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ただの「無人島もの」ではない〜桐野夏生『東京島』

東京島 (新潮文庫)

東京島 (新潮文庫)

清子は、暴風雨により、孤島に流れついた。夫との酔狂な世界一周クルーズの最中のこと。その後、日本の若者、謎めいた中国人が漂着する。三十一人、その全 てが男だ。救出の見込みは依然なく、夫・隆も喪った。だが、たったひとりの女には違いない。求められ争われ、清子は女王の悦びに震える―。東京島と名づけ られた小宇宙に産み落とされた、新たな創世紀。谷崎潤一郎賞受賞作。


文庫本裏表紙のあらすじ、特に「求められ争われ、清子は女王の悦びに震える」という部分が完全にミスリーディングで、それ故に話が進むほど、先が読めなくなり面白いと感じるタイプの読者と、自分の思っていたのと違った、騙された、金返せと感じる読者に二分するのではないか。
自分は前者だが、そもそもこのあらすじが無かったとしても、何となく、主人公の女性が逆ハーレム状態のになる物語なのではないか、という予断を持って読み始めたには違いない。
しかし、読み始めてすぐに何となく「そういう話じゃないらしい」と気が付く。
というのも、主人公の清子は40代半ばの中年女性であり、集まった男性はほとんどが20代ということから考えると、当初想像していたような酒池肉林状態にはなりにくそうなシチュエーションだからだ。
それ以降の展開も、「無人島もの」としてはかなり目まぐるしい状況の変化を見せる。
物語の展開と、書き出した当時の構想について、解説の佐々木敦は次のように語る。

既に全編を読了された方ならば、ラストに至る展開の意外さと、しかしそれと矛盾しない整合性というか、これ以外の終わり方はあり得もしないという強度の納得によって、ことによると最初の一章のみで、続きは書かれなかったかもしれなかったという事実に眩暈のような驚きを感じるに違いあるまい。

また、桐野夏生の過去作を網羅するようなこの解説の熱量はかなり高く、それだけでも『東京島』という作品の持つ何処か根源的なパワーが感じられる。

(略)しかし同時に、読みおわってしまうと、それは必然としか言いようのない完璧なラストでもあるのだ。またそれは、この破格の小説家が『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞を受賞し「桐野夏生」としてデビューして以後、一貫して通奏低音のように問い続けてきた「女性の力」というテーマの新たなる展開でもある。

この作品は第44回谷崎潤一郎賞を受賞している。桐野夏生と「純文学」プロパーとの架橋ともなったこの小説は、怪物的な想像力と筆力を兼ね備えた彼女のビブリオグラフィにおいても、疑いなく特異なポジションを占めるものである。


小説内では、一人称の視点も変化し、清子以外のキャラクターにも焦点が当たる。

  • 清子の四番目の夫で、清子がホンコンと共に島を一時的に出てからリーダーとして君臨するユタカことGMこと森軍司。
  • 中国人グループ(ホンコン)のリーダーで、結局、物語の最後まで登場する数少ないメンバーであるヤン。
  • 頭の中に第二の人格として、(GMが記憶喪失になったふりをしていたことを見抜いた)聡明な姉・カズコが棲み、突然話者が入れ替わるマンタさん(俊夫)。
  • 小説家志望で、メガネがトレードマーク。終盤で、第二のワタナベと言われ変わり者扱いをされながらも島内で一派をつくることになるオラガ。


中でも、一番印象に残るのが、佐々木敦も「第二章以降の活躍(?)ぶりには主役の趣さえある」と書くワタナベ。
彼は、バラバラな日本人メンバーの中であっても、さらにひとりだけ除け者にされる変わり者で、清子の元々の夫・隆の生前に、彼の日記を奪い、聖書のように大切にする。他に本どころかメモを取る紙すら全くないという状況下で、他人の日記を繰り返し読むことで彼の言動に変化が現れるという部分はとても興味深く読んだ。
だけでなく、「主役」級の彼が、途中で「東京島」を途中退場する予期せぬ事態があり、その途中退場によって島内のバランスが崩れていくという展開に一番驚いた。
自分は、直前に読んでいた漫画や、見ていた映画・ドラマに引っ張られて登場人物の具体的な顔を思い浮かべることがあるが、ワタナベは圧倒的にキングオブコメディの今野。ちょうど相方の高橋が逮捕*1された時期と読んでいた時期が重なったことが原因なのだが、自分の中ではハマり役。映画では窪塚洋介がワタナベを演じたというがちょっと合わないなあ。福士誠治がユタカ(GM)というのも格好良過ぎる。

東京島 [DVD]

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全体を振り返ると、繰り返しになるが、やはり、予想していなかったラストへの展開が一番印象的だ。
清子が子を産むというのは想定内。子どもが双子で、女の子は清子と一緒に日本に戻るというのはギリギリ想定内。しかし、双子の男の子の方は残った大人たちと東京島で成長する、というのは完全に想定外だった。現代を舞台にした無人島もので、その地で新たな社会が根付いてしまうというのは相当に珍しいのではないか。
なお、本文中にも解説にも書かれていないが、この『東京島』という小説は、1945年から1950年にかけて、マリアナ諸島アナタハン島で起きたアナタハンの女王事件をモデルに創作された作品であると言われており、これに関する書籍も読んでみたい。

サイパン島から北方約117キロに位置するアナタハン島は、東西の長さ約9キロ・幅3.7キロの小島で、最高点は海抜788メートルというなだらかな小島であった。
この太平洋の孤島アナタハン島で、1人の女「比嘉和子」と32人の男達が共同生活していくうちに、男性達がその女性を巡って争うようになり、男性が次々に行方不明になったり殺害されたりしたことで島はサバイバルの様相を見せた事件である。

QUEEN BEE ―女王蜂― (FEEL COMICS)

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絶海密室

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なお、無人島ではなく、地球上に残されたただ一人の女性というシチュエーションも多いのではないかと思う。自分がすぐに思いつくのは、手塚治虫火の鳥 望郷編』のロミだが、思考実験としてよく取り上げられるパターンのようにも思う。これも類似のシチュエーションを扱うものがあれば読んでみたい。

火の鳥 6・望郷編

火の鳥 6・望郷編

*1:都内の高校から女子生徒の制服などを盗んだ事件で、常習とされている。昨年はいわゆる「側溝男」と呼ばれる人による驚きの事件もあったが、これらを見て思うのは、病気なんだろうな、ということ。『性依存症のリアル』という本は何となく役に立っている気がする。