「功徳天と暗黒天」


 「吉凶禍福は、あざなえる縄のごとし」という諺があります。
 これは、幸せや不幸はちょうど縄をなったように、かわるがわるやってくるものだという教訓です。
 この幸せと不幸についてこんな話があります。
 ある所に、貧しい男がいました。彼は、
 「どうか福運をお与えください。私は、幸福になりたいのです」
 と毎日拝んで暮らしていました。
 ある朝の事
 「ごめんください」
 と、鈴のようなきれいな声がします。
 びっくりして戸を開けると、それは麗しい美人が立っています。
 「何か御用ですか」
 というと、その美人は
 「私は功徳天と言う女神です。私の行くところ、皆が幸福になり、お金もでき、健康になります。」
 と言って微笑みます。
 彼はたいへん喜び、手を取るようにして、その美しい女性を家の中に入れました。
 すると美人は表の方を振り向いて
 「妹や、おまえも早く上がらせてもらいなさい」
 と呼ぶではありませんか。
 これを開いた男は、一段と喜び、このうえ妹まで来てくれるとは、さて今度はどんな神様だろうと喜んでいると、やがて戸が開き、一人の女の子が入ってきました。
 その姿をひとめ見た男は、びっくり仰天、
 「アッ」
 と悲鳴をあげてしまいました。
 その妹は何とも言いようのないほど、みすぼらしい姿なのです。
 思わず彼はたずねました。
 「あなたには、どんな御利鮮があるのですか。」
 するとあとから入ってきた女の子は、
 「私は暗黒天と言います。私の行くところ、病気貧乏災難苦しみがついてまわります。」
 と答えたのです。
 男はおどろき、そして怒ってその妹を家の外へ追い出そうとしました。
 すると姉の功徳天が
 「ちょっと待ってください。私達姉妹は、けっして離れては暮らせないのです。もし私を可愛がってくださるなら、妹もここにおいてください。妹を追い出すなら、私も出ていかなければなりません。」
 と言うのです。
 困り果てた男は考えたすえ、やっと決心して、
 「すみません。お二人ともお帰りください」
 と言って、とうとう二人を追い出してしまいました。
 ところが、この姉妹は、また別のある貧しい家に行きました。
 そこの主人は喜んで、二人を家に入れたのです。
 そこで姉妹は、前のできごとを主人に話し、たずねました。
 「あなたは、どうして私たち二人を可愛がってくださるのですか」
 すると主人は
 「確かに私は貧しい暮らしをしていますが、私のような者のところへ訪ねて来てくれるだけで、とても嬉しいのです」
 と答えたのです。
 私たちは誰でも幸福を望んでやみません。
 しかし、望めば望むほど欲が深くなっていきます。
 そして、また、不幸は予期せずにやってきます。
 これが人の世の常なのでしょう。
 それならば、むしろ積極的に苦しみをも受止り取めて、努力をして行くことこそ、本当の生き方だと、この話は教えてくれています。
 お釈迦さまも
 「人生は苦である」
 というところから、悟りをお開きになったのですから。