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「次に何か一歩踏み出すためのワンクッションみたいな。そんなふうにこの機会を使ってもらえたら、それでいいんじゃないかとぼくは思っています」
そう話すのは、新潟県三条市の地域おこし協力隊として「しただ塾」の運営に携わっている橋本龍馬さん。
しただ塾は、3ヶ月の職業訓練プログラム。座学や実技を通して、“地域で働くとはどういうことか?”を体感的に学ぶものです。
名前の通り、フィールドは新潟県三条市の下田(しただ)地域。「農業・6次産業化」と「観光・アウトドア」という2つのコースで、2016年に開講しました。
日本仕事百貨でもこれまでに何度か取り組みを紹介しているのですが、過去の受講生に話を聞いていて共通しているのは、「なんだか面白そう」「いい予感がする」という直感を頼りに飛び込んできた人が多いということです。
そして3ヶ月の学びを終えたあと、進む道はそれぞれ違っても、みなさん晴れやかな顔をしているのが印象的。プログラムも年々少しずつ進化を重ねていて、取材に伺うのがますます楽しみになっています。
今回は農業・6次産業化コースの受講生を募集します。知識や経験は必要ありません。
農業をはじめたいという人、自然豊かな下田地域に行ってみたい人、少し立ち止まって自分自身と向き合う3ヶ月を過ごしたい人、なんとなく興味をひかれるという人も。
まずは3ヶ月、失敗してもいいから飛び込んでみると、新しい景色が見えてくるかもしれません。
東京駅から新潟県の燕三条駅までは、新幹線で2時間弱。片道1万円を切るので、とてもアクセスがよいように感じる。
しただ塾の拠点となる旧荒沢小学校までは、ここから車で40分ほど。遠くまで見わたせる田んぼのなかの一本道や、山間に流れる川のすぐそばを走っていく。
2014年に閉校した旧荒沢小学校の校舎はまだまだきれいで、設備も整っている。体育館には地域の小中学生が集まるほか、これからは3人制のプロバスケチーム「SANJO BEATERS.EXE」の練習場としても使われる予定だという。
図書室を活用したコミュニティカフェ「○彦café」で話を聞いたのは、三条市地域おこし協力隊の橋本さん。
上着とズボンの一部に、泥のはねたような跡がついている。
「午前中、田んぼに行ったんですよ。そしたら『これ持ってけ』って、ニラの新芽を土ごと渡されて。抱えて車に乗せたら、こんなになっちゃいました(笑)」
三条市が地元だという橋本さん。今期のしただ塾の運営の中心を担っているので、この地域について教えてもらったり、生活の悩みを相談したり、塾生と関わる機会が多い方だ。
しただ塾の2期生で、卒業した後も協力隊としてこの地に残り、活動を続けている。ゆくゆくは下田地域で就農したいと考えているそう。
「今回のテーマは『農業・6次産業化』なので、座学や実技もそれらに関わる内容が中心になります。ただ、卒業生として感じているのは、とにかく何か、次のきっかけをつかむような場として使ってほしいということなんです」
「下田で新規就農してもらえたら、地元の人間としてそれはうれしいことです。でも、ここ以外にも全国各地にいい場所はいっぱいあるので。それぞれの人が、ここから一歩踏み出せればそれでいいんじゃないかなって」
橋本さんのように、このあたりの出身という塾生は少なくて、東京などの都市圏から飛び込んでくる人が多いそう。
協力隊として下田に残る人もいれば、地元の農家さんのもとへ修行しにいった人、林業の道に進んだ人、観光の仕事を選んだ人など、卒業後の進路もさまざま。
また、地域で事業を営むゲストを招いた講義やキャリアコンサルティングなど、受講後の生き方や働き方を考えるヒントになるような時間もプログラムには盛り込まれている。
「今何かを学ぶとなると、学生のときとは感覚が全然違っていて。何を聞いても面白いんですよ。昔より頭には入りづらいですけど、また勉強をはじめるきっかけになって。それはすごくよかったなと思います」
話をしていたら、ちょうどお昼の時間がやってきた。
「蕎麦は好きですか?」と橋本さん。はい、大好きです。
というわけで、旧荒沢小学校から車で10分ほどの距離にある蕎麦屋「山河」へ。ここの蕎麦も、蕎麦打ちに使う水も、天ぷらで出している野菜も、すべて下田産なのだそう。
雪下人参は果物のように甘いし、自然薯はホクホクした食感がたまらない。ほどよい苦味のふきのとうは、店主の中山さんが自分で採ってきたもの。
みずみずしい喉ごしの蕎麦も、もちろんおいしい。
良質な土や気候条件のおかげで、このあたりではおいしい農作物が採れる。今回募集するしただ塾生も、地域でお店を営む人たちと関わり連携することによって、いろんな農作物の活かし方を考えていけると思う。
道の駅でつくった野菜を販売することもできるし、蕎麦屋さんの新しいメニューが生まれるかもしれない。三条市内には、野菜を使ったスイーツショップ「kall will store」など、一緒に新しい商品や企画を考えていけそうな仲間もいる。
いずれにしても、校舎のなかだけにとどまっていてはもったいない。
旧荒沢小学校に戻り、続いて話を聞いたのが須田圭祐さん。前回の日本仕事百貨での募集を見て、農業・6次産業化コースに参加した方だ。
埼玉県さいたま市で生まれ育った須田さん。新潟や三条にはまったく縁がなかったという。
「去年大学を卒業したんですけど、本当に就活が嫌だったんですよ。それで無職になったので、どうしようかなと思って。なんとなく仕事百貨さんの記事を読んでいたら、しただ塾を見つけて、あれ、これじゃない?と思って。見つけた次の日が説明会だったので、とりあえず行ってみたんです」
はじまりは、かなり受け身だったんですね。
「そうなんですよ。ずっと埼玉で生まれ育ったので、どこかに行きたいっていう気持ちはあったんですけど、『ここに行きたい!』っていう場所はなかったので。まあ、まずはどこでもいいかなというような感じでした」
とはいえ農業にはもともと興味があったし、実際に来てみて、自然の豊かさに惹かれた。
下田で過ごす3ヶ月は毎日が楽しかった、と須田さんは振り返る。
「川に入ったり、橋本さんと一緒に虫を探しに行ったりとか。釣りもやったし、土日は空いていたので、車を借りて出かけたりもしました」
なんだか夏休みのような日々。
そんな日々のなかでとくに印象に残っているのが、蕎麦屋店主の中山さんとの出会いだった。
「たとえば専業農家の方にとって、野菜づくりはほとんど生活の一部じゃないですか。ぼくは中山さんを見ていて、蕎麦屋をやるっていうのはそれに限りなく近いのかなと思って」
「うまく言えないですけど、ぼくもそういう生き方をしていきたいなと思ったんです」
具体的に開業準備を進めているわけではないものの、中山さんに出会ったことで、目指したい方向が見えてきた。
今は地元に戻りアルバイトでお金を貯めながら、まずはもっと視野を広げようと、別の地域を旅する計画も立てている。
須田さんのように、「ここに行く!」と決めたフィールドはないけれど、いつか地域で暮らしてみたいという人にとっては、下田はちょうどいい入り口になりうるのかもしれない。
「しただ塾という枠組みがあるおかげで、赤の他人のぼくらが来ても地域行事にするっと参加できたり、気軽に話を聞けたり。地域とのパイプがあったのはありがたかったですね」
話を聞いていると、つい楽しそうなイメージばかりが膨らんでいくけれど、苦労したことや大変なことはなかっただろうか。
「荒沢小学校の前の敷地に畑をつくろうってことになって。もとは草がボーボーだったので、全部草とりして、耕して。実技のなかでは、やっぱり体力仕事の部分は出てきますよね」
期間も夏の3ヶ月間と決まっているため、つくれる作物の種類も限られているし、教えられることにも限度がある。知見を深めたいという農業経験者には向かないプログラムだと思う。
須田さんも、育てた野菜の一部は収穫を迎える前に期間が終わってしまったそう。
ただ、畑自体は今も残っている。プログラムの構成も、須田さんたちが「実技をもっとやってみたい」と声をあげたことで、今年から実技と座学の割合が7:3に変わるという。
しただ塾の取り組み自体もまだ固まりきったものではないから、自分たちでよりよい形をつくっていける余地があるというのも、楽しさのひとつと言えるのかもしれない。
そんな塾生たちを温かく見守り、野菜づくりを教えているのが、轡田(くつわだ)秋夫さん。
大手旅行会社を退職し、地元の三条市内に引っ越してくるタイミングで農業をはじめた轡田さん。とはいえ専業農家ではなく、会社勤めのかたわら、20年前から100%有機栽培の野菜づくりを続けてきた。
3年前にはNPO法人を立ち上げ、家庭菜園指導の第一人者である藤田智さんとともに、野菜づくりの楽しさを伝える活動に取り組んでいる。
「今って、ニュースを通じて農業の課題ばかりが耳に入ってくると思うんです。実際、結構きついところもあるんですよね。朝は早いし、シーズンになると休みがないし。担い手の高齢化、耕作放棄地のこと、いろいろ課題はあります」
「でもそれだけじゃなくて、表に出てこない農業のよさがあって。しただ塾では、そのことについて知ってもらえればいいなと思います」
表に出てこない農業のよさ。
「たとえば、自分でつくったトマトは、小さいけどおいしかったとか、わたしでも意外とおいしくつくれるじゃんとか。つくって、実際に新鮮な野菜を食べてみてわかることってあると思うんです」
「下田での生活っていう面で見れば、釣りをしたり地元の人と話したり、楽しさっていうのは数え切れないくらいあるけれど、自分自身で野菜をつくる喜びっていうのは、ちょっと意味の違う喜びなんじゃないかな。きっと、須田くんたち塾生も感じていたと思いますよ」
自分で育てたものを食べる。人と関わりながら、学ぶ。
たった3ヶ月という短い期間ではあるけれど、生活も大きく変わるだろうし、自分次第でいろんなきっかけを掴める環境なんじゃないかと思います。
この夏、農に触れて自分と向き合う3ヶ月を過ごしてみるのはいかがでしょうか。
(2019/4/8 取材 中川晃輔)