2010.08.20
# 雑誌

独占インタビュー ノーベル賞経済学者 P・クルーグマン 「間違いだらけの日本経済 考え方がダメ」

週刊現代 プロフィール
教鞭をとるプリンストン大学(ニュージャージー州)の研究室で取材を行った 〔PHOTO〕サミア・カーン(クルーグマン教授・以下同)

 今年後半、二番底の可能性がある/日銀が「インフレなどとんでもない」と言い続ければ、日本は破産する/消費税アップのタイミングはこの大不況真っ只中の時ではない。日本はアメリカより深刻な不況にあることを理解すべきだ/財政赤字の問題を優先させれば、デフレ・スパイラルを加速させるだけである。

 菅首相は一刻も早く消費税アップに向けた議論を始めたがっている。しかし、舌鋒鋭い「闘う経済学者」はこう言った。「急ぐ必要はない」と。財政再建よりも先に、日本がまずなすべきこととは―。

インタビュー/松村保孝(ジャーナリスト)

世界的な不況はこれからが本番

「日本は、アメリカよりも深刻な不況に直面しているということを、理解すべきです。もちろん、アメリカ以上に歳入を増やす必要もあります。

 しかし、日本の消費税を上げるタイミングは、少なくとも『大不況真っ只中の今』ではないことは、明らかです。

 この15年間、日本はずっと『流動性の罠』(金利が一定水準以下に低下し、一般的な金融政策が効力を持たない状態)に陥っていて、デフレも収まっていません。

 そんな状況下で、景気の回復よりも財政赤字の解消を優先すれば、デフレ・スパイラルを加速させるだけです。だから増税は、日本銀行がインフレ・ターゲット(目標として掲げる物価上昇率)を設定して、その効果が見えてきた後で始めればいい。

 また、法人税の引き下げが取り沙汰されていますが、各企業の経営者にとって、『法人税が高すぎる』と主張するのは、当然でしょう。ただし、今の税率が歳入や景気に悪影響を及ぼしているという確たる証拠がない以上、それほど重要な問題だとは考えていません」

 現在、超党派での議論が検討されている日本の税制改革について、こう指摘するのは、'08年にノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学のポール・クルーグマン教授である。

 7月14日、IMF(国際通貨基金)は日本に対して段階的に消費税を上げるよう提言した。それを受けて菅首相は増税論議を急ごうとしているが、クルーグマン教授はデフレ下の今は消費税をアップさせるタイミングではない、と反対しているのだ。

 今回掲載するクルーグマン教授へのインタビューの内容は、ギリシャの財政危機に端を発した世界的経済不況の行方から二番底の可能性に至るまで、多岐にわたった。

「日本の不況の原因は、マクロ経済学がやるべきだと説いていることを実行しないことにある」

 要するに、日本の経済に対する考え方が間違っている、というのだ。いったい何が「ダメ」なのか。ノーベル賞経済学者の意見に耳を傾けてみよう。

―ギリシャのデフォルトはEUとIMFの緊急融資により、とりあえず回避されましたが、3年後のギリシャはどうなっているでしょうか。また、ギリシャ危機が他の国に波及する可能性はあると考えますか。

クルーグマン ギリシャはその頃にはユーロ圏を離脱しているかもしれません。そうなると周辺諸国へのドミノ現象も起こりうる。私が危惧するのは、バルト諸国(エストニア、ラトビア、リトアニアの三国)のような小国の今後です。

寄贈本が多く、蔵書は増えるいっぽうだが、最近はキンドルを愛用しているという

 これらの国々は独自通貨を持っていますが、ユーロの借り入れが大きい。独自通貨が切り下げになると、ユーロの負債は過酷なものとなる。切り下げにならないとしても、デフレを招く。どう転んだとしても、非常に厄介な結末を招くでしょう。

―今後、ギリシャは生き延びられますか。

クルーグマン ギリシャの問題は本当に深刻です。巨大な債務を抱えているだけでなく、その社会的コストが他のユーロ諸国に比べて突出して大きい。現実的には、当分の間、緩慢なゼロ成長と、おそらくデフレが続くでしょう。その結果、ギリシャがたとえ少額の借款を受けたとしても、それはGDP比で考えた場合、大きな債務増加となります。

 実際、IMFが出したギリシャに関する計画書を見ても、GDP比債務残高は'09年の115%から大幅に増加し、'13年には149%にもなるという。実に暗澹たるものです。

―ニューヨーク大のノリエル・ルービニ教授は、「二番底の景気後退のリスクが複数の地域にある」として、「それはユーロゾーンと日本だ」と断言していましたが、教授はどう分析していますか。

クルーグマン 同じ考えですが、私はそこにアメリカも付け加えたい。しかも、景気後退する可能性がかなりあると言っていい。なぜなら、それらの地域では景気回復の推進力は衰えており、取って代わる力も現在、まるで見当たらないからです。

―二番底があるとして、その時期はいつ頃でしょうか。

クルーグマン 今年後半でしょう。基本的に景気刺激策は下火となり、在庫循環も終わりました。新規需要の増加を見込めるような、これといった要因がないのです。

―不安定な状況から、われわれはいつ脱出できますか。

クルーグマン 正直言ってその状態がいつ終わるのか私にはわかりません。新しいイノベーション(技術革新)のような経済成長の巨大要因でも浮上しない限り、この悪い状態は長期にわたるかもしれません。

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