囲碁AI「AlphaGo」と中国棋士の対戦は、「グーグルと中国」の闘いでもある

グーグル傘下のDeepMindが生み出した囲碁AI「AlphaGo」と、世界最強の棋士・柯潔(カ・ケツ)との対局が中国で行われている。2016年の韓国でのイ・セドル戦と同じくAlphaGoの強さが際立っているが、メディアの反応は昨年とは対照的に冷めたものだった。中国のインターネットをめぐる、グーグルと中国の「もうひとつ闘い」とは。
囲碁AI「AlphaGo」と中国棋士の対戦は、「グーグルと中国」の闘いでもある
PHOTOGRAPH COURTESY OF GOOGLE

囲碁の人工知能AI)「AlphaGo」が、中国のテック業界の中心部からも近い古都・烏鎮(ウーヂェン)で、中国人棋士と対戦している。現時点で世界ランク1位の柯潔(カ・ケツ)対AlphaGoの対局は、グーグルにとって完璧なPRのチャンスにも思える。グーグルは、今後数年で中国での存在感を拡大しようとしているからだ。

グーグル傘下のAI研究所であるDeepMind(ディープマインド)が開発したAlphaGoは、2017年5月23日に実施された柯との三番勝負で、初戦を制した[日本語版記事]。この対局は、昨年以降のAIの進化を試すリトマス紙となるものだ。


「AlphaGo」の中国戦、現地レポート!


取材を抑制する「見えない力」

しかし、この対局は限られた人しか観戦できなかった。イヴェント関係者によれば、中国の国営テレビは数日前に、この対局の生放送を行わないことに決めたという。中国当局との関係が深い地元のインターネットサーヴィスプロバイダー(ISP)は、対局中の約30分間、国営放送以外の中国語による放送を停止した。地元の報道機関はこの対局を取り上げたが、多くの読者はニュースで「グーグル」という名前が使われていないことに気づいている。もちろん中国当局の圧力によるものだ。烏鎮からの英語放送については、この影響を受けなかった。

対局を巡るムード自体は、2016年3月に韓国で行われたイ・セドル戦と、それほど変わらなかっただろう。この対局ではAlphaGoが韓国のトップ棋士を下した[日本語版記事]こともあり、韓国では大半のニュース番組と新聞が1週間以上にわたってAlphaGoをトップニュースとして取り上げることになった。

今回の対局も、多くの報道関係者が取材のために烏鎮に集まった。しかし、記者たちの取材への熱意の多くは、徐々に失われることになった。その理由のひとつは、進化したAlphaGoに柯が勝てる見込みがほとんどなかったことである。そしてもうひとつ、今回の対局の取材を抑制する“見えない力”が働いていたからだ。

グーグルと中国の複雑な関係

報道に対するあからさまな規制の理由ははっきりせず、グーグルもこの状況について公にコメントすることを避けている。しかし、多くの米インターネット企業と同様、グーグルも中国と複雑な関係にあることは明らかである。

10年以上前、グーグルは中国の厳格な検閲法に従うことに同意して、さまざまなオンラインサーヴィスの提供を始めた。しかし2009年、中国のハッカーがグーグルの内部システムに侵入し、中国の人権活動家に関する情報をGmailから引き出したと思われる事件が発生。グーグルは中国語のサーヴァーを香港に移し、あらゆる検閲を受けられないようにした。その報復として、中国のISP複数社がグーグルのサーヴィスをブロックした。それ以来、インターネットで最も大きな力をもつ企業は、中国においてオンライン上の存在感を失うことになった。

グーグルは中国への復帰について盛んに表明し、いまだに数カ所の現地事務所も運営している。そして今回のAlphaGoの対局は、その存在感を再び高めるチャンスとみられていた。しかし、中国の政治は決して単純ではない。FacebookやTwitterのようなサーヴィスもまた、この国では利用できない。LinkedInなどのいくつかの米インターネット企業は、検閲に従うことに同意してサーヴィスを提供しているが、中国のインターネットは地元企業に支配されている。

そのほかの背景もある。グーグルと中国のインターネット大手は、世界中の優秀なAI人材の獲得競争を繰り広げている。中国インターネット業界の巨人テンセントは、AlphaGoのような独自のAIを開発したが、これもまたAIの未来を象徴する存在となる。

グーグルの親会社、アルファベットの会長エリック・シュミット。PHOTOGRAPH COURTESY OF GOOGLE

グーグルは今回のイヴェントを開催するために、地元当局と密接な協力関係を保ってきた。今回の対局のスポンサーに就いたのは中国囲碁協会と、烏鎮が位置する浙江省のスポーツ関係機関だ。「われわれを迎え入れてくれたことに、大変感謝しています」と、グーグルの親会社アルファベットのエリック・シュミット会長は、対局前のスピーチで語った。

対局の数週間前から、中国の国営メディアはこのイヴェントを放送すると盛んに宣伝していた。しかし、イヴェントに携わった2人の人物によると、国営メディアは対戦の2日前に撤退を決めたという。この2人は自らの名前を明かさないよう求めている。こうした動きからも、世界最大の企業でさえ克服できないほど複雑な中国の政治状況がうかがえる。

「本当に驚くべき」こと

そんな奇妙な空気に包まれたこの日、1局目は最後まで行われた。イヴェントが開催された会場は、グーグルにとって理想的な場所であったように思える。会場となったカンファレンスホールは、毎年大手インターネット企業や著名人たちが集まる中国のワールドインターネットカンファレンスが開催される場所でもあった。

しかし、そのインターネットでさえ、対局の様子を現地の人々に配信することはできなかった。あるレポーターがディープマインド創始者のデミス・ハサビスに、イヴェントの生中継に対する制限についてコメントを求めたところ、彼はそうした制限については知らないと答えた。しかし彼は、この対局に多くのメディアが関心を示したことに言及した。とはいえ、2016年のAlphaGoとイ・セドルの韓国での対局を、中国からオンラインで観戦した6,000万人もの人々は、今回は地元での対局を見られないのである。

結局のところ一連の動きは、企業と国との厄介な関係を思えば、それほど驚くべきことではない。むしろ驚くべきは、この対局が本当に実現していることなのだ。


AIと人類、世紀の決戦のドキュメンタリー──「黒37手と白78手」

2016年3月8〜15日にかけて争われた、グーグルの「AlphaGo」と囲碁韓国チャンピオン、イ・セドルの戦い。その対局で一体何が起こり、これから人類はどこに向かうのか。『WIRED』US版が密着取材を試みた。


RELATED ARTICLES

TEXT BY CADE METZ