日本学術会議、「大卒後3年間は新卒扱い」を提言(1)

hamachan先生がたびたび紹介しておられた日本学術会議の提言が発表されたようで、各紙で報じられています。今朝の日経から。

 日本学術会議は17日、就職難を背景にした大学生の就職活動の早期化などが大学教育の質の低下につながっているとして、卒業後3年程度は新卒者と同様に扱うよう企業に求める提言を文部科学省に提出した。文科省は関係省庁と連携し、産業界に採用慣行の見直しなどを呼びかける考えだ。
 提言は大学教育の質を高める目的で作成された。中央教育審議会が2008年に学部段階の教育水準の向上を求める答申をまとめたのを受け、文科省が具体案づくりを同会議に依頼していた。
 提言は早期化・長期化する就職活動が大学生の学業やメンタルヘルス面に深刻な影響を及ぼしていると強調。新卒段階で就職できないと、その後正社員になれる可能性が低くなるという実態も指摘、卒業後数年たった若年既卒者も新卒扱いにするよう企業側に求めた。
 大学側にも卒業後数年間は就職先の仲介など在学生と同様の支援をするよう促した。産業界と連携し、休日や長期休暇に就職活動を集中させて学業との両立を図ることも提唱した。
 提言は、学部教育の質向上を目指し、学生が最低限身に付けるべき知識や能力を示した「参照基準」をつくる方針も打ち出した。同会議が今後3年をかけ、法学や工学など30程度の分野ごとに具体的な基準をつくる。強制力はないが、各大学に基準を参考にしてカリキュラムを作成するよう呼びかける。
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819695E3E5E2E6848DE3E5E2EAE0E2E3E29180EAE2E2E2

報じられている提言はこちらです。
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-k100-1.pdf
ごらんのとおり、PDF100ページにおよぶ大部の報告書ですが、そもそもタイトルは「回答 大学教育の分野別質保証の在り方について」です。中心的に報じられている「大卒後3年間は新卒扱い」はその第三部「大学と職業との接続の在り方について」の、「当面取るべき対策」のさらに一部で、報告書の主要な結論でもなければ、第三部の結論でもありません。まあ、さはさりながらニュースバリューがあるのはこの部分が一番だろうなとも思いますので、こういう報じられ方になるのだろうなとも思うわけですが、hamachan先生がいたくご不満を洩らされるのもまたごもっともという感じです。ちなみに日経の記事が最後にちょっとだけ触れている「参照基準」の話は第一部「分野別の質保証の枠組みについて」の結論で、報告書全体の主要な結論でもありますので、まずまず全体像に対する最低限の配慮はされていると申し上げてもいいのではないでしょうか。第二部「学士課程の教養教育の在り方について」は完全にパスされてしまっていますが。
さて、この提言は表紙に「回答」と記されているように、文科省から意見を求められたのに対して日本学術会議が回答したというものです。すでに学部教育については中教審がその学習成果の指針として「学士力」という概念を提示しており、それを学術の各分野においてどのように保証するかについて日本学術会議の意見が求められたわけです。
というわけで、基本的に求められたのは第一部のはずなのですが、なぜ第二部、第三部があるかというと、冒頭でこんな説明がされています。

…分野別の質保証の在り方について検討するということは、基本的に各分野の専門教育を対象とすることになる。しかし、現実には、教養教育・共通教育も行われており、専門教育との関連についても同時に検討しておかないと、大学教育における専門教育の在り方についての議論が一面的なものにならざるを得ない。また、学生が職業生活に移行する際に、とりわけ文系の分野を中心に、大学教育の成果が殆ど顧みられないということに加え、むしろ早期化、肥大化する就職活動によって、分野を問わず大学教育自体の円滑な実施に困難を来している状況が起こっている。このような現実から目をそらしては、説得力を持つ議論にはならないであろう。
 このため、文科省からの依頼について直接的に検討を行うために、「質保証枠組み検討分科会」を設置するとともに、…「教養教育・共通教育検討分科会」…、「大学と職業との接続検討分科会」をそれぞれ設置し、…相互に緊密な連携を保持しつつ、それぞれの課題について審議を進めてきた。本報告書が3つの部から構成されているのはこのような理由によるのであり、全体として一貫した趣旨の下に審議が行われたものであることを初めにご理解いただきたい。

私は教育政策には疎いのでよくわかりませんが、第二部に関してはとりあえず専門教育の質保証とは言っても教養教育や共通教育と切り離すことも難しいですよねえというのはなんとなくそうだろうなという感じはあります。
いっぽう第三部はといえば「早期化、肥大化する就職活動によって、分野を問わず大学教育自体の円滑な実施に困難を来している」ことについては、先生方に多大なご迷惑がかかっていることを産業界に身を置く一人としてまことに遺憾に思うわけではありますが(だからどうなるというものではないが)、「学生が職業生活に移行する際に、とりわけ文系の分野を中心に、大学教育の成果が殆ど顧みられない」というのは本当にそうかなあとも思うわけです。
この提言の中でも、第一部の付録として付されている「大学教育の分野別の質保証のための教育課程編成上の参照基準について− 趣旨の解説と作成の手引き −」では、職業上の能力をこう整理しています。

iii 職業上の「能力」に関しては、さらに以下のように多様な局面が考えられることも考慮する。
iii-1 分野に固有の知識や理解の活用能力が、そのまま特定の職業にとっての専門能力となる場合
iii-2 ものの見方・考え方など、分野に固有の知識や理解の活用能力が、緩やかな形で職業上の有用性を持つ場合
iii-3 分野に固有の知的訓練を通じて獲得されるが、分野に固有の知識や理解に依存しない能力が、一般的・汎用的に職業上の有用性を有する場合(ジェネリックスキル)(「回答」pp.18-19)

このうち、iii-2の「ものの見方・考え方など、分野に固有の知識や理解の活用能力が、緩やかな形で職業上の有用性を持つ」というのは、私もこのブログで過去たびたび書いたように「企業が法学部生や経済学部生を好んで採用する理由(のひとつ)」になるわけです。法学部であればリーガル・マインドのようなもの、経済学部であれば実証の考え方のようなものは、これはビジネスの上でも有用でありましょう。さらに、iii-3にあるように、たとえば文学部などであっても演習などで教員の指導のもと、文献調査に加えて参与観察や史料の探索などのフィールドワーク、インタビューやヒヤリングなどで新たな発見を追求することで「一般的・汎用的に職業上の有用性を有する」能力が高められることもありましょう。これらは企業の採用選考において相当に顧慮されるわけで、「大学教育の成果が殆ど顧みられない」とまで自虐的に言わなければならないのか、という感はあります。
いっぽう、iii-1については、たしかにあまり大学教育の成果が顧みられていないかもしれません(「殆ど」かどうかは別として)。第三部が問題にしているのも専らこの部分のようです。これからその第三部をみていきたいと思うわけですが、前振りだけでかなり長くなってきたので次回に続きます。