福島第一原発の2号機で格納容器が破損したもようだ。作業員が退避したというから、サイト内で放射能汚染が始まったものと思われる。圧力容器の冷却水も失われたので、空だきになって炉心溶融が起こったことは確実だ。問題は、原子炉が破壊されて大量の放射性物質が大気中に放出されるチェルノブイリ型の事故が起こるかどうかである。

MITの研究者Josef Oehmenは楽観的な結論を出している。
重要なのは核燃料がクールダウンしたことです。連鎖反応がかなり前に止まったので、今はただほんの僅かな余熱が作られているだけです。大量の冷却水はその熱を取り除くのに十分です。大量の水があるので、コアは深刻な圧力上昇を引き起こすだけの十分な熱をもはや生み出すことは出来ません。また、ホウ酸が海水に加えられました。ホウ酸は「液体制御棒」です。どんな崩壊がいまだに進んでいても、ホウ素は中性子を捕まえ、コアの冷却を加速します。
これは一昨日の情報にもとづいており、連鎖反応がふたたび始まる再臨界が起こらないと仮定している。しかしこのまま炉心溶融が進行すると、再臨界が起こって圧力容器が破壊される確率はゼロではない。この点は大前研一氏(元原子力技術者)も認めており、むじろ問題はそのとき格納容器が破壊されるかどうかである。

炉内の温度や核燃料の状態についてのデータがほとんどないので断定はできないが、大前氏は格納容器が海水で満たされたので、万が一圧力容器が破壊されても格納容器は守られ、チェルノブイリ型の事故は起こらないだろうとみている。そういう事故が想定されるのは、炉心が非常に高い温度で原子炉を破壊し、地中に潜って地下水と反応して爆発するような場合だが、もう100時間近くたって「クールダウン」しているとすれば、そこまでのエネルギーはないだろう、と彼は考えている。

しかし格納容器が破損したことは重大で、周囲にかなり大量の放射性物質が放出されることは避けられない。しばらく発電所の周囲に人は住めなくなり、周辺の農産物も売れなくなるだろう。東電の損害は、大前氏もいうように私企業として負担できる限界を超える可能性がある。原発事故は損害保険の対象にならないので、被災者も東電も大きな打撃を受ける。

結果論だが、今回の事故の最大の原因は耐震設計よりも津波の想定である。福島第一の周囲には高さ7mの防波堤が建設されているが、今回の津波は14mだった。これは1000年に1度ぐらいの「ブラック・スワン」で、想定しろというのが酷だろう。

原発事故の確率についてよく「隕石に当たって死ぬ」ぐらいの確率だといわれるが、今回のような巨大地震が原発から至近距離で起こったのは隕石ぐらいの確率だろう。いいかえれば原発事故は計算可能なリスクではなく、ナイトの意味での不確実性であり、それを織り込んだ設計はできないということだ。

このような設計の想定を超えた大災害でも最悪の事故に至っていないことはいいニュースだが、原発の信頼性は大きく傷ついた。スリーマイル事故でも、実際にはほとんど放射性物質はサイト外に出なかったのに、その後アメリカで原発の建設は不可能になった。今回の事故はスリーマイルを上回る史上2番目に悪い事故であり、日本で原発を建設することはほぼ不可能になった。

これは日本のみならず、世界の原子力産業にとっても世界経済にとっても大きな打撃である。環境問題や資源問題を考えると原子力は有望なエネルギーだが、建設に周辺住民の合意を得ることは非常に困難になろう。今回の事故の結果はまだわからないが、これだけははっきりしている。

追記:首都圏の人から問い合わせが多いので補足すると、万が一原子炉が崩壊しても、高温の核物質が成層圏に達して東京まで飛んでくることは考えにくい。チェルノブイリの場合は核燃料が暴走したまま原子炉が崩壊したので、放射性物質が最大1000km以上に達したが、今回は連鎖反応が止まっており、炉心がかなり冷却されていると考えられるからだ。ただ格納容器が破損したので、周辺が放射能で汚染されることは考えられる。

追記2:同じ質問が繰り返し来るので、Togetterにまとめた。特に多いのは「原発のまわりに住めなくなるというなら、広島や長崎はどうなのか」という質問だが、原爆は核物質が「完全燃焼」するので「燃えかす」がほとんど残らない。原発は大量の核廃棄物が残るので、長期的な影響は原発のほうが大きい。