連載:キズナ〜選手と大切な人との物語〜

毎日病院に来てくれた彼女が妻に…小林悠、川崎フロンターレ加入前の秘話

原田大輔

1年前のJリーグアウォーズで妻・直子さんが語った言葉の重み

ケガをしても困難に直面しても…小林悠は妻と一緒に乗り越えてきた 【佐野美樹】

 その日はオフだったため、川崎フロンターレの練習場がある麻生グラウンドはがらんとしていた。約束の時間になり、入口で待機していると駐車場に車が入ってくる。降りてきたのは、小林悠と、その妻・直子さん、そしてふたりの息子だった。

 小林にとっては日々練習する慣れ親しんだ場所だが、ふたりの子どもにとっては絶好の遊び場になる。制止しようとする小林に構うことなく、こちらに向かって無邪気に走ってくるふたりを見て、1年前になるJリーグアウォーズの光景を思い出していた。
 川崎がJ1で初優勝した2017年、Jリーグアウォーズで最優秀選手に選ばれた小林が、壇上に登ったとき、サプライズで現れたのが妻・直子さんと、ふたりの愛息だった。まだ小さかった次男は、直子さんが抱っこしていたが、長男は驚く小林のもとを通り過ぎ、壇上の端まで猛ダッシュ。慌てて係員に抱きかかえられる姿が話題になった。直子さんにそのことを聞けば、「実は花束を渡すだけでいいって言われていたんですけどね」と、真相を明かしてくれた。

「当日、連絡をもらったのですが、私は人前に出るのが得意ではないので、最初はどうしようか迷ったんです。それで主人のお義母さんにも相談したんですけど、そこは『行きなさい』と言ってもらったので(花束を)渡すことにしたんです。しかも、まさかあの場で『ひと言』と言われるとは思っていなかったので、主人に掛ける言葉も全く考えていなくて。だから、気の利いたセリフも言えなかったんですよね」

 飾ることもなければ、繕うわけでもない。自然と出た言葉だったのだろう。直子さんは「一番近くでがんばっているのを見てきたので、その努力が報われてうれしいです」と声を掛けた。

 その言葉は、決して順風満帆とは言えなかった小林のキャリアを紐解けば、紐解くほどに重みが増し、思いがこみ上げてくる。

「プロサッカー選手になりたい」夢はいつしかふたりの目標に

2017年Jリーグアウォーズではサプライズで妻、息子が登場 【写真:アフロスポーツ】

 共通の友人を介して知り合ったふたりが、付き合い出したのは、大学生だった19歳から。直子さんに当時の小林について聞けば、少し懐かしそうに、こう教えてくれた。

「初めて会ったときから、プロサッカー選手になりたいということは言っていたんですよね。私はそれほど大学サッカー事情に詳しくはなかったんですけど、彼が通っている拓殖大学が関東大学2部リーグに所属しているということは知っていました。だから最初は、プロになりたいと聞いても、どこか現実味があるようには思えなかったんです。でも、付き合うようになって、毎回のように彼の試合を見に行くようになると、本気でプロを目指していること、軽い気持ちでサッカーをやっているわけではないということが分かってきて、こっちも真剣に応援するようになったんですよね」

 大学に入り、MFからFWにコンバートされた小林は、彼女の応援もあってか、徐々に頭角を現していく。まるで夫婦の関係性を示すかのように、照れる様子も見せずに小林が言った。

「初めて会ったときに偶然、夢の話になって、プロサッカー選手になりたいって語ったんです。でも、妻は『そうなんだぁ』くらいのリアクションで、全然、響かない(笑)。それも当たり前ですよね。大学でサッカーをやっているっていっても、それほど自分のことも知らなかっただろうし、しかも関東大学2部リーグだったし(苦笑)。それでも、付き合ってからは、本当に見に来られる試合は全部、見に来てくれたんですよね。それこそ一度、ご両親も応援に来てくれたことがあったんです。その試合で僕、ハットトリックしたんですけど、そのときはいいアピールになったな、なんて思いましたから(笑)」

 もちろん、そのときは、結婚という二文字を考えていたわけではなかっただろう。だが、いつしか小林の夢は、ふたりの目標になっていった。だから、大学で栄養学を学んでいた直子さんは、自分が得た知識を小林にも話せる限り話した。

「大学ではスポーツ栄養学についての授業って、それほど多くはないんです。私自身も、その分野に就職しようと考えていたわけではなかったんですけど、少しでも彼のために活かせればいいなと、私自身のモチベーションになりましたよね。それに大学の授業で学んだことを主人に伝えると、すごく素直に聞いてくれたというか、興味を持ってくれて。何でも吸収しようとしてくれたんです」

 モチベーションという言葉を使うところが、いかにもサッカー選手の妻らしい。だからこそ、大学3年生になり2部リーグとはいえ得点王に輝き、川崎から声が掛かったときには、家族は当然のこと、ふたりして喜んだ。

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著者プロフィール

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。

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