機械による刺しゅうは汚い?!
「ほぼ日のクロスステッチ」の
製作舞台裏対談。
2011.04.08
ほぼにちわ、です。

本日は、クロスステッチデザイナー大図まことさんによる
「ほぼ日のクロスステッチ」を生産してくださった
刺しゅう会社、株式会社ラカムのデザイナー、
酒井芳則さんにお話をお伺いいたしました。
もちろん大図さんもいっしょです。

クロスステッチにかわいらしくデフォルメされた
ミッキーとミニー。
でも、その製作の裏側には
かわいらしさとは裏腹な涙と苦労が詰まっていました‥‥。

それでは、大図さん、酒井さんよろしくお願いいたします!

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ほぼ日 今回の「ほぼ日のクロスステッチ」は
ラカムさんの「ムカラ刺しゅう」という
特殊な方式で作られているそうですが、
そもそもこのムカラ刺しゅうというのは
どういうものなのですか?
ラカム
酒井
(以下酒井)
カンタンに言ってしまえば、
アイロンプリントで
貼りつけることができる刺しゅうですね。
「ほぼ日のクロスステッチ」の場合は、
アイロンプリントではなく、シールになってますが、
根本的な部分は変わりません。



ほぼ日 これはラカムさんが開発したものなんですか?
酒井 そうです。
15年くらい前に開発が始まって、
5年くらいで運用開始となりました。
もともとラカムは、アパレルブランドの
刺しゅうをたくさん手がけてきたんです。
ほぼ日 はい。
酒井 ムカラ刺しゅうができる前の仕事は、
各ブランドから生地が納品されないと
刺しゅうが施せないのですが、
各ブランドとも生産の時期が同じなので
生地の納品のタイミングが重なってしまうのです。
ほぼ日 ファッション業界は、
春夏、秋冬コレクションみたいに
時期の足並みが揃ってますもんね。
酒井 で、一斉にオファーが来るものだから、
どうしてもその時期はオーバーフロウになり、
納期でご迷惑をおかけしていました。
また、逆に、そういう時期が過ぎれば
工場のラインは止まってしまうわけです。
つまり、年2回の大忙しの時期以外は
さほど忙しくなかったんですよ。
ほぼ日 うんうん。
酒井 悲しいかな、刺しゅう屋というのは
お客様から生地が納品されないと
何にもできないんです。
だから「前もって刺しゅうが用意できたら最高だね」
ということをずっと思ってましたね。



ほぼ日 それで生み出されたのが、
このアイロンプリントを使ったムカラ刺しゅうだと。
酒井 そうです。
生地も何もないところから刺しゅうを作る。
だから「無から」刺しゅうなんです。
ほぼ日 あ、そういう意味だったのか!
酒井 このおかげで、生地の納品を待っている間に、
前もって刺しゅうパーツを作っておき、
生地が納品されたらすぐに貼り付ける。
もしくは、縫製工場にパーツを送って
先方で貼ってもらうという流れで
作業ができるようになり、
納期も短縮できる様になりました。
ほかにも、ムカラ刺しゅうには、
刺しゅうの裏が肌に当たらないとか、
生地にシワが寄らないとか、
すでに縫い付けられているポケットの上に
刺しゅうができるなど、さまざまな利点もあります。
ほぼ日 いいことずくめですね。
酒井 でも、大図さんとお会いして、
ムカラ刺しゅうで商品を作る、
ということになったときに
なかなか大図さんの希望に応えられるような
試作品が作れなかったんですよ。
大図 はい、その試作品を見て正直に言いました。
「このクオリティでは厳しい」と。



ほぼ日 お、ここでやっと大図さんの登場ですね。
酒井 機械でクロスステッチを作る場合、
当時の作りかたでは、彼のその厳しい要求を
満たすことができなかったんです。
ほぼ日 それはどういう要求だったんですか?
酒井 「もっときれいに」です。
「汚い」と言われてしまって。
ほぼ日 汚い?
酒井 えぇ。
その試作品は
クロスステッチのバッテンの目(重なり)が
揃ってなかったんですね。
つまり、こういうことです。



ほぼ日 ははぁ、なるほど。
上下の糸が揃ってないんですね。
大図 手で刺すクロスステッチの場合、
すべてのバッテンの重なりを
キチンと揃えるのが基本なんです。
だから揃ってないのは「汚い」と。
酒井 機械刺しゅうは手刺しゅうと違い、
上糸・下糸があるため重なりを揃えるのは
簡単ではないというより、
揃うはずないという認識でした。
これまで重なりの上下のことなんて、
まったく意識してなかったんです。
ほぼ日 まったくですか。
酒井 えぇ、まったくです。
ただ、こっちとしても
言われっ放しなわけにいきませんからね。
なんとかしてこの難題をクリアーしようと
躍起になりました。
ほぼ日 燃えてきた、と。



酒井 機械で刺しゅうを作る場合、
糸を刺すルートを解析した設計図のようなものを
専用コンピュータに入力してつくるのですが、
ちょっと長い説明になってしまうので、端的に言うと、
膨大な時間と労力をかけて試作を繰り返し、
その設計図を完成させた事によって、
大図さんからご指摘を受けた部分は
修正できるようになったのです。
ほぼ日 もうなんか
意地みたいなものを感じますね。
酒井 いや、本当にそうです。
これは機械刺しゅう屋の意地でした。
そうやって何度かの試行錯誤を重ねて
ようやく大図さんのOKを
いただいた、というわけなんです。

ちなみに、そのコンピューターに入力する
設計図のようなデータを完成させたのは
昔、某クルマメーカーで設計をやっていた人間です。
ほぼ日 へぇー、おもしろい!
データ作りというのは
そういうレベルの話なんですね。
酒井 えぇ。ただ、もし仮に、
この刺しゅうの方法を
同業他社が解析して知ったとしましょう。
ほぼ日 はい。
酒井 多分、呆れます。



ほぼ日 ふはははは。
酒井 面倒臭すぎて
マネしようなんて、絶対に思わないはずです。
ほぼ日 なんだこの工程と手間とそのコストは? と。
酒井 こんな面倒臭いことやってられない。
そう言うと思います。
大図 ということは、
僕の作品を機械で作るのは
効率が悪いってことですか?
酒井 はっきり言えば、そうです(キッパリ)。



ほぼ日 わはははは。
大図 (絶句)
ほぼ日 そんな効率の悪い商品開発をする。
ラカムさんをそこまで動かしたものって
なんだったんですか?
酒井 かっこいいこと言っちゃいますけど
物作りへの愛と探求心。
それ以外の何物でもないですね。
ほぼ日 うんうん。
酒井 あとは大図さんというアーティストは
クロスステッチ(刺しゅう)デザイナーですから、
その方のクロスステッチ作品が、
あまりいい出来映えじゃないのは
あり得ないという思いですね。
ほぼ日 なるほど。
ラカムさんの大図さんへの想い
みたいなものも感じられますね。



酒井 あんまり褒めるのもどうかと思うんですが、
やっぱり大図さんの作品って
いろんな人を惹きつける
すばらしいものだと思うんですよ。
ほぼ日 僕らもそうだと思います。
酒井 根本的なところをお話すると、
うちが出している大図さんのクロスステッチは
アイロンで貼るタイプなんですね。
対して、今回のほぼ日さんのは
シールタイプになっているわけです。
ほぼ日 はい。
酒井 私たちの実感として、
いま、アイロンで貼るお客さんって
どんどん少なくなってきています。
さらに、これはビジネス面の話なんですが、
アイロンで貼るもの、という商品だと
どうしても販路が手芸店になってしまいます。
ほぼ日 たしかに。
酒井 それがシールタイプになれば
文具店、雑貨店と一気に販路が増えるわけです。
大図さんのクロスステッチは
そういうお店に来るお客さんに
絶対楽しんでもらえると思うんですよね。
ほぼ日 本当にそうだと思います。
酒井 あ、しまった、ちょっと褒めすぎちゃったかな?
大図 いや、ちょうどいいくらいだと思いますよ。




【ボーナストラック】
「ほぼ日のクロスステッチ」製作現場レポート。


今回、ラカムさんのご厚意により
「ほぼ日のクロスステッチ」の製作現場を
見せていただけることになりました!
大図さんによるデフォルメの魔法をかけられた
ミッキーとミニーはこんなふうに作られていました。


▲これが愛知県にあるラカムさんの本社。
 大図さん曰く「すごくオシャレなところなんですよ」。



▲パソコンを使ったデータ作り。
 どこをどういうふうに糸を通すかを決めていきます。



▲実際に糸を通したときのシミュレーションです。
 色ごとに糸をうまく外へ逃がしているのがおわかりいただけますでしょうか。



▲ズラッと並んだいかにもな機械たち。
 これがミッキー&ミニーたちに糸で命の息吹を送り込むミシンです。



▲この特殊なシートに刺しゅうしたあと、ひとつひとつ人の手で
 カットされるそうです。酒井さん曰く「人の手に勝るものはない」。


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大図さん、ラカム酒井さん、
楽しいお話、そして企業秘密とも言える
かなり貴重な写真を提供していただき、
本当にありがとうございました!

大図さんの手によって
クロスステッチとなったミッキーとミニー。
こんなふうにいろいろな試行錯誤を重ねて
作られていたんですね。
そんな知恵と熱意がこもったものなんだ、と思うと
これまで以上に彼らに愛着が湧いてきますし、
大事にしようという気持ちになってきます。

ちょっと興味でてきた、という方は
ぜひ、「ほぼ日のクロスステッチ」のページへどうぞ。

さて、最後に大図さんからのお知らせです。

ただいま新宿伊勢丹本店6階趣味雑貨売場に
大図さんの作品が展示されております。
期間は4月19日(火)まで。

額入りの作品展示はもちろん、
おなじみのKnit-shock!!やOLEX!!の販売もおこなわれます。



また、「ほぼ日のクロスステッチ」も置かせていただいております。
こちらのほうもぜひ!



それでは。

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