和歌山市とマイクロソフトが、ICT活用プロジェクトの成果を公開


 6月9日、和歌山県和歌山市は、2年にわたりマイクロソフトと共同で進めたICTを活用した学力向上のための研究プロジェクト「和歌山市Wプロジェクト」の研究成果を発表した。

 和歌山市Wプロジェクトは、マイクロソフト、メディア教育開発センター(現・放送大学)がICTを活用した次世代の教育環境を提唱するための実証実験として行なっていた「NEXTプロジェクト」の一環として行なわれた。和歌山市が、市内の全小学校52校にUMPCを含めて1,300台のタブレットPCを導入し、2007年度、2008年度の2年間、5人のWプロジェクト研究チームのメンバーを中心に、プロジェクトが進められた。

和歌山市 大橋建一市長和歌山市 教育委員会 大江嘉幸教育長マイクロソフト 執行役常務 パブリックセクター担当 大井川和彦氏

 和歌山市の大橋建一市長は、「私が市長に就任し7年になるが、子ども達の学力向上は最重点課題として取り組んできた課題の1つ。Wプロジェクトは、ICTを効果的に活用することで質の高い教育の実践を目指したもので、マイクロソフトの多大な協力を得て、行政と企業連携が功を奏したプロジェクトとなった。私自身もタブレットPCを使って課題に取り組んでみたが、意地になって正解するまで問題をやり続けたくなるようなところがあり、子ども達の学習意欲向上につながったのではないかと考える」と述べた。

 そして「今後はWプロジェクトの成果を、和歌山から全国に広げていければと考えている。第一次補正予算では学校へのICT機器導入のための予算がとられており、和歌山発で全国にタブレットPC導入も決して夢ではない」と実証実験の成功に満足そうな様子を見せた。

 和歌山市教育委員会の大江嘉幸教育長も、「Wプロジェクトの効果として、子どもの目に輝きが見られ、教員のICT活用指導力が向上した。このプロジェクトをきっかけに東京工業大学の清水名誉教授をはじめ、世界で活躍されている先生方から直接教えて頂く機会を得るという3つのプラス効果が生まれている」とプロジェクトの成果を強調した。

 プロジェクトの概要としては、2007年度は「タブレットPC活用による基礎学力の向上」を研究テーマに、次の3点に取り組んだ。

(A)5年生2,605人を対象に、小学館手書きデジタル学習システム活用と学力の向上
(B)全教員1,048人への意識調査
(C)教員1,048人を対象に、年2回のICT活用指導力調査

 翌2008年度は、初年度の研究テーマに加え、「各教科でのICT活用」をプラスし、次の3点に取り組んだ。

(A)のべ86学級、2,348人の児童を対象に、各教科などでのICT活用と学力向上
(B)3年生から6年生の児童13,515人、教員1,048人を対象に、小学館手書きデジタル学習システム活用意識調査
(C)教員1,048人を対象に、年2回のICT活用指導力調査プラス意識調査

 和歌山市立教育研究所 専門教育監補 寺下清氏は、児童への成果として、「社会科の授業にタブレットPCを活用し、OneNoteを使ったデジタルノートによって、複数の児童が同時に書き込みできるので、普段は自分の意見を発信することを躊躇していた児童が、仲間に触発されて自分の意見を書き始めるといった、自主的に考え、発信すること身につくといった事例が生まれている」と説明。

 一方で教員側の成果としても、「年初に比べ年度末にはICT活用指導力が大幅に向上している。教員の意識も大きく変化し、研修へのニーズが変わってくるなど具体的な成果が生まれている」と述べた。

 和歌山市の成果を論文にまとめた、東京工業大学の清水康敬名誉教授兼特命教授は、「学術論文として発表するためには、本当にICTを活用することで教員の指導力が向上していくのか正確に測り、分析・評価する必要がある。今回の和歌山県の実証実験は、参加する児童の数が多く、素晴らしいデータとなった。調査を行なった結果について客観テストを行なった結果、100人中99人はICT活用により児童の思考・表現、知識・理解、関心・意欲において学力向上が実現できたと実験しているという結果となった。効果が認められたと客観テストで裏打ちされたといえる」とタブレットPC導入効果が確かにあったと説明した。

 論文では、全ての教員が利用しやすいということで漢字学習を、和歌山市の全小学校の3年生から6年生までが実施したデータをまとめた。授業終了後の児童の評価と、授業を実施した教員のICT活用指導力の向上について、実施した授業の回数との関係を分析している。

 その結果、初めてタブレットPCを利用した1回目に比べ2回目の感想は「漢字の学習が好きである」、「漢字の学習が得意なほうである」という質問ともに、評価が低くなっているものの、その後は回数が多ければ多いほど評価が高くなる傾向があらわれている。

 「1回目よりも2回目の評価が低いのは、初回の物珍しさが薄れるため。しかし、3回目以降の評価があがっていくことから、回数を重ねることで児童の学習意欲があがっていっているといえる。利用回数が学習意欲にどんな影響を及ぼすのかをまとめたものは世界的にも例がなく、貴重なデータとなった」(清水名誉教授)。

 教員の回答としても、「タブレットPCを使った漢字学習は、紙と鉛筆を使った指導に比べて効果的」との評価があり、清水名誉教授は「今回の成果として、タブレットPCを使った授業を行なうことが重要。補正予算では児童・生徒1人あたり3.6人に1台のPCを導入すべく予算がとられているが、その予算はPC1台あたり11万円換算となっている。この予算ではタブレットPCを購入できない」とタブレットPC導入の重要性を訴えた。

 今回のプロジェクトを支援したマイクロソフトの執行役常務 パブリックセクター担当の大井川和彦氏は、「ICTを活用した先端教育を研究するNEXTプロジェクトの中でも和歌山市は、最も成功したモデルだといえる。タブレットPCとOneNoteを活用し、児童同士の考え方を共有し、議論していく全員参加型の授業は、板書を写すだけのノートではなく、考えるノートをとる実践例といえる」とWプロジェクトが大きな成果をあげたことを賞賛した。

 同日、和歌山市立有功東小学校では、OneNoteのライブ共有セッションを活用した社会科の授業公開授業が行なわれた。

 小学校6年風組の児童26人は、多くの報道陣に囲まれながら、ひるむ様子なく、授業が進められた。今回の授業では、歴史を学ぶ社会科の授業の一環として、「武士のくらし」と題された絵を教材としながら、これまで学習してきた平安時代の貴族社会とどんな相違点があるのか、児童が自分で気がついたことをタブレットPCの画面にペンで書き込んでいく。

 書き込んだデータは、リアルタイムで共有することが可能で、まずグループでそれぞれの考え方を共有して話し合う。今回の授業では、グループでの話し合いを終えた後に1人の生徒が前に立って自分が絵を見て感じたこと、発見したことの発表を行なった。

 今回の課題として与えられたイラストは、これまで学習してきた平安時代の後に登場した武士の時代を描いたもの。貴族の時代だった平安に比べ、「緑が多い」という率直な意見があがったが、その答えに対して授業を行なった本岡朋教諭は、「それは平安時代とは違う場所に都があるから」とアドバイスする。アドバイスをもらった子ども達は、さらに自分で考え、山の中で暮らす武士が貴族とは全く異なった生活スタイルを行なっていることを子ども達が発見していく。児童1人1人が能動的に授業に参加していることが伝わってくる。

 子ども達にタブレットPCを使った社会科の授業と紙を使った授業のどちらがよいかたずねると、一斉に「PCを使った授業の方が楽しい!」という答えが返ってきた。

 本岡教諭も、「PCを使うことで、紙と違って児童の書き込みをすぐに戻せるので、分からないと思っている部分を即指摘していくことができる。ノートをとる際も、色を簡単に買えることができるので、能動的なノートがとれる。児童自身が考える時間が長くなっている」とタブレットPCの効果を指摘する。

 教諭自身の授業準備にかかる時間についても、「紙よりも用意は楽。画像を利用する際も簡単に取り込み、活用できる。別に特に高いスキルが必要ではなく、やり方さえ覚えればどの先生でもできることだと思う」とスキルよりも、利用方法を認知さえすれば、より楽に授業を行なっていくことができる可能性があると話した。

OneNoteを活用した全員参加型の授業Web会議システムを活用した和歌山市立有功東小学校と、東京都港区立青山小学校の交流授業和歌山市での調査結果をもとにしたICT教育効果の実証
年度初めと年度末で比較した教員のICT活用指導力5月にマレーシアで開催された「Regional Teachers Conference」では、和歌山市立雑賀小学校の岡本友尊教諭(向かって左)が150人の参加者の中から10人だけが選出された優秀賞に選ばれたWプロジェクトから見えてきたこと
(向かって右)東京工業大学 清水康敬名誉教授、(右から2人目)マイクロソフト 大井川和彦執行役常務、(左から2人目)大橋建一和歌山市長、(左)和歌山市 大江嘉幸教育長和歌山市立教育研究所 専門教育監補 寺下 清氏和歌山市がタブレットPC導入を決定したその有効性のポイント
Wプロジェクトの研究調査内容Wプロジェクトの体制図研究チームの研究テーマ
「伝える活動」を重視した社会科の授業でのタブレットPC活用例図工科での「表現を共有し学び会える場」の学習効果教員のICT活用指導力の変化
活用しているクラスと、活用していないクラスで比較したタブレットPCの活用効果和歌山市内の小学5年生を対象とした意識調査Wプロジェクトの研究成果
東京工業大学 清水 康敬 特命教授 兼 名誉教授授業でICTを活用した際の効果を客観テストによる調査結果体験回数で比較した漢字学習にタブレットPCを利用した際の学習意欲調査
体験回数で比較した学習意欲調査タブレットPCを利用した際の漢字学習効果の有無に対する教員の回答タブレットPC活用に関する教員への調査
公開授業が行なわれた和歌山市立 有功東小学校パソコン教室を使って6年風組の公開授業が行なわれた今回の公開授業を担当した本岡朋教諭
グループに分かれて着席する丸テーブルの中央にLANケーブルを差し込んで利用するスタイル教室の前方には、パソコン教室らしくキーボードの操作方法案内も貼られている授業は、課題として与えられた画像を見て、自分の手元にあるタブレットPCに感じたことを書き込んでいくスタイル
自主的に色を変えて自分の感想を書き込んでいく。児童は、「紙を使った授業よりも楽しい」と笑顔を見せる
感じたこと、発見したことをペンで書き込んでいく授業は児童達に大好評自分の判断で、タブレットを反転させてキーボードで入力を始める児童も児童が書き込んだ文字は、OneNoteのライブ共有セッションを使いリアルタイムで共有できる。机の上で書き込んでいた文字を前方のプロジェクタに映し出して自分の意見を発表する

(2009年 6月 10日)

[Reported by 三浦 優子]