調査報道を支えるリサーチャーと
「ディープウェブ検索」

CIA「トンネル会社」の正体はこうして暴かれた
ネットも駆使した調査報道がCIAの厚い壁を打ち抜いた(写真はバージニアのCIA本部) 〔PHOTO〕 Glowimages

 ブロガー情報(05月20日「『CIA秘密収容所』スクープを助けたブロガー情報」参照)を頼りに、2001年10月末、ワシントン・ポストのワシントン本社を離れて、マサチューセッツ州のボストン法務局を訪ねたスター記者デイナ・プリースト。目的は、「プレミア・エグゼクティブ・トランスポート・サービシーズ社」の登記簿を洗い出すことだった。

 アメリカ中央情報局(CIA)が世界各地でテロ容疑者を拉致し、国外へ輸送するために利用しているトンネル会社がプレミア・エグゼクティブ――プリーストはこうにらんだのだ。

 ボストン法務局でプリーストが手にしたのは、マイクロフィルム形式で保存された登記簿だった。法務局内の一画に座り、旧式のリールを長時間回していると、目まいに見舞われた。だが、どうにか必要な登記簿を見つけ出し、すべて複写した。そこには、同社の役員16人の名前が書き込まれていたのである。

 次に、プレミア・エグゼクティブのデッドハム本社を訪れた。本社は閉まっており、だれもいなかったが、入口のドアには案内があった。そこにはさらに6、7人の名前が記されていた。これでプレミア・エグゼクティブの関係者20人以上の名前を入手できたわけだ。

 ワシントン・ポストのワシントン本社に戻ると、ジュリー・テートに名前のリストを手渡した。「この人たちが実在するのかどうか、徹底的に調べてね」。テートは経験豊富で優秀なリサーチャーであり、調査報道を売り物にする新聞社には欠かせない存在だ。

 プリーストは言う。

「あなたが自分の名前をジュリーに教えたとしよう。おそらく、その情報だけで彼女はあなたの住所歴や職歴、携帯電話番号のほか、社会保障番号も割り出すだろう。こんなことはあまり公には言いにくいのだが、その気になればどんな情報でも手に入れる――これがジュリーなのだ」

日本の新聞社にはいない「リサーチャー」の能力

 テートは、情報公開制度を駆使して必要なデータをどん欲に集めたり、自分独自のネットワークを使ってあちこちに電話をかけたりする。インターネット上では、いわゆる「ディープウェブ検索」も駆使する。つまり、ドメイン名が「.gov」で終わる政府系ウェブサイトや「.mil」で終わるアメリカ軍系ウェブサイト内へ深く入り込み、グーグルでは検索できない情報も探し出す。

 このような能力は特殊であり、一朝一夕には身に付かない。だから、アメリカの新聞社では有能なリサーチャーは重宝される。プリーストは「公開されていながら、どこにあるか分からず、だれにも知られていない情報は山ほどある。

 例えば裁判所の事務員をうまく使いこなせば、土地取引や離婚歴、裁判記録など必要な情報はいくらでも手に入る。リサーチャーの活躍の場は多い」と語る。

 一方、日本の新聞社にはテートのようなリサーチャーはめったにいない。記者を支援する人材の多くはアルバイトである。

 記者の大半が記者クラブに張り付き、当局側が毎日流す膨大な情報を処理するのに忙しく、効率の悪い調査報道には目も向けないからだろう。編集幹部も「記者クラブでの発表は一切無視して、独自ネタを追いかけろ」と指示することもない。記者クラブでの発表処理が仕事の中心ならば、リサーチャーは不要である。

 調査報道のベテランであるプリーストが頼りにするテート。しかし、今回はどこをどう探しても重要な個人情報を見つけ出せなかった。というよりも、正確には「重要な個人情報がこの世に存在しないことを発見した」のだった。

 テートは興奮しながら「だれもが正体不明です。住所歴も職歴も電話番号もありません。こんなことってあり得るのでしょうか」とプリーストに報告した。この時の様子をプリーストは今も忘れられない。

 唯一、社会保障番号と年齢は判明した。これが何とも不可解だった。リストに載った20人はそろって2001年以降に社会保障番号を取得しているのだった。となると、20人は全員がよちよち歩きの幼児なのか。違う。40代か50代の中年ばかりだった。

 社会保障番号はアメリカ版「国民総背番号制度」であり、すべてのアメリカ国民は生まれた直後に社会保障番号を与えられる。その番号は一生変わらない。40代か50代の中年ばかりというのは、外国生まれの移民ということなのか?

 言うまでもなく、2001年は「9・11」同時多発テロが起きた年である。プリーストは「何か重大な秘密が隠されている」という確信を得た。

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