森林を再生するリジェネラティヴな「建築」を目指して:都市から通う「SANU 2nd Home」が実現する、自然との共生

「都市で忙しい日々を過ごす人々にとって、自然を感じることは難しい」──。自然との共生を掲げるライフスタイルブランドのSANUが、「都市から自然のなかに繰り返し通う」生活を実現するサーヴィス「SANU 2nd Home」をリリースした。SANUファウンダーの本間貴裕、CEOの福島弦、建築設計を担当するADX代表の安齋好太郎が、50年後を生きる世代に豊かな自然を残す循環型建築のあり方について語った。
森林を再生するリジェネラティヴな「建築」を目指して:都市から通う「SANU 2nd Home」が実現する、自然との共生
PHOTOGRAPHS BY TIMOTHEE LAMBRECQ

新型コロナウイルスのパンデミックのさなか、アスファルトに囲まれた部屋で仕事をする日々に苦痛を感じ、「森のなかで空気を吸いたい」と本能的に自然を求める人もいるかもしれない。「Live with nature. / 自然と共に生きる。」をコンセプトに掲げるライフスタイルブランドのSANUは、人々が都市から脱出し、自然と触れあう機会をつくるサーヴィス「SANU 2nd Home」をリリースした。

サンスクリット語で「山の頂上、太陽、思慮深い人」を意味するSANUは、⼈と⾃然が共⽣する社会を実現し、次世代に自然を残すことを目指すスタートアップだ。50年後の未来を見据えたライフスタイルブランドが提案する、人と自然が調和する新しい生活様式とは、いかなるものなのか。

「自然のなかに繰り返し通える」世界へ

「SANU 2nd Home」は、月額55,000円で自然の中にもうひとつの家を借りられるセカンドホームサーヴィスだ。パンデミック後に起きたライフスタイルの大きな変化──テレワークの普及やアウトドアアクティヴィティ需要の高まり、健康意識の高まりなどに対応。都市に仕事・生活の拠点を置きながらも、森、海、湖、⼭など、豊かな自然の近くでセカンドホームのある暮らしを実践できる。

キャビンには家族揃って寝られるベッドや、地元の食材で本格的な料理を楽しめるキッチン、本棚や高速Wi-Fiが完備されたワークスペースが用意されている。釣りや山登りなどのアクティヴィティを楽しむもよし、静かに集中して仕事するオフィスとして使うもよし、家族と焚き火を囲んで団らんするもよし。都市生活から一時的に身を離し、ウェルビーイングを高める環境が整えられている。

SANUのファウンダーである本間と最高経営責任者(CEO)の福島との共通点は、ともに大自然の中で育ったことだ。本間は福島県会津若松市出身。福島は北海道岩見沢市出身である。ともに野山を駆け回り、雪山に登るような幼少期をルーツにもつ。

だが、都市で多忙な日々を過ごすなかで、本間と福島は幼少期にあった自然とのつながりから分断されていると感じていた。本間は2010年に創業したBackpackers’ Japanの経営者として、ゲストハウスやホステル運営のために東京を始めとする各都市を飛び回る日々。また福島はマッキンゼーでのキャリアを経て、ラグビーワールドカップ2019日本大会の運営に励んでいた。

本間は週に1回、海や山に行くことを心がけていたが、その過程で大きな苦労を感じていたと語る。

「都市で忙しく日々を過ごす人にとって、『自然を感じる』ことは実はハードルが高い。ホテルや旅館を毎回予約するのは面倒だしコストがかさむ。だからといって別荘を買うのは金銭的にも精神的にも重く、維持管理を続けられる自信もがない。もっと気軽に、海や山に通う方法が欲しかっただけなんです」

本間が求めているのは、旅行や観光ではなく、あくまで「自然の中で暮らしを営む」ことを誰もが実現できる方法だった。試行錯誤の末に生まれたのが、全国各地でセカンドホームとして借りられるキャビンを提供する「SANU 2nd Home」の構想だ。

それゆえ、キャビンの場所は「暮らしを営みやすいこと」を条件にこだわり抜いた。300以上の候補地に足を運び、「自然が気持ちいい」「地域に魅力がある」「都心からのアクセスがよい」の3つの観点から土地を選定した。

近くで絶景を見れる観光地があることよりも、すぐそばに心地いい森が広がっていることを優先した結果、第1弾リリースのキャビンは長野県の白樺湖と山梨県の八ヶ岳が選ばれている。

SANU 2nd Home八ヶ岳1stの内装。

自然と調和する建築デザイン

SANU CABINの最大の特徴は、すべて同じ建築デザインであることだ。この理由を「SANUはあくまでセカンドホーム。安全で快適に滞在できることを重視している」と福島は説明する。

キャビンの設計・施工は、「森と生きる。」を理念に掲げる建築チームのADXが手がけた。福島県に本社を置くADXは、林業や森づくりといった材木の循環まで視野に含める建築設計を専門としている。代表の安齋好太郎は、現代において自然をテーマに据える意味を深く考えたという。

まず、当然「いかに環境負荷を下げるか」は重要な点となる。建築は極めてCO2排出量が大きく、何も考えずに建造すれば将来世代に負の遺産を残すからだ。どんな素材を「使わない」べきか──。まず挙がったのは、コンクリートの撤廃だったと安齋は語る。

「安定した住居をつくるには堅固な土台が必要ですが、コンクリートは製造過程で大量のCO2を排出します。また、コンクリートを流し込むと建築の下の植物は死に絶え、土は呼吸を止めてしまう。そこで採用したのが、杭を立てて足元を空中に浮かせる『高床式基礎杭工法』です。足元が浮くことで、地域の生態系を壊さない建築が生まれます。また、キャビンの足元を風が抜けることも重要なポイントです。通気性がよくない森では、生物は死んでいく。だから人間や生物は、通気性がよい構造に心地よさを感じるのです」

また、壁・屋根には蜂の巣の形状を採用。これは「ハニカム構造」と呼ばれ、自然界に存在するなかでも極めて軽くて頑丈な構造である。「自然界を設計に包含する構造」を取り入れることで、足元が浮いても、積雪2mの厳しい自然環境に耐えられる建築が生まれた。

本格的な料理もできるオリジナルのアイランドキッチンを完備している。

「住」にもトレーサビリティを

建築において、材木が注目を浴びることは少ない。そこでSANUは、サーヴィスの利用者が「木がどこで生まれ育ち、どのように調達されたのか」がわかる仕掛けを施している。そして木材のトレーサビリティへのこだわりを、食の“Farm to Table”に対する、住の“Forest to Home”と福島は名付ける。

「『衣食住』のうち、食は “Farm to table”のように、どんな生産者がつくっているのか気にする流れになっていますよね。また、衣類もファストファッションへの厳しい視線に始まり、原料の倫理性やトレーサビリティが注目されています。しかし、住のところだけ『その木材がどこから来ているのか』を意識されることがあまりに少ない。SANUは『木の循環』をテーマとするからには、木材のトレーサビリティと徹底的に向き合いました」

SANU CABINで使われる木材は、すべて国産の木を使用している。森をつくっている生産者のもとに足を運び、直接買い付けているという。白樺湖や八ヶ岳で建造されたキャビンには、岩手県・釜石地方森林組合の木を使用している。

また、キャビンを建設する拠点の開発時には、敷地内の地形と自生する樹形や本数をすべて特定しデータ化。元々の地形や樹木をできるだけ生かすようにキャビンを配置することで、伐採する木を最小化している。

さらに、キャビン建設計画の段階から木材の調達先である釜石地方森林組合と連携することで、建設に必要なぶんだけ伐採して製材できるだけでなく、キャビンの建設計画を見越した森林計画が可能になる。

八ヶ岳のキャビンには、周辺の飲食店や観光名所などが記載されたマップも。

50年後の将来世代へのプレゼント

安齋が考える「建築のライフサイクル」とは、建築物の材料を集める「調達」、設計を基に実際に建てる「施工」、建築物を数十年使う「運用」、そして何らかの理由で建築物が不要になる「寿命を迎えた後」だ。SANU CABINは、このサイクル全体を考慮して設計されている。

安齋は、このなかでも「寿命を迎えた後」について深く悩んだという。そこでコンセプトに掲げたのは「分解できること」。使わなくなったキャビンを資源として再利用できる設計にこだわった。安齋は自身のルーツを振り返りながら語る。

「ADXの前身は祖父が興した工務店で、わたしは3代目社長です。なので、50年以上前に祖父が建てた家が、いまでは空き家として邪魔者扱いされるのを見てきたんです。でも、わたしは家を建てる仕事でご飯を食べている。心の奥底にある『本当にこの新築は必要なのか?』という疑問を振り払いながら、家を建て続けてきたんです。SANUのコンセプトを訊いたとき、『50年後にも必要とされる建築って何だろう?』という、長年抱え続けた問いに向き合うチャンスだと感じました。現時点でのその答えが、分解できるキャビンの設計であり、寿命を迎えた家の木が、次の世代の資源となるというコンセプトです」

キャビンは、壁を含めるすべてのパーツがふすまや障子のように取り外し可能だ。また、屋根にも面ファスナーで接着するテントを採用。「屋根はしっかりつくるもの」という、建築の常識をも塗り替えた。すべては50年後にキャビンが解体されたとき、未来の子供たちが「この素材はこう使おうか」と言えるようにするための設計だ。

「自然に戻しやすい素材だけを使う」工夫も重要になる。一度固めると不可逆なコンクリートだけでなく、くぎやビス、接着剤までほとんど使わない。高床式の基礎も、「地面に6本の杭を打ち込むだけ」の仕組みで、逆回転させると抜くことができる。抜いた杭は、別の場所に再度打ち込むことが可能だ。部材をプラモデルのように組み合わせることで、将来世代がほとんどすべての部材を再利用できる設計となっている。

キャビン内にはリモートワークに最適なワークスペースも設けられている。

森林を再生するリジェネラティヴな取り組み

SANUは単純に環境負荷を減らすだけでなく、事業が拡大するほど森が豊かになっていくリジェネラティヴな環境再生プログラムを組み込んだ。

キャビンを1棟建造するために、杉の木を約150本使用する。SANUでは収益の一部を用いて、伐採した数と同じ本数の苗木を釜石の森に新しく植える予定だ。若い木は成長過程でCO2を吸収し、最終的にはキャビン建造で発生するCO2の排出量を、吸収量が上回る循環が発生する。

SANUは建築とともに共存していく。新しい木を植えて、ひとつの森を大切に守りながら成長する。50年後の子どもたちには、解体されたキャビンの木と、新しい森林が残される。だが最も重要なのは、何よりも「自然を美しいと思える人の感性を育むこと」だと本間は示唆している。

「自然に繰り返し通い、消費者ではなく生活者として、いつもの掃除や洗濯、ご飯をつくって食べる日常を、山や海のそばで過ごしてほしい。それがわたしたちの感性となって返ってくるし、50年先の未来を担う子どもたちの感性を培ってくれると信じています」


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TEXT BY TETSUHIRO ISHIDA

PHOTOGRAPHS BY TIMOTHEE LAMBRECQ