新たな科学技術の社会実装に係る研究活動における人文社会科学と自然科学の連携の推進について

平成30年2月27日
科学技術社会連携委員会

1.背景

 現代社会と科学技術の相互作用は益々強くなる傾向にあり、その影響や意義の検討と対応の必要性が高まっている。特に、2015年の国連持続可能な開発サミットで採択された持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals(以下「SDGs」という。)の取組や、新しい科学技術の分野の研究開発における倫理的・法制度的・社会的課題:Ethical, Legal and Social Issues(以下「ELSI」という。)などは、このような相互作用の典型例である。そしてこれらの事例には、科学者・技術者だけでは解決できず、一般市民や人文社会科学系を含めた研究者など多様なステークホルダーとの対話・協働を必要とするという共通点がある。また、EUではELSIを発展的に継承した概念として「責任ある研究とイノベーション:Responsible Research and Innovation(以下「RRI」という。)」が提唱されているが、そこでも、イノベーションの早い段階からの市民参加やステークホルダー参加が提案されている。
 このような対話・協働については、従来の科学技術基本計画においても社会と科学技術イノベーションとの関わりを深める方向性としてその重要性が指摘されてきた。また、当委員会の前身である安全・安心科学技術及び社会連携委員会においても「社会と科学技術イノベーションとの関係深化に関わる推進方策~共創的科学技術イノベーションに向けて~」(平成27年6月16日)を公表し、人文社会科学と自然科学の連携の必要性を指摘したところである。
 その結果として、研究者と研究に係るステークホルダーとの対話の場がもたれるようになるなどの進展は見られるようになってきたものの、人文社会科学と自然科学の具体的な連携活動は、一部の事業等において実施されているにとどまっている。従って、今後さらに人文社会科学と自然科学の連携を推進するために、どのような取組が必要かについて検討を進める。

2.基本的な考え方

 第5期科学技術基本計画(平成28年1月22日閣議決定)においては、科学技術イノベーションと社会との関係深化として、多様なステークホルダーによる対話・協働に基づく共創的科学技術イノベーションの推進が謳われており、新たな科学技術の社会実装に向けて、ELSIへの対応が求められている。共創的科学技術イノベーションのあり方として、新しい科学的知見や技術を起点としたイノベーションと、社会問題や期待、社会的動向を起点としたイノベーションが想定される。そして社会との共創のあり方については、前者には調整型アプローチが、後者には再構成型アプローチが求められる。

(1)新しい科学的知見や技術を起点とした調整型アプローチ

 従来、新しい技術開発に成功し、それを社会実装していくという流れが多かった。この場合、この技術の環境適合性、ヒューマンインターフェイスなどの科学的研究によって社会実装のための配慮を行うことに加えて、新しい技術に伴う法制度の未整備、人々の価値観や順応性とのずれなどの課題や懸念を解消することによって社会(国民)の視点に立って新しい技術が受け入れられる環境を整えることが不可欠となる。言い換えれば、新しい技術が社会実装されるに当たっての社会(国民)への影響を多面的に俯瞰する広義のテクノロジー・アセスメントなどの必要性である。例えば、情報処理等の研究進展に伴う自動運転技術の社会実装においては、自動運転に起因する事故発生時の法的責任の所在の問題など、社会の視点に立った環境整備を含む広義のテクノロジー・アセスメントが必要となる。
 したがって、これらの視点から課題解決するためには、科学技術の研究開発活動と並行してステークホルダー間で検討・調整するアプローチ(調整型)が求められる。この場合、個別技術の特徴に応じて具体的な課題や懸念が抽出され、それに対応する解決策、解消策を検討することが必要である。そのため、できるだけ早い段階から各研究開発課題に対して個別に具体的な措置を講じることが重要となる。

(2)社会問題や社会動向等を起点とした再構成型アプローチ

 他方で、社会(国民)の観点から社会問題を俯瞰・分析し、現在あるいは将来の社会における様々な社会課題を特定して、その解決のために求められる研究開発テーマ等を検討するという再構成型アプローチも重要である。とりわけ、研究開発者からは盲点となっている課題を掘り起こすことも含め、社会(国民)からの研究開発者への課題提案が期待される。例えば、先に触れたSDGsの目標群は社会課題の典型と言える。また「環境と人間活動が相互に影響しあう複雑な地球環境システムの理解と、地球規模の課題の解決に向けて、自然科学・人文科学・社会科学など、あらゆる分野の参加を呼び掛け、社会のパートナーとの連携・協働により、研究を企画、実行し、研究成果を活用(※1)」することを目指すFuture Earthプロジェクトなども、再構成型アプローチの一例である。
 このようなアプローチの場合にも、社会(国民)からの要求に応えるために有効な科学技術を特定していくことが必要となるため、検討の初期段階から研究開発者とそれに係るステークホルダーが協働することが重要である。

(3)社会課題や懸念に応える解決策、解消策の検討

 調整型、再構成型のいずれの場合であっても、ELSIをはじめとした社会課題や懸念の発見と、その解決策、解消策の検討にあたっては、研究開発者や社会(国民)など、多様なステークホルダーの相互作用が不可欠となる。とりわけ、今後は社会課題への対応が強く求められると考えられ、研究開発の取組の方向性も、従来の調整型アプローチだけではなく再構成型のアプローチにより重点を置くことが重要となる。
 1.の背景で述べたRRIでは、研究開発がどのような方向に展開するかの予見(anticipation)を誰が行うのかがカギとなると指摘されている。予見を、専門家だけに閉じられた空間で行うのではなく、科学技術の影響を共有することになる市民に開かれた形で行うことが重要であり、これは調整型アプローチに必須である。一方で、再構成型アプローチは社会問題を起点とするが、それを解決するための具体的な技術課題が絞り込まれた後は、その技術課題を社会(国民)の側がどのように受け入れていくかが再び問題となる。その意味で調整型アプローチと同型の課題が生じる。したがって、上記調整型と再構成型は円環的に補完される。

(4)科学技術と社会の関係深化に主体的に取り組む人材の育成

 社会問題の俯瞰・分析を通じての社会課題の特定や新しい科学技術の社会実装に係る課題や懸念の解消にあたっては、人文社会科学的な視点や実践的志向を持った者が主体的に関わっていくことが重要である。とりわけ、新しい科学技術の社会的受容に関しては、現行の法制度や価値観などに照らして、当該科学技術が内包する課題を明らかにし、それを具体的な人文社会科学的課題として定式化することが必要となる(以下「社会技術的活動」という。)。そして、このような人文社会科学的課題を研究開発活動に反映することが必要である。しかし、人文社会科学研究においてこうした活動は一部にとどまっており、また、人材も積極的に育成されていないのが現状であり、今後、こうした活動に適切に対応できる人材を育成していくことが課題である。例えば、上記の調整型、再構成型それぞれのアプローチに係る具体的な取組事例についての分野横断的なケーススタディを行うことなどを通じて、その解消方策を検討することができる人材を育成することが有益であると考えられる。
 また、多様なステークホルダーとの相互作用を促進するためには、自然科学、人文社会科学の研究者のみならず、社会(国民)の参加も必要となる。そのため、社会(国民)に対して、社会問題と新しい科学技術の対話に資する情報や観点を発信することが重要である。新しい技術に関する正しい理解に基づき、社会に与える正負両面の影響を伝え、社会(国民)の参加を促すことのできる人材を育成することも有益であると考えられる。こうした取組を促進する方策を継続的に実施することを通じて、研究者のネットワークの構築や継続的な人材育成を行うことが必要である。

(5)社会技術的活動に係る情報や知見等の蓄積・活用

 社会技術的活動は、従来から一部の事業の一環として行われてきているが、それにより得られた情報や知見、ノウハウ等は必ずしも系統的に蓄積されていないと言える。また、個々の事業において社会技術的活動に従事していた者も事業の終了とともに四散し、継続的な社会技術的活動への従事ができておらず、持続的な人材育成という観点が見過ごされている。この結果、新たな社会技術的活動を実施する際に、従前の活動の知見やノウハウ等が十分に活用されず、また、社会技術的活動を適切に行える人材もいないという状況が生じている。
 今後、多くの場面で社会技術的活動が重要になってくる流れがあることを踏まえ、人材育成の観点を取り入れた継続的な取組の実施とともに、社会技術的活動の情報や知見、ノウハウ等を体系的に蓄積し、活用できる仕組みを整備することが必要である。



  ※1 http://www.futureearth.org/asiacentre/ja/About-Future-Earth


3.今後の取組

 上記の考え方に沿って、課題の選定段階から研究実施段階を経て研究の評価に至るまで幅広い分野の人文社会科学の研究者が関わるとともに、特に、研究の実施段階においては自然科学の研究開発グループの一員として関わるなど、人文社会科学と自然科学の連携による研究開発活動を試行的に実施することが必要である。そして、その効果、課題等についての検証を通じて国、公的研究機関のみならず、民間企業等を含む全ての研究開発活動や人材育成に人文社会科学との協働の仕組みを組込むことを目指すべきである。

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