第33回 浪費家の恋人に貢げ

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 緑藻を食べて育つことがわかったヨコヅナクマムシ。今回は、ヨコヅナクマムシの飼い方を紹介したい。

 ヨコヅナクマムシも、オニクマムシの場合と同様に、飼育のためには、プラスチックシャーレの中で寒天(アガー)を固めた寒天培地を用意する。すべてのクマムシは水生生物なので、ヨコヅナクマムシの培地にも、適量の水を与える。

 この水には、ミネラルウォーター(ボルビック愛用)を使用する。そこに、ヨコヅナクマムシを入れてやる。培地に入れたばかりのヨコヅナクマムシはしばらくの間、落ち着きなくうろうろと歩き回る。新しい環境に移ったばかりで「ここはどこ?! わたしはだれ???」といわんばかりにプチ・パニックになっているのかもしれない。

 だが、一晩もたつと、じっとしてほとんど動かなくなる。新しい環境に慣れたためだろう。ぬくぬくとした安住の個室のなか、「動きたくねー」とつぶやきながらだらけている怠け者のようである。羨ましい。

 さて、この飼育培地に投入すべきは、彼女らの餌となるクロレラ液である。その銘柄も「生クロレラ-V12」。クロレラ工業株式会社が養殖用稚魚に与えるワムシを育てるために開発した、生きたクロレラがぎっしりと濃縮された製品である。私は最初にこのクロレラ銘柄にたどり着き、これがヨコヅナクマムシのよい餌であることを見つけた。実は、これはものすごく幸運なことであった。というのも、ヨコヅナクマムシは他のタイプのクロレラや緑藻ではほとんど育たないことが、あとになってわかったのだ。どうやら、「生クロレラ-V12」は他の緑藻とは違い、たいへんに栄養が豊富らしい。

 さて、この「生クロレラ-V12」、お値段は五千円以上する。冷蔵での保存期限は20日間なので、頻繁に購入しなければならない。ヨコヅナクマムシの食費は、馬鹿にならないのだ。そしてこの製品は、いちばん小さいボトルでも1リットルある。数万匹のヨコヅナクマムシを飼育していても、20日間で消費するクロレラ量は、0.01リットルにも満たない。つまり、99%以上は保存期限が過ぎたあとに廃棄しなければならないのだ。なんともったいないことだろう。

 ちなみに、「生クロレラ-V12」のクロレラを乾燥させたり凍らせると、死んでしまう。ヨコヅナクマムシは、生きたクロレラのみを食べて育ち、死んだクロレラでは増えない。つまり、乾燥したり冷凍した「生クロレラ-V12」を、彼女らの餌に使用することはできないのだ。なんとぜいたくな人たちなのだろう。

 とはいえ、肉食のオニクマムシを扱っていたときに比べれば、ヨコヅナクマムシの飼育は比べられないほど楽なものである。だから、彼女らがどんなにぜいたくに浪費をしようとも、この程度のお金を貢ぐのはいっこうに惜しくないのである。本当に可愛い恋人である。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad