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12日未明 敗戦の弁を語る筆者

 今回の参議院選挙結果は残念なものだった。予想していた得票より少なかったのは残念だが、これは実力の結果なのでやむをえない。もちろん候補者としては「私の非力がゆえに申し訳ない」という気持ちを表明した上で、この選挙結果を考えてみたい。

 今回の選挙は「政権交代失速選挙」だった。昨年の夏の総選挙以降は、社民党も政権に参加して、私も総務省顧問として「郵政民営化の検証」に加わった。自民党が大手企業を中心とした日本経団連や業界団体の声を反映する政治一辺倒だったことに対して、「国民の生活が第一」(民主党)「生活再建」(社民党)というスローガンの通り、小泉改革以降に苦渋をなめ続けた有権者が「NO」を突きつけたものだった。年越し派遣村で共有した「派遣・非正規労働」の問題への取り組みを始めたり、政治主導を打ち出して「霞が関」の視点を反転させようとした。

 ところが、「普天間基地」問題ではアメリカが要望し外務省・防衛省が同調する判断を、鳩山前総理が「丸飲み」してしまった。沖縄の怒りは大きく燃え上がり、社民党は連立政権から離脱した。この判断は明らかに「霞が関主導」だった。菅直人総理大臣の「消費税10%」の唐突な発言は、「自民党10%」の数字にぴったりあわせることも含めて、財務省の思惑通りだということだろう。V字回復に気をよくした菅直人政権が、「普天間」や「政治とカネ」をカバーして自民党との差異をなくすことで「無風選挙」に持ち込もうとしたのではないかとの観測もあるが、私はより深い意図をもった力が働いていたと思う。「菅民主党打倒・保守回帰」を狙う動きの集大成が参議院選挙最終局面だった。

 菅総理の苛立ちや発言のブレ、そして陳謝と右往左往する印象がクローズアップされた。「クリーンな市民派」として期待した庶民宰相が、いきなり「弱者直撃の消費税」を言い出したことで、菅・民主党への期待も減退した。あまり注目されていないが、鳩山前総理辞任後に、参議院選挙を控えて菅・民主党は、衆参両院の代表質問を受けただけで新総理の所信を問う「衆参予算委員会」を開催せずに参議院選挙に突入した。これは、国会の基本ルールよりも「損得勘定」を優先する計算だったのだろうが、逃げ腰の印象を与えた。17日間の選挙期間中に状況が大きく変わった点では、1998年参議院選挙の橋本総理の「恒久減税」をめぐる状況と酷似している。今朝の共同通信の調査では菅内閣の支持率は32%まで急激に暴落した。

 こうして、民主党が敗退し自民党が復調、みんなの党が躍進する中で、社民党は得票を後退させて、かろうじて最後の比例議席を獲得して2議席となった。こうした構図の中で、私の選挙結果もあった。普天間基地問題で政権離脱したことは、沖縄県でこそ比例第一党になる得票増をもたらしたが、全国的には大きな判断材料にはならなかった。離脱したとはいえ、直前まで与党として政権運営にあたっていた社民党は、政権に残っている国民新党同様に厳しい評価を受けたのだ。

 今回の参議院選挙は「個人名」を書いてもらうことが出来る選挙だった。個人名を書いてもらうことは、候補者の当選順位に直結するので強く訴えたが、制度自体がまだまだ知られていなくて、政党名しか書けないと信じている人が多数いた。同時に、「社民党」という政党名を見て、その上で「個人」を選びたい人は選ぶという仕組みになっているので、「社民党」への共感度が弱く、拒否感が強い人には「選択の対象外」とされてしまう結果となった。

 昨日の読売新聞を見て驚いたのは、東京都内の比例選挙個人票のベスト100の上位に私の名前が入っていたことだった。都内では、26109票の獲得に止まったが、これで上位から8位だという。

有田芳生(民主)68704 (当選)
保坂三蔵(自民)64752
佐藤ゆかり(自民)52960 (当選)
福島みずほ(社民)49750 (当選)
谷亮子(民主)39123(当選)
片山さつき(自民)33428(当選)
白 真勲(民主)27829(当選)
保坂のぶと(社民)26109
田村智子(共産)25820(当選)
秋元司(自民)24831

 各候補とも「個人名投票」の難しさを痛感した選挙だったと思う。私は東京で有田氏や保坂三蔵氏と並んだ得票をしない限りは、当選はしなかった。首都圏で10万を基盤に全国に広げていこうという作戦だったから、東京で7万に届かなかったことが私の敗因だ。


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