2011-04-12

ずっと昔、まだ子供だった頃、私は自分が住む県に原子力発電所があることを知った。

「お父さん、原子力発電所って怖くないの?危なくないの?」

「安全ということにはなっているけどねえ・・・ホントのところはよくわからいかもしれないねえ」

「でも電気がなかったらテレビが見れないからぼくも困るしなあ・・・原子力発電所に反対している人は、電気がなくなっても困らないのかなあ」

「あそこで作っている電気は、全部東京のほうの人たちが使っているから、実はあの発電所がなくなっても、このあたりに住む人は困らないんだよ」

「ええっ、じゃあ自分たちが使えない電気のために、ぼくたちはちょっと怖くても危なくても我慢してるってこと?なんで?なんでぼくたち、我慢してるのに、あそこの電気使えないの?」

東京のほうが人がたくさん住んでいるから、電気もたくさんいるんだよ。だから福島発電所を作らせてくださいって、頼まれたんだ。あの発電所はそうやってできたんだよ」

「ふーん、頼まれただけで、怖くても我慢したんだ?」

お金がなくて、働きたくても働けない人がたくさんいるような場所では、発電所ができれば、それだけみんな助かるんだよ。お金ももらえるし、働く場所ができるしね」

「なるほど、よくわかったよお父さん」

私は心から納得して、うなずいた。


金のある人間は、自分の出した糞を他人任せにできる。

そのことを私は、小学校に上がる頃には、もう学んでいたと思う。

私が住んでいたのはとにかくとんでもないど田舎で、地元人間ほとんどは、ペンションとか民宿とか土産物屋とか、観光で飯を食っていた。

「えー嘘でしょ、このへんて民放が2局しか映らないんだ、ありえなくないー?」

「買い物行きたくても店がねえよ。よくこんなとこに住んでいる奴らがいるよな」

「夜まっくらだわマジで。おかげで星は綺麗だけど」

「あ、みてみて、子供だ、田舎子供がいるよー、あの子とかほっぺた真っ赤だ!」

観光客というのは、そんな風に好き勝手なことを言ってこちらを指さして、けたたましく笑う人種で、正直いけ好かないと思ったことは何度何度何度もあったが、なにより彼らはありがたくも私達に金を落としてくれる存在だったので、にっこりと笑って愛想良く対応するのが地元人間の義務なのだということを、私は小さい頃から叩き込まれて育った。


私達の通う小学校には、[ゴミ拾いの日]があった。

その日、私達は軍手をはめ、ゴミ袋を持って、ジャージ姿で地元観光スポットに向かう。観光客のために用意された「豊かな自然に包まれて森林浴を楽しめる美しい散策コース」に転がっているゴミを拾わなくてはならないのだ。

空気も水も緑も、自然は確かにしいが、そこに落ちているゴミは汚い。カラフルな空き缶や、菓子の空き箱なんかを拾うのは、それほど辛いことでもないが、べっとりと食べ残しがこびりついた弁当の空き箱やアイスクリームの容器や湿って黒い液がにじみ出ているタバコの吸殻は、軍手越しとはいえ、触るのも嫌だった。

一番気が滅入るのは、木々の間に白っぽいものが広範囲に撒き散らされているのに気づく時だ。白っぽいものというのは、つまり大量のティッシュで、その下にはたいてい、大便かゲロが隠されている。我慢してティッシュを拾ってもその下からゲロや糞が出てこない時があって、当時はずいぶんほっとしたものだが、数年経って初めてコンドームを見たとき、同じようなびろびろしたゴム製品をティッシュの下から拾ったことがあるのに気づいて、あれは青姦の跡だったんだと知った。


私はゴミ拾いが嫌いだった。嫌いだったけど、これは誰かがやらなくてはならないことだとも、思っていた。

そして、誰かがやらなきゃいけない汚れ仕事ををやる羽目になるのは、金がないほうの人間なんだということも、よくわかっていたのだ。

だってしょうがない、ゴミを捨てる奴らにはにっこり笑って愛想よく振舞って、ゴミを必死に拾い集めて、そうやってやっと、私達は金にありつけるんだから


観光客東京のほうからやってくる大事なお客さん達、というのが私の認識だった)は多分みんな、自分たちが撒き散らかしたゲロと糞と精液を、子供たちが始末することになったなんて知らないし、知りたくもないだろう。

彼らが覚えているのは、自分たちの楽しい旅行の思い出だけで、気軽に捨てたゴミのこと、指さして笑った田舎子供たちのことなんて、綺麗に忘れてしまっているだろう。

糞を人任せにするというのは、そういうことだ。


だけど出した糞を任されたほうの人間は、決してそれを忘れない。少なくとも私は、自分が拾ったゲロと糞と精液のことをしっかりと覚えている。


から私は、原子力発電所という、どうやら怖くて危ないらしいモノが福島にあると聞いたとき、ホントに心底納得したのだ。

金がないってのは、そういうことだよな。

本当なら近寄りたくもない、悪臭ぷんぷんの糞でも、金が貰えるなら拾い集めて握り締める。

多分それは[取引]だと言われる。もしかしたらその取引は不公平なものだったってことが、後になったらわかるかもしれないけど、その時は[お互い様]だったと思われるだけだろう。

私はそんなのはちっともお互い様とは言わないんじゃないか子供の頃から思っていたし、今も思っているけど、それでもきっと、どうしようもないことなんだろう。

なんせ金がないんだから

私の生まれた場所には、生まれる前から原子力発電所があって、正直それが嫌で嫌で仕方なかったけれど、でも多分、そうやって糞を拾い集めて金にありつかなければ、私は生まれることも育つこともできなかったのかもしれない。

ただ私は、他人の糞を任されて生きるのは嫌だった。


今私は、関東に住んでいる。

東京に憧れがあったわけじゃない。私の育った場所には金もなくて仕事もなかったからという、ただそれだけのことだ。

結婚した。相手は関東人間だ。友人のほとんども、関東に住んでいる。


震災の後、原発事故が起きて、毎日何もかもどんどん悪化していくばかりで、だけど私はなんせ関東に住んでいるから、仕事も家もなくならなくて、普通に生きてる。

時々、地元友達電話で話す。

「もうダメだよ、宿泊の予約は全部なくなったよ」

中学で同級生だったそいつは、ヘンに明るい声を出していた。

「今年が終わる頃には、何人か首くくるんじゃないかなー。俺もね正直、ペンション建てるのに組んだローン、どうすればいいかわかんないしね」

なんでだ、と思う。あの原発で作られた電気を、お前は使っていなかったのに。


あの原発で作られた電気を、使っていたのは私だ。

大学に行くために家を出て、それからずっと関東で過ごしていた私は、毎日毎日電気を使いながら生きていた。

無駄いし電気も、たくさんあった。その電気がどこで作られているかなんてことを、私は考えもしなかった。


子供が生まれたら、私は時々、田舎に連れ帰るつもりだった。自分遊んだ場所で、遊ばせてやりたいと思っていた、でもダメだ、もうできない。

子供のほうが放射能の影響は強く受けるんだから

私は未だに甲子園では福島学校を応援する。だけどきっと私の子供福島学校を応援することはないだろう。


私はやっと、自分が糞を人任せにする人間になっていたことに気づいた。

からたぶん、私の生活は変わらないんだ。家も仕事家族も失わずに、生きているんだ。


涙が止まらない。

喜べばいいのかもしれない、もう私は他人の糞を握りしめて生きる側の人間じゃなくなったんだから自分が他人に押し付けた糞のことなんて綺麗に忘れてしまえばいいのかもしれない。


これからどうすればいいかからない。

ただ、涙が止まらない。

  • んなこと言い出したらおめえ、 フグスマの人間は汲み取りやごみ収集を全部自分でやってんのけ? 発展途上国の財やサービスを受げたごともふんとにねえのけ? 社会の分業を都合の...

  • いやー、普通に身につまされる話だったけどなー。 似たような環境で地元を捨ててきた身としては。

  • この支配構造こそが打破すべき問題だな 人民等しく平等に負担を受けるべきだ

  • オレは近いうちに福島に観光にいくことにする

  • おじょーちゃんはなんさいかな? よのなかはね、うえのにんげんがしたのにんげんをさくしゅして こきつかうようにできてるんだよ したのにんげんはそれにきづかせてもらえないしす...

  • http://anond.hatelabo.jp/20110412222610 クソを拾うしか価値がない土地というのはある。 原発は金で人をそんなクソみたいな土地に結びつける。観光も、農業政策も、ふるさと創生(笑)も。 ...

  • よくわからないけど、カネのない地元がいやで関東に逃げ出せたんだから、結果オーライじゃないの? 逃げ出したくもなくて、カネがないのも嫌なら、カネがまわる産業を作り出せば(観...

    • そうだよな。 カネのない地元が嫌で、都会に出て行った人間がしばらくして大物になって 地元で大きな産業を興し、たくさんの人間を雇用するって可能性も、可能性としてはあったんだ...

      • 東京だって、「東京が地元の人」や、「東京に出てきた人」たちが頑張って、カネをまわして経済を作ったから「都会」になってるわけでしょ。 戦国時代で言えば武蔵野の大地に、尾張...

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  • http://anond.hatelabo.jp/20110412222610 今回の人災で郷土を失った人々は、現状の日本の制度環境を変革する内的動機を得たと思う。 子供のときに病気がちだった人が、将来お医者さんになりた...

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  • 俺は「糞を掃除する」側になった覚えが無いから特に同意する気持ちは無いけど、なんか心打たれるものが有るというか、格好良い文章だ。多分他の多くの人は批判を恐れて他人の視点...

  • お金持ちに大量に触れて気づいた8の共通点 http://anond.hatelabo.jp/20110825105018 3317users 生活・人生 2011/08/25 --------------------- 自分でWEBサービスを作りたいと思っている人へ http://anond.hatelabo.jp/201...

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