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情報通信 ニュースの正鵠
2011年11月4日掲載

東芝の4Kテレビ発売を批判する前に知っておきたい3つの事柄

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 先月3日に東芝が、フルハイビジョンの4倍の画素数を持つ4Kテレビ“REGZA 55X3”を12月に発売すると発表した。同製品はCEATEC JAPANでお披露目をされ、その時の様子は、前回のコラムでも紹介した(「CEATEC JAPAN 2011を振り返る」)。

 ところがこの4Kテレビ、ネット上での反応があまり良くない。

 「解像度はハイビジョンで十分」、「さらなる高解像度などユーザは望んでいない」、「メーカーの独りよがり」、「そんなことをやっていては国際競争に勝てないのではないか」などなど。辛辣な意見が飛び交っていた。

 確かに4Kの対応コンテンツがほぼ存在しない現状や、90万円程度といわれる販売価格を考慮すると、この製品がヒットする可能性は高くないように思える。

 しかし批判を鵜呑みにする前に、知っておくべき事柄が3つほどある。

1.超高解像度映像は単なる「キレイな映像」ではない

 業界関係者は別として、一般ユーザで、4Kや8K(スーパーハイビジョン)の映像を実際に自分の眼で見たことがある人は、まだあまり多くないであろう。

 おそらく多くの人は、標準画質とハイビジョン、あるいは、ハイビジョンとフルハイビジョンを見較べて、その延長で「解像度はフルハイビジョンで十分」と考えているのだと思う。

 しかし、超高解像度の映像は、単なる「キレイな映像」以上の意味を持つものだ。

 画面サイズや映像の種類との兼ね合いもあるので一概には言えないが、解像度がある水準を超えると、それまで、「画面上に再生された映像」であったものが、映像ではなく「そこにある現実」に見えてくる。つまり、超高解像度映像実現への取り組みとは、現実を映像で代替する試みと言ってもいい。

 もちろん、ビジネスとして考えるならば、費用対効果を考えることが重要だ。「テレビ放送にはそこまでの解像度は必要ない」という指摘は、既存のテレビ放送を念頭におけばその通りだと思う。

 ただし、超高解像度がもたらす質的変化は、未来の人々の生活における「映像」の意味を、大きく変える可能性がある。

2.テレビ放送以外のニーズ

 「テレビ番組を視聴する」というニーズに対して、「4Kや8Kの解像度が絶対に必要か?」と聞かれれば、その答えはおそらく「No」だ。要は個々人の嗜好次第なので「ハイビジョンで十分」と考える人は当然いるだろう。

 しかし、現実に近い超高解像度の映像再生が可能になることで開かれるであろう、新たなニーズの可能性についても考えておくべきだ。例えば遠隔医療の分野はどうだろう。

 法制度上の問題もあり、なかなか導入に至らないが、中長期的に見れば、通信回線を経由した遠隔医療が普及していく可能性は高い。

 遠隔で診断を行う場合、単に患者の顔が見えれば良いのではなく、もっと細かい情報が必要になる。また、単に解像度を高めるだけではだめで、色の再現性も含めて、より自然な映像を違和感なく伝達することが求められる。

 遠隔医療については、「どこまでできるのか」に加え、「どこまでやるべきなのか」という議論もあるので、安易に期待感を煽ることはできない。しかし、高解像度のディスプレイの開発には、こうした貢献の可能性もあるのだ。

. 戦略としての4Kテレビ:市場における東芝のポジショニング

 最後に、世界のテレビ市場における東芝のポジショニングについても考えたい。Display Search社が一般公開している資料によれば、今年第2四半期における世界のテレビ市場のシェアは、1位Samsung、2位LG、3位ソニー、4位パナソニック、5位シャープの順である。

 東芝の順位は不明だが、6位の座を中国・台湾勢や欧米企業と争っているのではないかと思われる。

テレビ市場における東芝のポジション

 また、全米家電協会の資料によれば、米国の消費者に対して実施したアンケート調査において、テレビ・メーカーとしての東芝のブランド力は、SamsungやLGなどの韓国勢はもちろんのこと、Hisense(海信)やTCLといった中国メーカーの後塵を拝している。

 このようにテレビ市場で遅れを取っている東芝にとって必要なのは、「上位メーカーとの違いを消費者に対していかにアピールしていくのか」を考えることだ。

 しかし価格面では、シェアが大きい上にウォン安の追い風を受ける韓国勢や、人件費の安い中国勢にはとても対抗できない。となると機能面での差別化を図るしかない。ところが、機能面でも、SamsungやLGといった上位メーカーが「スマートテレビ」と称して、タブレット端末との連携やアプリ・ストアの開設、ユーザ・インタフェースの改良などに積極的に取り組んでいる。そのため、なかなか決め手となる差別化要因は見当たらない。

 このような環境の中で、東芝が「世界初の4Kテレビ」を発売することは、それ自体が売れるかどうかは別として、プロモーション効果の点で意味がある。東芝は2009年末にも1台約100万円のセル・レグザ(CELL REGZA 55X1)を発表し、大きな注目を集めた。同製品がどの程度売れたのかは分からないが、宣伝効果は大きかったのではないだろうか。

その製品自身が売れなくても意味があると書いたが、「最先端技術を詰め込んだ最高のテレビ」を作るメーカーというイメージが定着すれば、新興国市場で続々と誕生している富裕層達が、飛びつく可能性もある。日本では高価な製品が売れにくい時代になりつつあるが、グローバル市場に目を向ければ、「金に糸目を付けずに最高のモノを求める」ユーザの数は、むしろ増加している。その意味では、中国市場などでの販売を検討すると面白いかもしれない(東芝の4Kテレビは、今のところ、日本市場と欧州市場での展開を予定している)。


 世界の薄型テレビ市場はそろそろピークを迎え、縮小に転じるのではないかと予想されている。その市場の中で、東芝が韓国や中国のメーカーとの競争に打ち勝ち、生き残っていくことができるのかどうかはよく分らない。しかし、高解像度のディスプレイを開発すること自体には意義があると思うし、さまざまな環境を考慮してみると、東芝が今の時期に4Kテレビを発売するという判断をしたことは、そう悪い戦略ではないと思う。

【参考映像】シャープのスーパーハイビジョン(8K)対応液晶ディスプレイの紹介


※実際に見るのとは違いますが、超高解像度映像のインパクトがある程度伝わると思います

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