「最悪のシナリオからより軽微な被害まで、あらゆる状況が起こりうる」独ツァイト・オンライン誌3月18日付記事全訳


福島のシナリオ
最悪のシナリオからより軽微な被害まで、あらゆる状況が起こりうる

東京にまで放射性物質が影響するか、それとも限定的な事故にとどまるか?福島の状況がどのように今後展開していくのか誰にも分からない。スヴェン・シュトックラーム記者が最悪と最良の両方のシナリオを解説する。

世界中の人々が今、ある疑問について不安を覚えている。それは福島第一原発の事故がどのように収束し、そしてそれは今後どのぐらい悪化するのか?ニュースは毎日、原発の炉心を冷却するための新しい施策と放射線量について報道している。廃墟と化した原発建物の画像がニュース番組で延々と流されている。しかし、今後この状況はどう転じていくのだろうか?

それは誰にも確実に予測できない。まず原発内部の状況についての情報が足りていない。現地で作業するエンジニアでさえも原子炉内部を詳細に観察することができない。彼らでさえも格納容器の内側の炉心がどれほどの危険にさらされているのかについては計測値から判断するしかない。

弊誌ツァイト・オンラインは放射線被曝や放射線防護の専門家と物理学者の協力のもと、未来に向けた慎重な検討を行う。最悪の場合、何が起こりうるのか?そして最良のシナリオはどのようなものだろうか?

最悪のケース:東京への放射性物質の降下

第1のシナリオ: ヘリコプターや放水車両による原子炉を冷却しようとする絶望的な努力によっても連鎖反応が制御できない場合。燃料棒を覆うジルコニウム外殻が熱のために燃焼しはじめ、水と反応する。すると福島第四の残りを爆発が粉砕し、放射性の塵が空高く舞い上がる。第一、第二、第三の燃料棒が融解し、格納容器を腐食する。更なる水蒸気爆発が起こり、より多くの放射性物質が大気中にも拡散する。福島第一は放棄される以外になくなる。風向きが南西に変わり、東京に向かって放射性物質を運ぶ。

このような展開は考えられるのだろうか?「使用済み燃料棒が格納されているプールの潜在的な危険が最重要課題です」とドイツ放射線防護協会会長のロルフ・ミヒェル氏は言う。彼によれば爆発の危険は薄い。それでもここでは更なる思考実験を進めてみよう。

「チェルノブイリは例証として参照できるかも知れません。爆発の後、放射性物質は標高1,000メートルの大気圏にまで到達しました。」福島原発の放射性物質がそこまで高い高度に達するかということには疑問符が付く。今日までの計測によれば、200メートル以下の高度にしか達していない。チェルノブイリではプルトニウム、ウラニウムそしてストロンチウムの高熱の粒子が雨となって原発の30キロメートル範囲まで降り注いだ。「プルトニウムはとても遅く蒸発する物質」とミヒェル氏は言う。高度に有害な物質はほとんど蒸発せず、風によっても遠い距離までは運ばれない。ミヒェル氏は福島原発からもプルトニウムが放出されると考えているが、その場合はチェルノブイリの場合よりももっと狭い、原発近隣の範囲にとどまるという。

「福島の出火はチェルノブイリのそれとは比較できません」と物理学者のヘルヴィッヒ・パレツキ氏は言う。チェルノブイリでは減速材として黒鉛が使用されており、そのことがチェルノブイリ第4原発の凄まじい爆発を引き起こしたという。パレツキ氏は福島第一ではそれほどの爆発は起こらないだろうと考えている。ただし、ロルフ・ミヒェル氏は、燃焼するジルコニウムの煙がより高度の大気圏層に達し、放射性の雲として西の方向に運ばれる可能性はあると指摘する。

これらに加えて、東京と日本の本州は放射性セシウムの対処に備えなければならない。パレツキ氏によれば、ヨウ素同位体は恒久的に存在しないので危険性を薄いという。「福島第四原発は昨年の11月から稼働を停止しているので、かなりの放射性物質がすでに崩壊しているでしょう。」このヨウ素同位体は8日経つと半減する。しかしヨウ素同位体の(大規模な)放出は無視できるものではない。この場合、影響を受ける住民に安定ヨウ素剤を配り、放射性ヨウ素の人体内の定着を防がなくてはならない。特に子供や未成年がヨウ素137を人体内に取り込んだ場合、より高い発ガンのリスクが生じる。

放射性物質がどうなるのかということは基本的に風と気候、そしてそれらの物質がどこまで高い高度まで放出されるかということに依存している。「風がそうした物質を海洋に運んでくれる限り、私たちは比較的安心して眠れるでしょう。」とミヒェル会長は言う。放射性物質が東京に向かう場合、「問題は雨が降るかどうかにかかっています」。雨が降らなければ、セシウムの地上への降下は減少する。しかし雨や雪が降る場合、30年もの半減期を持つ大量の放射性物質が地面に流れ落ちる。

その場合でも東京都民は汚染された雨に対して比較的安全に対応できるだろう。まず、自宅に留まることが挙げられる。「窓やドアは閉めたままにするべきで、外出した場合は服を着替え、選択をし、シャワーを浴びるべきです」とミュンヘンのヘルムホルツ・センター(放射線防護研究所)のクリストフ・ホーシェン氏は言う。「次のステップとして、飲料水と水道水は検査されるべきです。」 地層の質によって結果は異なる が、基本的にセシウムは深い地層までは達さないので、地下水の汚染は回避される公算が高い。一定の時間が経過した後、たとえば数日後には、塵が広範囲の地表面を移動するにつれてセシウムの危険性は減少し、建物を洗浄することができるようになる。

「住民は恐らく農業食品を食べることを控えるように指示されるでしょう」と放射線防護の専門家のミヒェル氏は言う。現在は東京では農作物は少数であり、そしてまだ気候が寒い。牛乳は特に汚染の影響を受けやすいと言われている。しかし、放射性物質はまだ日本中に拡散してはいない。ただし、「セシウムが農業地に降下するとすれば、深刻な栄養不足の危機が生まれる可能性があります」とミヒェル氏は言う。そしてセシウムが体内に取り込まれると(例えば放射性汚染を受けた食物を摂取することにより)、長期的な発病のリスクが生じる。

ドイツのシュレスヴィッヒ・ホルスタイン州と同じ規模の東京首都圏全域の退避は実際には実行不可能と見られている。その場合、約3500万人が避難先を必要とすることになる。仮に一般道や高速道路が無傷で、その他の公共交通機関が機能しているとしても、これは実現不可能だろう。アメリカでハリケーン「カタリーナ」が発生した際、ニューオリーンズの極一部しか早期に避難できなかったが、その時でさえも対象の人数は120万人だけだった。

日本住民が被る長期的な健康被害については様々な議論があり、結論は出ていない。過去20年間において、人体被曝の専門家であるクリストフ・レイネルス教授はチェルノブイリ事故の結果について緻密な研究を行ってきた。彼はまた1945年の広島と長崎でのアメリカ軍による原爆投下の放射汚染の結果について日本の科学者と密接に連携して研究を行ってきた。

レイネルス教授は国連機関UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)の報告書から、チェルノブイリ事故による死者と長期的健康被害の数字を引用する。複数の国際的研究に基づいているチェルノブイリ事故の報告によれば、6万人強の「清算人」(事故現場で協力作業を行った人々)が高いレベルの放射線を被曝したという。ただし、この人々たちの間での白血病の発症との高い相関は示されていない。

「唯一確定的と考えられる長期的な健康被害の恐れは、放射性ヨウ素の被曝による幼児や未成年者における甲状腺ガンのリスクが高まることです」と医学者であるレイネルス氏は言う。恐れられていた白血病は認められなかった。「チェルノブイリの真の悲劇は汚染された食品や牛乳が流通に乗ってしまったことなのです。」それに加えて住民には安定ヨウ素剤を配られなかった。つまり人々は放射性ヨウ素に対して自らを防護する術を与えられなかった。この過失によっておよそ6千人の人々が甲状腺ガンを発症したといわれる。

「この疫病はまだ終っていません。」とレイネルス教授は言う。過去において強い放射線を被曝した人は、30から40年後でさえも甲状腺ガンを発症する可能性がある。現在の推計では、想定可能な最悪のシナリオとしてチェルノブイリ事故を見れば、甲状腺ガンの被害者はおよそ2万人であるとしている。しかしながらこうした患者の大半は甲状腺ガンによって死亡していない。甲状腺ガンは医療処置が十分可能であると見られている。「甲状腺ガンと診断されてから20年後の生存率は全年齢層において約90%です。」チェルノブイリ事故に直接起因する死者の数は最大で4千人だといわれる。

このデータは意外なほど少ない数を示しており、そのためによく批判されている。「しかし私自身現場で作業をし、現地で被曝しドイツに移された250人の子供達の治療に成功しています」とレイネルスは言う。UNSCEAR報告書で使われているデータは国際的な科学者のグループやベラルーシやウクライナのように被曝した地域の専門家たちによって集められている。もちろん、このデータは完璧ではないが、現時点で参照できる最良のものでもある。そしてこうしたデータが常々政治的な議論を呼び起こすことは、被曝した地域住民の健康状態が事故後に著しく悪化したこととも無関係ではない。レイネルス氏は言う。「被曝地域で認められる心臓病や糖尿病の増加は放射線によるものではありませんが、チェルノブイリの悲劇に間接的に起因する社会経済的な問題として理解されるべきなのです。」

最良のシナリオ:冷却が成功し、最悪の自体が回避される

第2のシナリオ格納容器が部分的に融解した燃料棒を防ぎきる場合。復旧された電源によって冷却システムが再起動される。使用済み燃料プールが素早く水で満たされ、危険的な温度の状態を脱する。原子炉は少なくとも数ヶ月に渡って冷却される必要があるが、放射線量は減少する。福島第一近辺の放射線量は数十年に渡って高いままとなるが、国民への事故の影響は拡大しない。

このシナリオがどれほどの確率で起こるかについては誰にも予測できないだろう。「原子炉の状態がスリーマイル島の時と同じ状況にとどまれば良い兆しです」ドイツ放射線防護協会会長のロルフ・ミヒェル氏は言う。1979年のハリスバーグ(訳者注:スリーマイル島近辺のペンシルバニア州州都)での原子炉危機の際には部分的なメルトダウンが生じた。しかし格納容器から高濃度の放射性物質の放出は起きなかった。原子炉の冷却に成功すれば「有意な放射線量の上昇は半径20から30キロメートル以内に抑えられるでしょう」とミヒェル氏は言う。「その状態であれば管理は可能だといえます。」

現在の状況を一見すると原発事故の影響下にある住民はこの問題を切り抜ける可能性があるように思える。「現在のところ、日本国民は危機的な放射線被曝を受けていません」と放射線科学者のクリストフ・ホーシェンは言う。東京に設置された計測機器は通常の10倍の放射線量を記録したが、それ自体は問題ではない。「仮にこのような状況が一日中続いたとしても(そしてそれは実際には起こりませんでしたが)それは世界の他の場所で観測される自然放射量を超えることはありません」

最大でも、原発の敷地内にいた人間だけが7日分の放射線量にあたる10ミリシーベルトを被曝したことになる。現在も複数の科学者たちが入手可能なデータを用いて、7日経過した後に計測される放射線量を計算している。

「10ミリシーベルトは一回のCTスキャンで被曝する量と同等です」とホーシェンは言う。このレベルでは健康に被害は及ばないことが知られている。極少数の人々が最大で100ミリシーベルトの放射線を被曝した可能性があるが、これは屋外の場合であり、屋内に留まった人々はより低い量の放射線しか被曝していない。

WHO(世界保健機関)のデータによれば、福島第一近辺で放射線被曝をしたと登録された人数は120人である。「テレビの映像を見ていると、まるで何千人もの人が大量被曝したと思ってしまいます」とレイネルスは言う。しかしそれは現実には起こっていない。「被曝登録された人々についても、実際には健康を害するレベルまでは被曝していません」120人の内のほとんどの人が軽微な被曝で済んでおり、22人のみが汚染除去を受けている。

多くの場合、衣服を着替え、シャワーを浴びる事で処置は完了している。現在までに近隣住民のあいだで緊急的な放射線被曝を示す情報は出ていない。しかしながら現在も原発の近辺で作業する約50人の人々については多大なリスクが存在していると言わざるを得ない。

原発近辺の地域には現在多くの住民は残っていない。30キロメートル範囲からの避難は潤滑に行われた。「しかも地震や津波といった原発に隣接する最悪の状況の中で」、とレイネルスは強調する。しかし、この地域を巡る長期的な見通しはどうなのだろうか?「原発の20キロメートル範囲までの住民は元の生活に戻れることは間違いないでしょう」と 科学者のヘルヴィッヒ・パレツキ氏は言う。福島第一原発の半径数キロメートル以内の地域は恒久的に閉鎖される可能性はある。損傷した原子炉は安全のための建築物で覆われなければならなくなるかも知れない。

いまのところ、これら東日本沿岸の原子炉の未来は不確定的である。ロルフ・ミヒェルは「福島の状況は後数週間に渡って危機的でありつづける」と言う。「私たちは気候、そして技術的な進展に完全に依存しているのです。」現在残されている唯一の可能性は冷却システムの電源を復旧し、再稼働させることである。「このまま冷却システムが稼働しない状態が続けば事態の悪化を避ける事は難しくなるでしょう」と科学者のホーシェンはいう。

この事故によってドイツやヨーロッパに危険が及ぶことはないと見られている。「何が起こったとしても私たちドイツ人が有意な放射線を被曝することはないえしょう」と医学科学者のレイネルスは言う。放射性の同位体が大気中で1万キロメートルの距離を移動した場合、そのほとんどが減衰するからだ。高感度のセンサーを使ったとしても危険なレベルより遥かに低い微量しか検出されないだろう。

出典記事:http://www.zeit.de/wissen/umwelt/2011-03/fukushima-szenarien-japan


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