ぶりはさすが。
スーパーのソース売り場の充実ぶりはさすが。
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