施設のスタッフの仕事は、入居者の身の回りの手伝いや、話し相手になることなど日々の生活全般に渡る。スタッフの多くは特にヘルパーなどの資格は持っていない。しかし山本たちは介助の高い技術力よりもっと大切なことがあると考えている。それは、「隣人」として入居者によりそうことだ。他人でもない、家族でもない、「隣人」という特別な距離感で入居者のそばにいることで、過酷な人生を経てきた入居者たちもかたくなだった心がほぐれていく。
施設のスタッフの仕事は、入居者の身の回りの手伝いや、話し相手になることなど日々の生活全般に渡る。スタッフの多くは特にヘルパーなどの資格は持っていない。しかし山本たちは介助の高い技術力よりもっと大切なことがあると考えている。それは、「隣人」として入居者によりそうことだ。他人でもない、家族でもない、「隣人」という特別な距離感で入居者のそばにいることで、過酷な人生を経てきた入居者たちもかたくなだった心がほぐれていく。
入居者たちの多くは終末期のがんなど重い病をかかえた人たちだ。その残された日々に向き合う時に大切にするのが、日々の日常だ。何気ない食事での会話や、お茶を飲みながらの記念写真。その人らしく過ごせる日々の積み重ねを大切にする。
「きぼうのいえ」にやってきた人たちの中には、不満やわがままが多く、病院や在宅医療ではスタッフがお手上げだったという人たちも多い。山本は、そうした人たちに対して、ひたすら不満を出してもらい、出来る限りを受け止めようとする。難しい性格も複雑な過去の裏返しかもしれない。あえて、ワケは問わず、その人らしさだと受け入れる。そうして接していくうちに、穏やかになっていく人も多いという。
山本はあえて「きぼうのいえ」にマニュアルを作らない。入居者に接する際のスタッフのルールもない。それぞれスタッフが工夫をしながらあたっている。
入居者たちは過酷な人生を歩んできた個性的な人たちばかり。一律のルールを作るのではなく、その人その人に応じて最善策を考え対応していくことで、一番その人らしい最後の日々を送ることができると考えている。