致死量の8000倍の毒に耐える魚、進化の秘密を解明

なぜ猛毒の汚染水でも繁殖できるのか、米国東海岸の小型魚マミチョグ

2016.12.13
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汚染耐性のあるマミチョグ(Fundulus heteroclitus)。耐えられる汚染レベルは致死量の最大8000倍にもなる。(PHOTOGRAPH COURTESY ANDREW WHITEHEAD, UC DAVIS)
汚染耐性のあるマミチョグ(Fundulus heteroclitus)。耐えられる汚染レベルは致死量の最大8000倍にもなる。(PHOTOGRAPH COURTESY ANDREW WHITEHEAD, UC DAVIS)
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 北米に生息する小型魚マミチョグ(Fundulus heteroclitus)のなかには、米国最悪レベルの汚染水域で一生を過ごすものたちがいる。そこには多量の毒物が溶け込み、ときに致死量の8000倍にも達するほどだ。彼らが生き残るどころか繁栄しているのはなぜなのかが、12月9日付の科学誌「サイエンス」に発表された。

 米カリフォルニア大学デービス校の科学者をはじめとするチームの研究結果によると、これら縞模様の小魚は、致命的な汚染にも耐えられるようになる遺伝子の変異のおかげで進化できたという。調査は米国東海岸の汚染度が高い河口4カ所で行われた。他の研究者たちは、この発見は化学汚染物質が人間や動物に与える影響を解明する手掛かりになるかもしれないと話している。(参考記事:「米国 汚染地に暮らす」

「『高度に汚染された環境に、集団がどのくらい速く、また容易に適応するのか』は、これまで大きな疑問でした。この研究は、その問いに確かに答えています」と評価するのは米フロリダ大学の魚類生物学者のクリストファー・マーティニュク氏だ。氏はこの研究には関わっていない。(参考記事:「事故から30年、チェルノブイリが動物の楽園に」

見た目は変わらないが、猛毒下で繁殖

 マミチョグはアトランティック・キリフィッシュ、マッドミノーとも呼ばれ、北米大西洋岸沿いの汽水域の水路や沼地にたくさん生息している。研究を主導した環境毒物学者のアンドリュー・ホワイトヘッド氏によると、この魚は通常、汚染にとても敏感なことから、指標種の1つとしても使われているという。生態系の健全さを測るバロメーターになるということだ。(参考記事:「環境汚染でホッキョクグマのペニス折れやすく」

 だが科学者らは、高度に汚染が進んだ地点で予想外の発見をしていた。「こうした場所に、極めて有毒な化学汚染物質に対して強い耐性を持つマミチョグが見られるのです」とホワイトヘッド氏。(参考記事:「有毒物質PCBへの耐性を獲得した魚」

 彼らが耐えられる汚染レベルは、大半のマミチョグにとって致死量となる濃度の最大8000倍にも達する。にもかかわらず、汚染がない近隣のマミチョグと見た目も行動も変わらない。そこで研究チームは、遺伝子の何らかの変異が、外観は変えずに、汚染に適応する分子レベルの変化を体内で引き起こしているのではないかと推測した。

備えあれば進化する

 こうした遺伝情報の変化をより詳しく調べようと、ホワイトヘッド氏らの研究チームは400匹近いマミチョグを採集した。場所はマサチューセッツ州ニューベッドフォードハーバー、ニュージャージー州ニューアーク湾、コネティカット州ブリッジポート地域、バージニア州エリザベス川の4カ所。1950~60年代以降、これらの地域はダイオキシン、PCB、水銀といった化学物質による高濃度の汚染が続いている。(参考記事:「最も汚染された街、デリーの写真28点」

 研究チームは、採集した魚の全ゲノム配列を解析。採集地ごとに、近くにある非汚染水域のマミチョグのゲノムと比較した。その結果、汚染耐性をもつ魚に共通する変異の組み合わせが見つかった。こうした変異の多くが、化学物質の影響を受ける分子の働きを不活性化する、つまり、停止するのに役立っていた。同じような一連の変異は、非汚染エリアに生息する魚にはほとんど見られなかった。清浄な水にすむ魚にとって、こうした変異は生存上の利点にならないからだろうと研究チームは考えている。

 この新発見は、汚染された水中で生きるためにマミチョグが短期間に進化した証拠である一方、他の魚も進化によって同様に適応できることは意味しないと、ホワイトヘッド氏は注意を促す。(参考記事:「ウーパールーパーが絶滅の危機」

 マミチョグは、他の多くの動物に比べて種の中の遺伝的多様性が大きい。一部の集団で汚染への適応を可能にした遺伝子の変異は、汚染よりも前に起こっていて、その集団に元からあったものだ。遺伝的多様性が比較的乏しい種は、適応に使える分子の道具を持っていないかもしれない。(参考記事:「次はペルシャネコ? 宇宙へ行った動物」

「環境が急激に変わるとき、必要なカードが手中にあるかどうかは非常に重要です」とホワイトヘッド氏は言う。

 マミチョグにとっても、この適応に犠牲を伴っているかもしれない。新たな環境に自分を合わせるために、汚染耐性をもった集団は遺伝的な強みを少し手放した。多様性が以前よりわずかに低下したのだ。

「局地的な適応は当座の必要性には対処できますが、遺伝的な多様性が失われると、将来発生する環境ストレスに対応するのが難しくなることはあり得ます」と語るのは、ウェストバージニア州リータウンにある米国地質調査所(USGS)の魚類生物学者、ルーク・イワノウィチ氏だ。

 今回の発見は、環境の変化に最もよく耐えられる種や、最も弱い種を調べる上で手掛かりになるかもしれない。「このような一連の分子的な対応ができない種は、温暖化あるいは汚染がますます進む世界で生き残れない可能性があります」とマーティニュク氏。

 ホワイトヘッド氏は今回の研究結果について、病気から回復しやすい人とそうでない人を分ける遺伝的な差の解明にも役立つかもしれないと話している。

文=Lindsey Konkel/訳=高野夏美

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