ほぼ日 |
今回の「ほぼ日のクロスステッチ」は
ラカムさんの「ムカラ刺しゅう」という
特殊な方式で作られているそうですが、
そもそもこのムカラ刺しゅうというのは
どういうものなのですか? |
ラカム
酒井
(以下酒井) |
カンタンに言ってしまえば、
アイロンプリントで
貼りつけることができる刺しゅうですね。
「ほぼ日のクロスステッチ」の場合は、
アイロンプリントではなく、シールになってますが、
根本的な部分は変わりません。
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ほぼ日 |
これはラカムさんが開発したものなんですか? |
酒井 |
そうです。
15年くらい前に開発が始まって、
5年くらいで運用開始となりました。
もともとラカムは、アパレルブランドの
刺しゅうをたくさん手がけてきたんです。 |
ほぼ日 |
はい。 |
酒井 |
ムカラ刺しゅうができる前の仕事は、
各ブランドから生地が納品されないと
刺しゅうが施せないのですが、
各ブランドとも生産の時期が同じなので
生地の納品のタイミングが重なってしまうのです。 |
ほぼ日 |
ファッション業界は、
春夏、秋冬コレクションみたいに
時期の足並みが揃ってますもんね。 |
酒井 |
で、一斉にオファーが来るものだから、
どうしてもその時期はオーバーフロウになり、
納期でご迷惑をおかけしていました。
また、逆に、そういう時期が過ぎれば
工場のラインは止まってしまうわけです。
つまり、年2回の大忙しの時期以外は
さほど忙しくなかったんですよ。 |
ほぼ日 |
うんうん。 |
酒井 |
悲しいかな、刺しゅう屋というのは
お客様から生地が納品されないと
何にもできないんです。
だから「前もって刺しゅうが用意できたら最高だね」
ということをずっと思ってましたね。
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ほぼ日 |
それで生み出されたのが、
このアイロンプリントを使ったムカラ刺しゅうだと。 |
酒井 |
そうです。
生地も何もないところから刺しゅうを作る。
だから「無から」刺しゅうなんです。 |
ほぼ日 |
あ、そういう意味だったのか! |
酒井 |
このおかげで、生地の納品を待っている間に、
前もって刺しゅうパーツを作っておき、
生地が納品されたらすぐに貼り付ける。
もしくは、縫製工場にパーツを送って
先方で貼ってもらうという流れで
作業ができるようになり、
納期も短縮できる様になりました。
ほかにも、ムカラ刺しゅうには、
刺しゅうの裏が肌に当たらないとか、
生地にシワが寄らないとか、
すでに縫い付けられているポケットの上に
刺しゅうができるなど、さまざまな利点もあります。 |
ほぼ日 |
いいことずくめですね。 |
酒井 |
でも、大図さんとお会いして、
ムカラ刺しゅうで商品を作る、
ということになったときに
なかなか大図さんの希望に応えられるような
試作品が作れなかったんですよ。 |
大図 |
はい、その試作品を見て正直に言いました。
「このクオリティでは厳しい」と。
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ほぼ日 |
お、ここでやっと大図さんの登場ですね。 |
酒井 |
機械でクロスステッチを作る場合、
当時の作りかたでは、彼のその厳しい要求を
満たすことができなかったんです。 |
ほぼ日 |
それはどういう要求だったんですか? |
酒井 |
「もっときれいに」です。
「汚い」と言われてしまって。 |
ほぼ日 |
汚い? |
酒井 |
えぇ。
その試作品は
クロスステッチのバッテンの目(重なり)が
揃ってなかったんですね。
つまり、こういうことです。
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ほぼ日 |
ははぁ、なるほど。
上下の糸が揃ってないんですね。 |
大図 |
手で刺すクロスステッチの場合、
すべてのバッテンの重なりを
キチンと揃えるのが基本なんです。
だから揃ってないのは「汚い」と。 |
酒井 |
機械刺しゅうは手刺しゅうと違い、
上糸・下糸があるため重なりを揃えるのは
簡単ではないというより、
揃うはずないという認識でした。
これまで重なりの上下のことなんて、
まったく意識してなかったんです。 |
ほぼ日 |
まったくですか。 |
酒井 |
えぇ、まったくです。
ただ、こっちとしても
言われっ放しなわけにいきませんからね。
なんとかしてこの難題をクリアーしようと
躍起になりました。 |
ほぼ日 |
燃えてきた、と。
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酒井 |
機械で刺しゅうを作る場合、
糸を刺すルートを解析した設計図のようなものを
専用コンピュータに入力してつくるのですが、
ちょっと長い説明になってしまうので、端的に言うと、
膨大な時間と労力をかけて試作を繰り返し、
その設計図を完成させた事によって、
大図さんからご指摘を受けた部分は
修正できるようになったのです。 |
ほぼ日 |
もうなんか
意地みたいなものを感じますね。 |
酒井 |
いや、本当にそうです。
これは機械刺しゅう屋の意地でした。
そうやって何度かの試行錯誤を重ねて
ようやく大図さんのOKを
いただいた、というわけなんです。
ちなみに、そのコンピューターに入力する
設計図のようなデータを完成させたのは
昔、某クルマメーカーで設計をやっていた人間です。 |
ほぼ日 |
へぇー、おもしろい!
データ作りというのは
そういうレベルの話なんですね。 |
酒井 |
えぇ。ただ、もし仮に、
この刺しゅうの方法を
同業他社が解析して知ったとしましょう。 |
ほぼ日 |
はい。 |
酒井 |
多分、呆れます。
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ほぼ日 |
ふはははは。 |
酒井 |
面倒臭すぎて
マネしようなんて、絶対に思わないはずです。 |
ほぼ日 |
なんだこの工程と手間とそのコストは? と。 |
酒井 |
こんな面倒臭いことやってられない。
そう言うと思います。 |
大図 |
ということは、
僕の作品を機械で作るのは
効率が悪いってことですか? |
酒井 |
はっきり言えば、そうです(キッパリ)。
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ほぼ日 |
わはははは。 |
大図 |
(絶句) |
ほぼ日 |
そんな効率の悪い商品開発をする。
ラカムさんをそこまで動かしたものって
なんだったんですか? |
酒井 |
かっこいいこと言っちゃいますけど
物作りへの愛と探求心。
それ以外の何物でもないですね。 |
ほぼ日 |
うんうん。 |
酒井 |
あとは大図さんというアーティストは
クロスステッチ(刺しゅう)デザイナーですから、
その方のクロスステッチ作品が、
あまりいい出来映えじゃないのは
あり得ないという思いですね。 |
ほぼ日 |
なるほど。
ラカムさんの大図さんへの想い
みたいなものも感じられますね。
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酒井 |
あんまり褒めるのもどうかと思うんですが、
やっぱり大図さんの作品って
いろんな人を惹きつける
すばらしいものだと思うんですよ。 |
ほぼ日 |
僕らもそうだと思います。 |
酒井 |
根本的なところをお話すると、
うちが出している大図さんのクロスステッチは
アイロンで貼るタイプなんですね。
対して、今回のほぼ日さんのは
シールタイプになっているわけです。 |
ほぼ日 |
はい。 |
酒井 |
私たちの実感として、
いま、アイロンで貼るお客さんって
どんどん少なくなってきています。
さらに、これはビジネス面の話なんですが、
アイロンで貼るもの、という商品だと
どうしても販路が手芸店になってしまいます。 |
ほぼ日 |
たしかに。 |
酒井 |
それがシールタイプになれば
文具店、雑貨店と一気に販路が増えるわけです。
大図さんのクロスステッチは
そういうお店に来るお客さんに
絶対楽しんでもらえると思うんですよね。 |
ほぼ日 |
本当にそうだと思います。 |
酒井 |
あ、しまった、ちょっと褒めすぎちゃったかな? |
大図 |
いや、ちょうどいいくらいだと思いますよ。
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