佐藤雅彦氏の“これも自分と認めざるをえない”展、鈴木健氏の分人民主主義、平野啓一郎氏の小説ドーンなどによって、私たち人間の精神を分割できない「個人(individual)」とするのではなく、さまざまな側面を持っていて相手によって柔軟にキャラを使いわけられる「分人(dividual)」と捕える見方や、そういった心の中にある多様な「属性・ディブ」について考える機会が増えている。

そんな新しい時代がやってきたと思っていたところ、インターネットでは真逆を行くような、でもどこか似ているような、謎のムーブメントが発生していた。それは、たくさんの人が集まって一つの巨大な人格を作りだす「情報統合思念体 荒川智則」というものだ。今回はこの分人主義時代にネット上で発生した謎で新しすぎる概念「荒川智則」をテーマにしたい。

荒川智則さんとの出会い

「荒川智則さん」という人の名前を目にするようになったのは、今年(2010年)の春ころであったと思う。そう考えると実に荒川智則関連の出来事の展開は早い。初めはどこかの作家かアルファブロガーだと思っていた。なんとなく気になり検索すると、ヒットしたはてなキーワードのページにも以下のようにあった。

“ソフトウエア開発、ライター、デザイナー、ミュージシャン、作詞、DJ、VJなどとしてマルチに活躍中の新進アーティスト。”

とある。どうやら荒川智則さんは初音ミクのミュージックビデオやフィッシュマンズの本などに関わっているらしく、きっと音楽に精通したマルチな作家なのだろうと理解し、その時は納得した。


※ クレジット覧に「動画:荒川智則(@sskhybrid)」とある

検索不可能なメタ人格 荒川智則

しかし、それからしばらくたった夏頃から、twitterや、はてな、ネット音楽レーベルのMaltine Recordsなど、インターネット上のあちこちで荒川智則さんという人の名前がやたらに目に付くようになり、その回数も日に日に増えていった。プログラミング、執筆、音楽制作、デザイン、映像と、そのあまりのマルチぶりに違和感を感じはじめ、再び検索してみるがどうも有力な情報をもったサイトに辿りつくことができない。twitterの友人検索をしてみても、荒川智則を名乗るユーザが20人近くヒットしてしまい、こちらも特定できない。しかし、アイコンやユーザIDから推測すると、どうも偽名で荒川智則を名乗っているユーザも少なくなさそうだ。やがて荒川智則さんという一人の多彩な人間がいるのではなく、実際に名乗る人の数が増えているのではないか…、という疑問が浮びはじめた。

※ twitterの友人検索で「荒川智則」と検索した結果(2010年11月)

結論からいえば、荒川智則さんは実際に増殖していた。ややこしいことに、荒川智則は個人名ではなくてユニット名だったのだ。「クリエイティブユニット 荒川智則」のメンバーたちはMaltine Recordsのジャケットデザインや前述のような作品制作をすべて荒川智則という名義でおこなっていた。


※ IPアドレスから自動生成されたジャケット画像

Maltineから発表された、みみみ氏の「みんなのうたりん」のジャケットは、サイトにアクセスしたユーザのIPアドレスを元に、co-baのアルゴリズムにより、グラフィックを自動生成する手法で制作されている。ユーザ毎に異なるグラフィックのジャケットが生成される仕組みだ。この作品のクレジットにもプログラムに荒川智則、アートディレクションにも荒川智則とある。


情報統合思念体

荒川智則を名乗るメンバーらは、自身を「クリエイティブユニット」ではなく「情報統合思念体」と言う名称で呼んでいる。これは「涼宮ハルヒシリーズ」からの引用だろう。「情報統合思念体」とは涼宮ハルヒの小説内では、宇宙の彼方から、地球にいる長門有希という少女型アンドロイドに指令を送る非常に高度な知性を持つ情報生命体という、やや神様的な設定で描かれている。荒川智則も個人の人知を超えたメタ人格という設定なのかもしれない。


wikipediaとの類似点

この情報統合思念体という考え方は、wiki型のウェブツールの構造と似ているところがある。wikiは能動的なユーザであれば、ページの加筆・修正、追加・削除が簡単にできるコラボレーションシステムだ。たくさんのユーザがそれぞれ得意なジャンルの情報を追加し、それらを統合することによって巨大な百科辞典へと成長したwikipediaは、誰でも一度は利用したことがある情報統合体といえるだろう。荒川智則もユーザ(?)が勝手に名乗ればその瞬間から、荒川智則になれてその概念を集合知として勝手に作りあげていいという暗黙のルールがあるようだ。


※ 江渡浩一郎氏による“集合知によるサービスの創成”のスライド

その手軽さからか、荒川智則の数は増えつづけ、とうとうDJ・VJ・主催者・お客さんにも荒川智則がいるような、500人規模のクラブイベントを開催するまでに成長してしまった。

伝説の一夜(?) THE☆荒川智則


2010年11月12日、THE☆荒川智則というクラブイベントが代官山UNITで開催された ( UNITという会場の名前もつっこみどころなのかは不明w ) 。主催したのはMaltine Records代表の荒川智則ことtomad氏である。イベントにあわせて、ネタ的にtwitterのプロフィール名を“荒川智則”に変更してしまう荒川智則化装置というウェブアプリが発表さたり、当日はイベントTシャツも作られていたらしく、“荒川智則”と書かれたシャツを着ている人のいるフロアからは妙な一体感を感じた。

このイベントには、VJ・DJ・お客さんまで、数多くの荒川智則たちが参加した。今年の春頃からちらほらと見掛けるようになった荒川智則たちは、同年11月の時点で500人以上が入れる大型スペースを借りられるほどに浸透していた。実際に会場は大盛況で、その拡散のスピードからはTwitter以降のインターネットらしさを感じた。なかでも地下のフロアの端でノートパソコンを開いて熱心にネットをしている荒川智則たちがいたのも象徴的な光景だった。やまある氏のFlickrからも当日の雰囲気が感じられる。

※ 尚、同イベントで“PET SOUNDS feat.DJ少年院(荒川智則)”として参加されていた id:loco2kit (露骨キット)氏の「荒川智則の真実」という記事でも、イベントまでの流れがあるので興味がある方はどうぞ

多様な荒川智則たち

※ 一人ずつ、個性的な荒川智則を取り上げたいですが、長くなってしまいますのでまたの機会にします。

荒川智則.jp は、包括的に荒川智則関連の情報を扱うポータルサイトのようなものだ。前述のミュージックビデオを制作した荒川智則ことスケブリ(sskhybrid)氏のインタビュー情報やイベント告知などから、かなり真偽の怪しいエントリーも数多く掲載されてある。。もし興味がある方はチェックしてみるとよいだろう。

“googleで検索して出てくる荒川智則やUNITでのイベントのハッシュタグ”#arakawa12″を追う事で出会える荒川智則が真実の荒川智則だった。真実は常に刷新される。”

※ ティーとハーブと音楽と「荒川智則の真実」より引用

id:loco2kit氏の記事にも上記のようにあるが、このクラウド化する荒川智則という情報統合思念体は、インターネットフレンズが調べたところで捕えきれそうにありません。全国の荒川智則たちが自身が担当する「属性」や「ディブ」について、wikipediaで解説記事を投稿してくれることを願いますw

今後も荒川智則の進化からは目がはなせない。


Text by Internet Friends ( 荒川智則 )

※追記・修正などの情報はhello at cbc-net.comまで