201574
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専門家コメント

時計タンパク質が刻む生体の24時間周期、さらに一歩解明へ

専門家コメント・これは、2015年6月29日にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。

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<SMC発サイエンス・アラート>

時計タンパク質が刻む生体の24時間周期、さらに一歩解明へ

分子科学研究所や名古屋大学などの研究チームが、「シアノバクテリアがもつ時計タンパク質(KaiC)の立体構造と機能を解明し、KaiCが地球の自転周期(約24時間)を生み出す根源的なしくみをもつ」との論文を発表しました。論文は6月26日付けのScienceに掲載されました。

この件についての専門家コメントをお送りします。
 
【論文概要リンク】
Jun Abe, et a., "Atomic-scale Origins of Slowness in the Cyanobacterial Circadian Clock", Science DOI: 10.1126/science.1261040, Published Online June 25 2015
http://www.sciencemag.org/content/early/2015/06/24/science.1261040.abstract

 

粂 和彦 教授

名古屋市立大学大学院薬学研究科 神経薬理学

本論文の著者らが2005年に発見した「時計遺伝子産物のKaiCが、試験管内で24時間周期を刻むことができる」という研究成果は画期的なものでした。しかし、24時間という長い概日周期を低コストでカウントするために、一個のタンパク質が1日あたり数十個のATPしか消費しないことがわかっていましたが、その分子メカニズムは謎のままでした。最初の発見から10年後、結晶解析を用いた方法により、この酵素反応の「遅さ」の仕組みが、今回、解明されたことになります。地球の自転による24時間周期という物理現象が、概日周期という地球上のほぼ全ての生物が持っている生物現象に、どのように「タンパク質の性質」として書きこまれたかがわかった点において、科学的に非常に興味深いものがあります。今回、解明された機構によると、加水分解に使われる水分子が反応部位に到達しにくくすることが、反応を遅くしている原因になっていました。

一方で、本論文では、KaiCタンパク質が示す酵素反応速度の遅さを実現する方法や、分子内の複数の酵素活性部位間でのフィードバック制御の実現方法はわかりましたが、このような機構が、24時間という周期を作り出す説明は十分ではありません。今後は、KaiC が、KaiAやKaiBと共存した時に、減衰した酵素活性が、なぜ再び、亢進に転じるかという仕組みについて詳細に解明されることが期待されます。また、今回発見した現象が、他の生物にも当てはまる普遍性があるかもしれないとする点についても興味深いです。

 

岡村 均 教授

京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学講座

非常に興味深い研究だと思います。著者らはすでに、シアノバクテリアを用いて時計機能をもつタンパク 質を発見しており、これまで、どのような機構で24時間リズムが刻まれるかが注目されていました。今回の研究は、KaiCのATPase活性がいかに緩やかに進むかを構造レベル で明らかにし、時計タンパク質周期に関する根源のモデルを示しています。

近年、哺乳類にお いても時計遺伝子(clock genes)が単離され、生体のほぼ全ての細胞で生 体リズムが発振されていることが明らかとなっています。しかし、KaiCに該当する ような時計発振を担うタンパク質は、まだ見つかっていません。今回のシアノバクテリアの知見により、哺 乳類の時計タンパク質の探索研究が活性化されることが期待されます。

 

上田泰己 教授

東京大学 大学院医学系研究科
独立行政法人理化学研究所 生命システム研究センター グループディレクター

概日時計の研究では、24時間周期がどのように決定されるかを解き明かすことは、一番大きなテーマの一つです。本論文では、24時間周期を形作る反応の「遅さ」の仕組みの一端を世界で初めて原子レベルで解き明かしており、この点で大変評価できます。シアノバクテリアの時計タンパク質の研究は、近藤孝男先生と秋山修志先生の共同グループが世界をリードしており、今回の成果もそれを証明する形になりました。

概日時計には、温度が変わっても時間の進みが変わらない温度補償性が備わっていますが、この性質がどのような仕組みで実現されるのかはまだわかっていません。今回の論文で解き明かされた原子レベルでの理解を基に、今後は、温度補償性の実現の仕組みについてさらに研究を進めていくことが重要だと思います。

とりわけ、

1)化学反応が温度を感知することで、フィードバック的な仕組みが働き、ロバスト(外乱に強い)な温度補償性を実現しているのか

それとも、

2)温度感受性の領域が変化することで、フィードフォワード的な仕組みが働き、より柔軟性のある形で温度補償性を実現しているのか

などの解明が進むかどうかが興味深いところです。

さらに原子レベルでの体内時計の研究を進めていけば、近い将来、人間が作る「機械時計」と自然が作る「分子時計」の同じ点や異なる点が明確になるのではないかと期待されます。

今回の論文の興味深い点は、シアノバクテリアの概日時計研究の創始者である名古屋大学の近藤孝男先生と、新進気鋭の秋山先生という世代を超えたコラボレーションによる研究成果であるという点です。近藤先生が切り開いたシアノバクテリアの概日研究を秋山先生が継承し、原子レベルの研究へと発展させているという意味においても、本論文は評価できるのではないかと思います。

 

*原子レベルで解明:本論文では、高分解能結晶構造解析から得られたKaiCの原子構造の解析より、効率よく加水分解が起きなくなるような立体障害があることがわかりました。これは、運動や反応効率が原子スケールで抑制制御されていることを示しています。

 

本間研一 名誉教授

北海道大学

シアノバクテリアの生物時計にみられる転写・翻訳、酵素反応は、一般的な生物反応に比べると極めて「遅い」時間単位の周期を生み出しています。本論文では、その「遅さ」の機序について、原子・分子レベルで明らかにした画期的な研究成果が述べられています。

著者らはすでに、シアノバクテリア生物時計の本体は3種の時計タンパク質(KaiA, KaiB,  KaiC)にあることを突き止めており、その中でもKaiCに組み込まれているATPase活性の経時変化が、概24時間周期(24時間周期で変動する生理現象)の根源であることを明らかにしてきました。しかし、ピコ秒(10-12秒)から遅くても秒単位での変化をするATPase活性変化の「遅さ」は謎であり、この「謎」を解くことが概24時間周期の機序を明らかにする鍵とされていました。そこで、著者らは、振動周期が変化した数種類の変異バクテリアの時計タンパク質を結晶化し、それらの分子構造と「遅さ」との関係を解析しました。その結果、KaiCのATPase領域に、ATPを加水分解する水分子が近づくことを制限する分子構造があることや、ATPの加水分解に伴いKaiCタンパク質の構造の一部が変化(立体異性化)して、さらなる加水分解が起こるハードルを高くしていること、そして、これらの構造変化により、KaiCのATPase活性が極めて低く抑えられ、ATPase活性に「遅い」2相性の変動が生じていることがわかりました。このような構造変化は他に例を見ないユニークな現象であり、時計タンパク質に特有のものと考えられます。また、このKaiCの経時的な構造変化は、生物時計に共通してみられる性質の1つである「温度補償性」についても説明することができます。

 本論文は、生物時計の「遅さ」の機序を時計タンパク質の分子構造から説明していますが、KaiCが、KaiAやKaiBと協働して概24時間周期を生み出すメカニズムについては明らかになっておらず、今後の課題でしょう。また、原核生物であるシアノバクテリアで見出された現象が、真核生物である哺乳類やヒトでもみられかどうかは、哺乳類の時計細胞を用いた研究が必要だと考えます。

 このグループの一連の研究はノーベル賞クラスのものであり、日本が誇る基礎研究です。本論文の価値はその純粋な科学性にこそあるのであり、この研究を無理に「時計と病気」などに結び付ける必要はないと思います。

 

*ATPase:ATPをADPとリン酸に加水分解する酵素のこと

 

石田 直理雄 チーム長

産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門 時間生物研究チーム
(筑波大学生命環境科学研究科連携大学院教授 兼任)

シアノバクテリアの24時間日周リズムを駆動する「分子時計」の研究は、遺伝子レベルから掘り下げられており、日本の名古屋大学(近藤孝男先生ら)のグループが世界をリードしてきました。今回の論文は、大阪大学 蛋白質研究所の超分子構造解析グループ(安部淳先生、秋山修志先生ら)が名古屋大学グループと共同で、時計タンパク質KaiCの構造解析を試みています。その結果、KaiCの酵素活性周期が「約一日」という極めて遅い原因の一端として、KaiCの前半に水分子の接近を妨げてATP分解を遅くするという構造があることを見出しました。

ただし、24時間日周リズムのATP分解を完全に再現するためには、KaiC、KaiA、およびKaiBという三つのタンパク質が必要であるとする点は、以前の報告でもされており、今後これら3者の構造解析が望まれます。また、最近では、ATPは、我々哺乳類だけではなく、ショウジョウバエでも同様の代謝経路を用いて、採食や採餌の行動を司る体内時計と深く関わっていることが明らかになってきました。そのため、今後、ATPと体内時計の関係の解明も期待されます。

 

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