水月光庵[sui gakko an]

『高学歴ワーキングプア』著者 水月昭道 による運営
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第四話:日本の大学院は金がかかりすぎる

2010年07月19日 | 庵主のつぶやき


□□09月16日までの限定でお届けします(毎週土曜日+α更新)□□
これは、私がまだ大学院生だった頃、日々のストレスのはけ口として、当時運営していたHP上で綴っていたものです。データを整理していたら、たまたま出てきたため、再活用できないかと検討してみました。

見直してみると文章の荒さが目立ちましたが、一般の人たちに、我が国の大学院の現状を知ってもらうには、もしかすると、こういうテキストのほうが楽しんでもらえるのかもしれない、と思った次第です。そんな訳で「恥をさらしてみるか」と腹をくくってみました。テキストには手直しを入れ、少しはマシにしてみたつもりです。

今月発売予定だった『ホームレス博士(仮)』(光文社新書)が9月16日にずれ込んだこともあり、お詫びの気持ちを込めまして、発売日までの二ヶ月間限定という形で恐縮ですが毎週土曜日に更新したいと思います。

では、さっそく、第一話から以下に復活。ご笑覧ください。
□□なお、この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。□□


第四話:日本の大学院は金がかかりすぎる


---前回までのあらずじ ここから----------
飲み会の席で、自分だけ置いてけぼりをくらったような気分になり、楽しむつもりが憂鬱になったシンジ。

支払いの段階で、さらに打ちのめされる。しっかりとした給与や社会保障、ボーナスを手にする同級生と、未だただの学生に過ぎない自分の、社会的立場の違いを思い知らされる。

自分の心を守るため、シンジは自意識を肥大化させていく。
---前回までのあらずじ ここまで----------

飲み会の翌日、シンジは研究室にいました。
昨晩、トモがクレジットカードで支払いをしている風景を思い出しながら、我が身の不自由さを再び痛感していました。そして、それは先輩方の人生にも想像を巡らせるきっかけとなりました。

研究室の先輩のタナカさんは、ことし博士3年になります。優秀と評判で、ストレートでここまで来ました。ですので、年齢は27歳です。この世界での最短コースを歩んできたといえるでしょう。

「でも、世間は驚くだろうな。27歳といえば、トモたちにはきっともう役職がついて後輩社員だってできている頃だろう。先輩は頭がいいといわれていても、所詮学生だもんな」

シンジは、昨日の出来事以来、自分の将来像をできるだけリアルに想像しようと試みていました。

「この後、タナカさんはどうするつもりなのだろう。あれだけ〝出来る〟と言われていながら、先のことは何も聞こえてこないし・・」

所属の研究室は、日本でも上から数えたほうが早いと言われる、いわゆる「良い研究室」でした。しかし、博士課程の人たちを見れば、なかなか就職は大変そうです。正規雇用された先輩は、ほとんどいないのです。

タナカ先輩は、大学院生ですが非常勤講師をしていました。
大学の先生として就職するためにはいわゆる「教歴」が必要です。そのために、研究室が伝統的に講師を送り込んでいた子分校に週に一回のペースで派遣されていました。月収は2万5000円です。

「これじゃ、文献代の足しにもならないよ」
先輩は、給料日の後、明細が書かれたぺらぺらの紙を振りながら、おどけた調子でいつも後輩にぼやくのです。

派遣先の大学では、きっと「先生」と呼ばれているはずです。学生からも尊敬の眼差しを得ているのでしょう。ですが、「実態は悲惨そのものだな」、とシンジはその姿を見ながらいつも若干の哀れみを心に浮かべます。

「俺もああなるのだろうか」

大学院にまとわりつく先行きの不透明感は、そこにいる全ての院生たちの心をしばしばどん底に落とします。

そもそも我が国の大学院は、あまりにも金がかかるところなのです。
たとえ国立でも学費は約54万円、私立であれば100万円程度は当たり前です。加えて、院での研究活動に際しては、実験調査費や謝礼、文献代、学会の年会費に旅費、論文の審査料、とあげはじめたらきりがありません。国際学会での発表などに行ったら、軽くウン十万円が飛んでいきます。これに、アパート代や食費などがかかってくるわけですから、多くの院生は悲鳴を上げ続けています。

到底、家庭からの援助だけではやっていけないので、院生はバイトなどいろんな手立てで金を稼ぐことに勤しみますし、奨学金を借りる人などもおのずと多くなります。

タナカ先輩も、そうした一人でした。

「先輩はもしかすると今、懐がとても苦しいのかもしれない。給料日に見せるあのパフォーマンスは、首が回らない状態への精一杯の抵抗なのかも」

シンジは、博士課程の院生の多くがあまりにも元気がない状態と重ねあわせながら、心のなかで理由をそう分析してみせるのです。

試しに、大学院生活を修士から博士課程までの5年間、奨学金を借りて過ごした場合いくらになるかを頭のなかで弾いてみると、簡単に600万円ほどにもなりますから、シンジはシビアな現実に恐ろしくなってしまいました。

しかも、これらは基本、貸与式です。表面上は「奨学金」などという綺麗な名目ですが、実態は結構な利息が付けられているわけです。しかも、審査もなく、学生の将来における支払い能力など全く分析されることもなく、誰にでも貸し付けられます。

シンジは最近読んだ新聞の記事を思い返していました。
奨学金の返済が滞り、このままでは貸し付けの運営が将来的に困難になってしまうというような内容でした。

「だけど、それは少し違うんじゃないか?」
600万もの金をあまりにも簡単に貸し付け、あまつさえ利息までとる「営業」の仕方こそ問われるべきではないのか。シンジは、まだまだ発展途上のダメ院生でしたが、身のまわりに起きている社会問題について、考えをめぐらせる時間をだんだんと持つようになっていました。


つづく


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