この国は“無駄”で食っている

“格差”を絵で表現すると下記のようになります。

左側の水色さんは丸々太ってメタボ気味だし、コートも来ているし、両手に貯金も持っている。

一方、右側の黄緑さんは皮下脂肪の蓄えもないし、コートもなければ貯金もありません。


恵まれている人は二重三重のセーフティネットに守られているんです。正社員で、病欠も認められ、貯金もあり、助けてくれる家族もいる。

けれど寒空に凍える人は雇用も不安定で貯金もなく、親族もみな同じような状態だから頼る人もいない。


こういう二種類の人がいる世の中が、大不況に陥りました。寒風が吹き、仕事もなくなった。

でも水色さんには大きな痛みはありません。

ぬくぬくしたコートを着ているし、食べ物もある。ボーナスは減ったけど、まだ貯金もあります。

一方、不況は黄緑さんには死活問題です。寝るところ、食べるもの、生きる意味、すべてが危機にさらされる・・。




さて、ある社会に 100人の人がいるとしましょう。

ルイ王朝とか帝政ロシア下の社会では、水色の人が一人しかおらず、残り 99人は黄緑さんです。

水色の人はマリーアントワネットやエカテリーナなど王族、貴族で、数はごくごく限られてます。

この社会では大半の人は黄緑さんで、度が過ぎると革命が起ります。フランスやロシアのように。


一方、社会の全体 100人のうち、95人が水色さんの状態だと、その社会は「総中流社会」と呼ばれます。

一部には貧しい人もいるけれど、95人が経済的に困っていないから、たった 5人を助けるのは難しくありません。

水色さんは、自分の痛みをほとんど感じることなく弱者を助けることができます。

高度成長期に日本が作り上げてきた社会はそういう社会でした。


今の日本社会はどうでしょう? 

私の感覚では、おそらく 3割くらいの人が黄緑さんになりつつあるんじゃないでしょうか。

7割の水色さん達は、今までは見えなかった黄緑の人が社会に増えてきたことに衝撃を受けています。

お金が払えなくて修学旅行に行けない子供、お金がないから病院に行けない人達、アパートで餓死する失業者、地下道や川辺で眠る人の群れ。食べるに困る老後。

テレビで特集されるそれらの悲惨な黄緑さんの人生を目の当たりにして、多くの水色さん達は衝撃を受けました。


そして「こういう世の中はなにかがおかしい」と強く感じ、政権を変えるべきだと思いました。

世界で勝つことを目指す小泉・竹中路線ではなく、社会の底辺にも温かい目線と手をさしのべる政権が望ましいと思った。

これが福祉志向、底辺志向の民主党政権につながりました。


なんだけど、3割の黄緑の人達を助けるためには、自分達に回ってくるべきお金の一部を差し出す必要があるのだと、水色の人達が気が付くのは、その後のことでした。

この国には、打ち出の小槌も、生産性が高く国際競争力のある産業も、さらに多額の借金を積み上げる余地も、もうありません。

資金を捻出するには、「事業仕分け」という方法で「不要不急の予算」を削るという方法しか残っていない。

で、ここがポイントなのですが、実は水色の人達は、それら「不急不要の事業」のおかげで収入を得ているんです。


事業仕分けの次に「公益法人の仕分け」という言葉がでてきました。遠からず特別会計の様々な分野も「仕分け」対象となるでしょう。

そうなれば、日本経済がもつひとつの特徴が明確に浮かび上がるはずです。

それは、水色の人達のうち、おそらく半数近くが「仕分けされるべき無駄な事業」に携わって生計をたてている、ということです。

この国の経済は「無駄によって支えられている経済」だから。


要らないダムや空港を造ることで多くの人達が食い扶持を得ています。

どうでもいいような政府キャンペーンを推進するための多額な予算が、多くの準公務員達を養い、広告業界にもお金を流してる。

使いもしない“住基ネット”のシステム開発のおかげで、大規模 IT 企業は社員を雇用し、下請け会社に仕事を回してる。


★★★


「無駄な支出を削り、その分で弱者を助ける」という言葉は甘美です。

そうやって社会の底辺で困っている黄緑さんたちを助けてあげたい。そう願う水色さん達の言葉に嘘はありません。

水色さんらは善意で、心の底から、そう思っているのでしょう。


しかし水色さんは、そうなれば自分達の半数近くは「仕分けされるべき対象である」、ということには気がついていません。

善意に溢れる水色さんに足りないのは“リアリティ”です。


ダムや道路だけではありません。

多くの役所は役所ごとに重複する、ほとんど使われない多数の制度を設計し、そのための特別なシステムの構築を民間業者に発注しています。

それらのITプロジェクトの仕事は、NTTデータや野村総研を窓口として、幅広く裾野のSIerに流されてる。

IT産業のうち公的部門が(発注量に)しめる割合はかなりのものです。

それらが大幅に削減されれば、多くのIT関連企業の仕事量(雇用&売上額)に多大な影響を与えるはず。


過剰な検査体制もこの国の特徴です。

世界で一番優秀な車に、あんな頻繁に車検をやる必要はないから、無駄を削減して行政コストをさげようと言えば、多くの水色の人は賛成するかもしれません。

しかしそれは、日本中の車検事務に携わる人達の仕事が半減することを意味しています。


家の水道蛇口を見てみてください。この国では水道の蛇口にまで「規格シール」が張ってある。

そんなものをイチイチ検査する必要があるのか?と言い出せば、それらの検査機関に勤める人達の雇用はどうなるのでしょう? そんな例はいくらでもあります。


繰り返しておきましょう。


この国では、ものすごく多くの人が「無駄な仕事で生きている」ということを。


本当に無駄を省いて弱者に回す資金を捻出し、底辺の人を救いたいと思うなら、覚悟が必要なのは善意溢れる水色の人達です。

彼らは少なくとも、両方の手に持つその貯蓄袋の一つくらいは、手放す必要があるでしょう。

持ち家か、子供の大学進学か、安定した老後か、そのうちのひとつくらいは諦める必要があるってことです。



「仕分けられる」のは、私であり、あなたなのです。


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