「虚構の自由度」、そしてその価値

先日ご紹介した『ハゲタカ』の著者、真山仁さんのもうひとつの名著『ベイジン』を読了。『ハゲタカ』とはまた違う意味で衝撃的でした。この本、今のタイミングで日本人が読むとかなり複雑な気持ちになると思います。

〜以下、ややネタバレ気味に『ベイジン』のあらすじが書かれています。あらかじめご了解の上お読み下さい。〜


2008年に出版されたこの小説は、中国が北京オリンピックにあわせて世界最大の原子力発電所を稼働させるという計画をたて、そのために指導顧問として日本から派遣された原子力技術者が、中国の技術者を指導するという話です。

その中で一貫しているのが、「世界最高の技術力をもち、世界で最も安全な日本の原子力発電」の関係者が、「中国の危ない原発の建設&運営を指導する」というトーン。中国人労働者や技術者がいかにいい加減か、日本人技術者がいかにきまじめで安全に気を遣っているかが、延々と描かれます。


ちきりんは思いました。「あたしが中国人だったら、今、こんな小説を読んだら怒るだろうな」って。「お前ら何ゆうてんねん。事故おこしたんは誰や?空気と海も汚されて、中国も迷惑しとんねん!」って言いたい気分になるでしょう。

なので先日真山さんにお会いした時、「これって日本人として奢りすぎじゃないですか?実際には事故は日本で起こったじゃないですか?」と聞いてみたんです。

そしたら言われました。「日本の原発を舞台にしたら、ここまで書けなかったと思うんです。」って。


「あー!なるほど」って思いました。真山さんは『ベイジン』を書くに当たって数多くの原子力発電の専門家を取材されています。でも、もし彼が「日本の原発でSBO(ステーション・ブラックアウト=全電源喪失状態)が起こる設定の小説を書いてます。」と言っていたら、取材自体が進まなかったかもしれません。

「中国の原発で事故が起こるかも!」という小説のための取材だと言ったほうが、取材も書籍化もスムーズに進むだろうことは、ちきりんにも想像できます。実際その時点では、日本の専門家は日本の原発事故より中国での原発事故を心配していたのかもしれません。


「フィクションだから書けることがある」

今回、真山さんからお話を伺って、このことをあらためて理解しました。

白い巨塔』を読んで小説の力に衝撃を受けた、と言われる真山さんに(大変失礼な質問とは自覚しつつ)「山崎豊子さんが、目指す方向性ですか?」と質問しました。そしたら、「すばらしい方だけど、自分はどこまでリアリティに迫れるかということより、フィクションの自由度を利用して思い切った考え方を提示することを、より大事に思っています。」との回答でした。

たしかに山崎豊子さんの作品は、フィクションなんだかノンフィクションなんだかわからないほどのリアリティに溢れています。取材のために現地に泊まり込むなど「取材対象の体験を自分も実体験として得るまで取材する」って感じです。

一方の真山さんは「フィクションだと主人公に思い切った発言もさせられる。原発のSBOなど、あってはならない事態も小説の中なら起こせる。だからこそ表現できるものもある。そういうフィクションの自由度が気に入っている。」とのこと。


なるほど! これ、ちきりんもよくわかります。だってそれってちきりんが「おちゃらけ」と称する理由と同じだから。

世の中には「重箱の隅をつつきまくるのが生き甲斐!」という人がいます。そういう人は「細かい点に一点でも間違いがあったら、全体としての価値もゼロである」という宗教を信じています。

しかし、世の中には「まだ起こっていないことを含め、将来に向けて、大胆な仮説を提示しようとする人」がいます。そうすることが役割の人、そうすることが自分の仕事であり使命だと考える人がいるわけです。そーゆー人にとって「現実の制限」に縛られることなく、不特定多数の人に自分の考えを提示できる「虚構」という設定は、非常に使い勝手がよいのです。


『ベイジン』は虚構です。フィクションです。細かい点でいえば「こんなことありえないでしょ?」みたいなこともたくさんあります。詳細にこだわる人にはそれだけで「読む価値がない」とされてしまうのかもしれません。けれど『ベイジン』は、「虚構の自由度」を最大限に活かして現実の縛り(タブー)を脱することができた非常にパワフルな小説でもあります。

だって驚くなかれ、この小説には福島原発で起こったことがそのまま(2008年の段階で)書いてあるんだよ。電源がすべて消失するSBO,メルトダウン、水素爆発で建屋の屋根が吹き飛び穴があく、、、中国の原発への“津波の危険性”まで指摘されてます。

びっくりです。これを読んでちきりんは、「原発事故が起こったら何がどうなるのか」、専門家は昔からわかっていたんだと確信しました。

この小説のベースは、真山さんが取材した原発の専門家が言ったことです。彼らは「中国の原発で事故が起こったら、こんな感じになるでしょうね〜」という話をしたのでしょう。そしてそれらは全部、実際に起こったのです。

「なんだよ、全部、わかってたんじゃん!?」って感じです。わかってなかったのは、「中国じゃなくて、日本でも起こりえますよ」という点だけです。今回福島で起こった一連の事態は、実は全部「想定内」だったということを、この小説は証明しています。


けれど、それを「現実の予測」として提示することは誰にもできませんでした。安全神話がそれらの声を押さえ込んでしまっていたからです。

反対に、2008年の段階でここまで書けた理由は、「虚構」という形をとったからです。小説だから、フィクションだから、です。「虚構ですよ」と一言断ることで、「原発で事故が起きたらこんなことになるんですよ」ということが、福島以前のタイミングで提示できたのです。

「虚構の価値」ってこういうことね、とビビッドにわかります。


『ベイジン』の中で、ちきりんの心に一番突き刺さったセリフは、中国の原発で深刻な事故が起こった後に、中国人スタッフが茫然としながらつぶやく言葉です。

「今起きているのは、私たちの国が抱える慢心の象徴です。」

…泣きそうになりました。まったくもってその通り、でしょ?



まあ一回、読んでみてよ、コレ。

ベイジン〈上〉 (幻冬舎文庫)

ベイジン〈上〉 (幻冬舎文庫)


そんじゃーね。

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お断り:文中で「」内に示した真山さんの発言は、実際の発言のままではなく、発言の趣旨をくみ、ちきりんが文章化したのものです。