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深尾光洋の金融経済を読み解く

2010年9月1日 日銀だけではデフレを止められない

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 最近、エール大学教授の浜田宏一先生から、経済評論家の勝間和代氏が呼びかけ人となっている「デフレ脱却国民会議」に参加しないかとのお誘いを頂いた。浜田先生は、かつて東京大学経済学部で教鞭をとっておられたころに国際金融の勉強会などでご指導を頂いたこともあって、私が敬愛する先輩学者の一人でもある。しかし呼びかけの内容を一読して、この運動には参加できないと感じた。以下は、私から浜田先生への返信メールである。

エール大学浜田宏一先生へのメール

浜田宏一先生
 ご無沙汰しておりますが、お元気そうで何よりです。
 さて、先生と勝間氏との本の公開レターなどを拝読しましたが、この運動には賛同できません。理由は以下のとおりです。

1.日銀がやるべきこと
 量的緩和とゼロ金利の復活をすべきです。この点に異論はありません。

2.日銀に達成可能なこと
 勝間氏の呼びかけに書かれている「デフレも円高も政府と日銀が協調すればたちどころに終わらせることが出来ます。要するにモノに対してお金の量が不足しているわけですから、お金を刷って効率的に分配すればいいのです。ところが、マスコミがこのことをちゃんと伝えないのです」は間違っています。量的緩和は多少効果があるとは思いますが、たちどころにデフレを終わらせることができるというのは間違いです。実際、日銀は量的緩和をしていますが、そのとき最も効果があったのは、2003年ごろの溝口財務官による大量円売り介入による円安誘導です。当時は、中国景気の過熱で輸出が大幅に増加して景気が回復しました。

3.量的緩和の波及経路
 量的緩和から経済へのトランスミッションを十分詳細に考えられていないように感じます。具体的にどの経済主体がどのような裁定行動を取ることで景気刺激になるのかが不明です。量的緩和で銀行が大量の超過準備を保有するようになったとして、そこから誰の支出増加につながるのか、またどのようなメカニズムを通してそうした行動の変化につながるのか、浜田先生と勝間氏の話からはまったく理解できませんでした。

 以上が、私の考え方です。

 以前私も書きましたが、デフレに対して即効性のある強い対応策は、私も提唱したことのあるゲゼルタックス(マイナス金利政策)ですが、政治的に実施は極めて困難です。その次の対策は間接税の増税と直接税の減税の組み合わせで、家計や企業の支出の前倒しを強めることです。

 深尾光洋

日銀の政策余地は乏しい

 私は1974年から97年まで日銀に在籍していたが、97年に慶応義塾大学に移籍して以来、日銀の金融政策に関する論評は、極力客観的に行ってきたと自負している。実際、97年秋の金融危機以降、量的緩和を実施すべきだと主張し続けた。速水総裁の時代の2000年8月のゼロ金利解除の時には、衆議院議員の山本幸三氏、渡辺喜美氏らと一緒に解除反対の声明を出している。また、当センターから年2回発表してきた金融研究班報告書、日本経済新聞「経済教室」による解説でも、常にデフレが終わっていないことを強調し続けてきた。このため、97年以降の日銀の金融政策は、経済の実態が十分改善する前に金融を早めに引き締めようとする一定のデフレバイアスがあったと判断している。

 こうした中で、デフレの元凶として日銀を非難する書籍が相次いで出版されている。例えば、浜田宏一、若田部昌澄、勝間和代『伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本』(東洋経済新報社)、田中秀臣『デフレ不況 日本銀行の大罪』(朝日新聞出版)、山本幸三『日銀につぶされた日本経済』(ファーストプレス)、などである。

 こうした書籍の論調については、正直「日銀の能力を買いかぶりすぎている」といわざるを得ない。日銀が景気を刺激してデフレを止める能力については、強いとはいえないからである。これは、金融政策のメインチャネルは、金利政策であり、金利がほぼゼロに張り付いてしまうと、それ以上の量的緩和や国債買いオペの拡大などの政策効果はさほど強くないからである。こうした誤解が生ずる理由は、金融緩和が実体経済に影響するチャネルが十分理解されていないためである。国債の買いオペをすれば民間金融機関が保有する国債が減少し、日銀当座預金が増加する。現在は補完準備預金制度により、準備預金制度により決められた最低限を上回る当座預金には0.1%の金利が払われている。これに比較して、貸倒損失や審査費用を差し引いた貸出金利のほうが有利であれば、銀行は貸し出しを行う。中小企業向けに2〜3%で貸し出しを行っても、貸倒損失や管理費のほうが高いと判断すれば、銀行貸出は増加しない。デフレのもとでは、企業収益もあまりよくないので、量的緩和を行っても貸し出しを刺激する効果は少ない。

 現状で日銀は何をすべきか。筆者は前述したように、日銀は補完準備預金制度をやめて市場金利をゼロに近づけ、買いオペを増加して量的緩和を復活すべきだと考えている。これを実施すれば、マスコミや政治家による日銀バッシングはある程度収まるからである。また、政策実施による副作用もほとんどなく、若干の景気刺激効果も見込めるからである。しかし残念ながら、この政策でデフレから脱却できる確率は、2〜3割程度しかないであろう。

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(日本経済研究センター 研究顧問)

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