進化を遂げた囲碁AI「AlphaGo」の勝利に、人工知能の未来を見た:『WIRED』US版リポート

囲碁の人工知能(AI)「AlphaGo」が、世界最強とされる囲碁棋士・柯潔(カ・ケツ)との三番勝負で、初戦を制した。プロ棋士たちとの勝負を積み重ねてきたAlphaGoは、自ら学習して進化する頭脳となり、圧倒的な強さを身に付けていた。AIはいったいどこに向かうのか、そして中国という地で対局を仕掛けたグーグルの狙いとは──。『WIRED』US版による現地リポート。
進化を遂げた囲碁AI「AlphaGo」の勝利に、人工知能の未来を見た:『WIRED』US版リポート
PHOTOGRAPH COURTESY OF GOOGLE

世界最強とされる囲碁棋士・柯潔(カ・ケツ)が、グーグル傘下のDeepMindによる囲碁の人工知能AI)「AlphaGo」 と対局した2017年5月23日。“見えない”相手と対峙していた柯は、AlphaGoの「普通とは違う」囲碁のスタイルを逆手に取って打ち負かそうとしていた。ところがこの策は、19歳の最強棋士が思っていたようには運ばなかった。4時間15分を経て、AlphaGoが三番勝負の初戦を制したのである。

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AlphaGoは2016年、韓国のトップ棋士であるイ・セドルを下し、プロの囲碁棋士を破った最初の“機械”となった。古い歴史がある囲碁というゲームの複雑さを考えれば、これは大半のAI研究者たちが達成には何年もかかると信じていた偉業だといっていい。

そしてAlphaGoが満を持して臨んだのが、今回の柯との対局だ。AlphaGoを開発したDeepMindの創業者でCEOのデミス・ハサビスによると、AlphaGoは囲碁だけに限らず現実世界での広範な応用にも適した、より強力な新しいアーキテクチャーに支えられているのだという。

すなわち、人間の手で生成されたデータへの依存を抑え、自分自身との対局からゲームをほぼすべて学習できる新しいアーキテクチャーを引っさげて公の場に出たのである。これは理論上、DeepMindのテクノロジーがどんなタスクであっても、もっと簡単に学習できることを意味している。

AIが囲碁の“定石”まで変えた

今年1月、AlphaGoの“化身”が「Master」(マスター)という別名でインターネットの囲碁サイトに現れ、柯を含む世界トップクラスの打ち手と立て続けに対局。全60局すべてで勝利を収めた。

23日の初戦は、その流れを汲んでいた。柯は先手の黒を選び、「三々入り」と呼ばれる手を繰り出した。これはAlphaGoが1月にMasterとして戦った際によくつかった手だ。解説者の棋士、マイケル・レドモンドはこう評した。「Masterと対局して以降、彼は変わりました。Masterのような手をたくさん使うようになっています」

確かにMasterと対局して以降、柯はほかの有力棋士との対局中に、よくこの手の初手を打つようになった。事実、柯は対局後に「AlphaGoから受けた影響は、かなり広範にわたっています」と語った。この発言はDeepMindのハサビスにとって、伝統ある囲碁というゲームの手法そのものに、AlphaGoが変化をもたらしている証左でもあった。それと同時に、いかにAIが人間に取って変わりうるのか、いかにAIが人間の力を“拡張”できるのかも示したといえる。

実際にAlphaGoは、DeepMindの開発チームの予想さえも上回る早い段階で、試合の流れをつかんだ。対局は6時間以上かかると予想されていたが、ゲーム開始からたった3時間半でAlphaGoは盤上をすっかり制し、対局の解説者たちも柯が挽回するチャンスをほとんど見出せなかった。それから1時間もしないうちに、勝負はついた。

「なにが興味深いかって、AlphaGoがとにかく進化し続けている点です」と解説を担当していた棋士の李夏辰(イ・ハジン)が話す。「もちろん、これまでも非常にいい出来でしたけれども」

仮の姿だった「囲碁AI」

Masterとして戦った一連の対局における60連勝という恐るべき成績を考えれば、たとえ世界最強とされる柯であっても、残り2回の対局で勝利を収めるのは難しいだろう[編註:柯とAlphaGoの対局は25日と27日に行われる予定]。だがこの対局は、AlphaGoのみならず、AI全般の継続的な進化を評価するよい機会といえる。すでにインターネットサーヴィスからヘルスケア、ロボット工学にいたるまで、ありとあらゆるものに革新を起こしている機械学習のテクノロジーに支えられたAlphaGoは、AIの未来の姿を映し出している。

この点を、実は最初の対局が始まったときから、DeepMindのハサビスは強調していた。AlphaGoの新しいアーキテクチャーが、ゲーム以外のタスクのほうが適していることを明らかにしたのだ。なかでも彼が強調したのは、このシステムが科学の研究の進展を加速させるだけでなく、送電網の効率を大幅に向上させられる可能性までもつことだった。

DeepMindの親会社であるグーグルにとって今回の対局は、将来的に同社のサーヴィスを中国で再開するための絶好のPRの機会でもある[編註:グーグルは2010年に中国でのサーヴィス提供を終了し、実質撤退した]。グーグルのAndroid OSは中国でも普及しているが、当局の規制によってGmailやGoogle検索といったオンラインサーヴィスの公式な提供ができていない。しかし同社は将来的に、再び中国でサーヴィスを提供できるようになることを望むとの見解を出している。

世界中から集まった報道陣が今回の対局会場に到着したとき、彼らにはGoogle翻訳のアプリについて、英語と中国語の両方で説明されたチラシが渡された。Google翻訳は、AlphaGoを支える機械学習の一種、ディープニューラルネットワークによって稼動しているのだ。

AlphaGoの進化が示唆するのは、アーキテクチャーの刷新が実にうまくいったということだ。その変化に、対局が始まったときから柯は気付いていた。「AlphaGoは完全に違う打ち手になっていた」と、対局後の記者会見で彼は語ったのである。「まるで囲碁棋士の神様だ」

[2017.05.28 8:00 翻訳に誤りがあったため本文の一部を修正]


AIと人類、世紀の決戦のドキュメンタリー──「黒37手と白78手」

2016年3月8〜15日にかけて争われた、グーグルの「AlphaGo」と囲碁韓国チャンピオン、イ・セドルの戦い。その対局で一体何が起こり、これから人類はどこに向かうのか。『WIRED』US版が密着取材を試みた。


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TEXT BY CADE METZ