冷戦中の核実験が、象牙密猟の証拠を提示

放射性炭素による年代測定で、違法逃れのウソを暴く

2017.03.27
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核実験で放出された炭素14が、ゾウの保護に役立つかもしれない。核実験の映像には、最近になって機密解除されたものも含まれる。

 放射線を出しながら、別の種類に変化する原子を放射性同位体という。大気中には放射性同位体が微量に含まれており、植物に取り込まれ、食物連鎖で動物にも広まっていく。

 これを利用すれば、動植物の遺骸の年代を特定できる。迷宮入りの事件をいくつも解決に導き、ニシオンデンザメが何世紀も生きられることを突き止め、ネアンデルタール人がそれまでの定説より1万年早く絶滅した証拠を提示し、中国最古の王朝「夏」建国のきっかけとされる洪水伝説に信ぴょう性を与えてきたのはこの技術だ。(参考記事:「約400歳のサメが見つかる、脊椎動物で最も長寿」「ネアンデルタール人の絶滅は4万年前?」「黄河に古代の大洪水跡、伝説の王朝が実在?」

 なかでも、冷戦中の核実験で大気中に放出された炭素の放射性同位体「炭素14」は、第2次世界大戦以降の年代を正確に特定できる手段の1つだ。この手法が今、象牙の違法取引と戦うために利用されている。米ユタ大学の教授であるトゥーレ・サーリング氏らが2016年後半に科学誌「米国科学アカデミー紀要 (PNAS)」に発表した論文によれば、放射性炭素年代測定と遺伝子解析を組み合わせることで、ゾウが密猟された時期に関する貴重な手掛かりを得られるという。(参考記事:「ワシントン条約会議が浮き彫りにした9つの現実」

 象牙の違法取引はゾウを絶滅の危機に追い込んでいる。アフリカでは毎年、3万頭を超えるゾウの命が奪われている。象牙は主にアジアで珍重され、彫刻や宝飾品、箸などの高級品に加工されている。象牙の国際取引は1990年に禁止されたが、闇取引が活発に行われており、一部の国には今でも合法的な国内市場がある。合法とされるのは年代物の象牙で、これが法律の抜け穴になっている。アフリカゾウの国際的な保護が開始されたのは1976年だが、新しい象牙を1976年以前の象牙と偽り、売りさばく業者が存在するのだ。

密輸ネットワークの存在も示唆

 サーリング氏らは放射線炭素年代測定によって、そうした虚偽の主張を暴こうとしている。1940年代から1960年代前半には、野外で核実験が繰り返され、炭素の放射性同位体である炭素14が大量に放出された。最近になって機密解除された核実験の映像も存在する。事実、1960年代には、大気中の炭素14濃度が2倍になった。核実験によって放出された炭素14を植物が取り込み、その痕跡が組織内に残される。

 その植物を動物が食べると、炭素14も動物の体内に移動する。ゾウの場合、牙は根元から伸びるため、最後に食べた植物の痕跡は根元に残る。1960年代以降、大気中の炭素14は減少しており、その値も判明している。つまり、牙の根元に含まれる炭素14を調べれば、ゾウの死期を特定でき、象牙の合法性がわかるということだ。(参考記事:「巨大な牙もつ50歳のゾウ、密猟者に殺される」

 サーリング氏らの研究ではさらに、象牙の密輸ルートに関する有益な情報も得られた。論文によれば、法執行機関に押収された象牙のほとんどはこの2~3年以内に殺されたゾウのものであり、高度に組織化された密輸ネットワークの存在を示唆しているという。(参考記事:「密猟象牙の闇ルートを追う アフリカ発 特別調査レポート」

 今回の研究についてサーリング氏に話を聞いた。

――象牙の年代を測定するというアイデアはどこから出てきたのですか?

「核実験による炭素14の急増」を用いた年代の測定は、地球科学の世界では広く行われています。つまり、一般的な手法を新たな目的に応用しただけです。象牙の年代測定そのものは過去にも行われています。われわれの研究が過去の研究と異なっているのは、押収された大量の象牙を試料にできた点です。

――なぜこの研究が重要なのですか?

 押収された象牙について、長く保管していた古い象牙で、国際的な規制の対象ではないという主張がありました。この手法を用いれば、その真偽を確かめることができます。結局、大量の象牙はごく最近殺されたゾウたちのものでした。(参考記事:「日本で違法な象牙取引が横行、覆面調査でも確認」

――ゾウの死期を特定できると、どうしてゾウを救えるのですか?

 もしすべての象牙が最近殺されたゾウのものだとしたら、アフリカのゾウの「殺害率」が間違っていることになります。とうてい持続可能な数字ではないため、今すぐ殺害をやめなければならないというメッセージになります。

――今後、研究はどのように展開していくのですか?

 現在、ストロンチウムの同位体を分析し、象牙がどこから来たのかを突き止めようとしています。象牙のDNAを調べれば、大まかな原産地はわかりますが、自然界に存在する安定同位体を用いれば、さらに正確な原産地を特定できます。

文=Rachael Bale/訳=米井香織

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