就職超氷河期は終わらない?

新しいネタをやらなければと書いた割にはきのうのエントリのフォローなんですが(笑)、面白いネタを発見したのでご紹介したいと思います。いや例の藤沢数希氏のブログで、例によってネタなんですが。
http://agora-web.jp/archives/1089447.html

 9月になってもまだ就職先が決まらない大学生の数が、卒業予定者数の3割を超え今年は過去最高になるようである。…しかし日本の大企業が採用数を減らしているかというとそうではない。今や日本の大企業は海外で外国人を積極的に採用しているのだ。筆者はこの傾向は今後も変わらないと考えているし、また日本の企業が積極的に海外採用することはすばらしいことだとも思っている。…日本企業はいちはやくグローバル化し、熾烈なアジア市場のなかでの競争を勝ち残っていかなければいけないのだが、それには優秀な若いアジア人を雇い彼らの力を最大限に活用していかなければいけないのだ。…
…そもそも日本の学生に魅力がないのだ。日本人は大学入試まではかなり勉強するし、実際18歳時点での日本人は諸外国と比べても相当に知的能力が高いと思われる。しかしその後は、ほとんどの日本人は全く知的訓練を受けることなく大学で無為に何年も過ごすことになる。とりわけ文系学部の大学教育は目を覆いたくなるほどひどい状況だ。筆者も日本のいわゆる一流大学の学生を面接することがよくあるのだが、たとえば経済学部の学生に基本的な経済に関する質問をしてみてもほとんどの学生が満足に答えることができない。
…ほとんどの大学生にとって大学の授業や試験は無駄なものであり、卒業証書を貰うための必要悪でしかない。…
 高校卒業までの日本の教育が諸外国と比較してもまともなのは、大学入試というわかりやすい評価軸があるからだろう。一流大学に何人合格させられるかを、日本の高校も予備校も競っている。このような明確なモノサシがあるために、自然と学校側に競争原理が働き、規律が守られているのであろう。…
 一方で日本の大学の教育が貧しいのは、そもそも出口である企業側が大学教育に何も求めてこなかったことの当然の結果なのだ。大学で勉強しても、それが就職で有利にならないのだったら、いったい誰が無駄な勉強などするのだろうか。日本の企業は、むしろまっさらな学生を採用して、自社の社内教育で鍛えていくことを好んでいた。だから大学の成績などまるで気にしていなかったのだ。
 しかしここ数年、こういった日本の企業の考え方が急速に変わってきた。日本の企業に長い時間をかけて社内で新人を教育する体力がなくなってきたこともあるし、グローバル化の流れの中で社内教育に多大なコストをかけた日本人を海外に転勤させるのではなく、現地で最初から優秀な人材を採用したほうが効率がいいことがわかってきたからだ。日本の企業もどんどん多国籍企業になろうとしているのだ。その結果、日本の学生は突然のようにアジアの優秀なハングリー精神あふれる学生と競争させられることになった。
…知的能力に乏しい日本の学生に、日本の企業は突然のようにノーを突きつけるようになったのだ。この傾向は今後も変わらないだろうし、アジアの学生との競争はますますはげしくなっていくだろう。また日本の大企業は海外採用を増やし、外国人を上手く組織に組み込むノウハウを蓄積していくだろう。要するに、日本の学生の就職氷河期というのは景気の悪化による一時的なものではなく、今後も恒常的に続いていくものなのだ。日本の学生の就職「超」氷河期は終わらないのだ。
 しかし長い目で見れば、日本の学生が就職できないというのは日本にとっていいことかもしれない。大学教育の出口の部分が変わったことによって、大学生が知的訓練を積むことにより真剣になるし、大学側もよりよい教育機会を提供するという競争にさらされるからだ。そういう意味で今の大学教育は今後の大きな変化の前の過渡期なのかもしれない。筆者は日本の大学教育がよい方向に変わっていくことを切に願っている。
http://agora-web.jp/archives/1089447.html

大学教育に対する評価はhamachan先生のそれ(たとえばhttp://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-b43f.html)と似ているなとか、大学入試に対する評価は以前取り上げた(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100526#p3城繁幸氏の見解(http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/69f8869bcdd1d16c6b536b4bc4addba9)と通じるものがあるななどと思ったわけですが、後者についてはそれもそのはず、エントリの最後にある「参考資料」へのリンクの中に城繁幸氏のブログの別のエントリ(http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/s/%B3%A4%B3%B0%BA%CE%CD%D1)が含まれています。今回は相当に参考にされている、というか、かなりの部分パクリです。池田信夫先生を含めたお三方でなにかと使いまわしておられるようですな。ということで城氏のエントリもあわせてご紹介しますと、

 文藝春秋7月号、パナソニック大坪社長の「わが打倒サムスンの秘策」がなかなか興味深い内容なので一読をおススメする。
 特に興味深かったのが、同社の新卒採用方針について触れた部分。
 来年度新卒採用1390人のうち海外採用1100名というのは既報だったが、290人の国内枠というのは日本人枠というわけではないらしい。

 日本国内での新卒採用は290人に厳選し、なおかつ国籍を問わず
海外から留学している人たちを積極的に採用します。

 このことは、現在の就職氷河期が一過性のものではなく、もはや永続的なものだということを示している。リーマンショックと共に円安バブルも崩壊し、それまで辛うじて維持できていた日本型雇用が詰んでしまったので、とりあえず入口から切り替えますねということだ。景気回復しても国内の雇用は大きくは増えないだろう。
 もっとも、これは日本人として喜ぶべきことだ。なぜって?
 「自国企業がより優秀でグローバルな人材を採ります」と言ってくれているわけだから、とっても合理的な経営判断だと言わざるを得ない。
 「私たちはどうなるんです?」と不安に思う人もいるだろうが、答えは一つしかない。
 中国や韓国の若者たちに負けないように一生懸命努力する、ただこれだけだ。
 企業と個人の両方が努力すれば、その国は力強く成長するだろう。
 後者が変われなければ、前者は国を捨てて出ていくだろう。
 「雇用を守れ」と左派が泣きわめいても「日本人を雇え」と保守がぶいぶい言っても、あるいは左右が共闘しても、この流れは変えられない。
 政府が出来るのは、規制を緩和してそれぞれが全力で頑張れるような環境をお膳立てすることだけだ。

なんでしょうかねぇ、読んでみての第一感としてはあなたがた若い人の就職が決まらないのがそんなにうれしいんですかという印象を受けるわけですが、そうでもないのでしょうかねぇ、そうでもないのでしょう。とりわけ城氏は若者の味方ということになっているようですし…。
それはそれとして、お二人とも「アジアの優秀な若者」が日本の労働市場流入するから「知的能力の乏しい日本の学生」はそれに押し出されて、景気が回復しても就職超氷河期は続くだろう、という推測をしていますが、でもそれって何人入ってくるんですか。いや実際日本の大企業で働いている「アジアの優秀な若者」というのはいますし増えているでしょうし、実際私の半径10メートルくらいのところにも数人いてたしかにとてつもなく優秀ですが、彼ら彼女らは祖国の労働市場でも上澄み中の上澄み(?)であって、日本の大多数の学生が彼ら彼女らに「負けないように一生懸命努力する」ことを求めるのはあまり現実的な話ではありません。さらに、じゃあ大企業の管理部門や技術部門以外のところにどれほどいるのかというとそんなにはいないでしょう。ということで、もちろんそういう人はたぶん今後さらに増えるだろうとは思いますが、しかし景気変動に伴う採用の増減に較べたら微々たるものであることも容易に想像できます。パナソニックの社長さんが留学生を積極的に採りたいと言っているとのことですが、当然ながら社長さんはそういう景気のいい話をするものであって、現実にどれだけやるかはまた別問題ですよねぇと私のような実務家は思うわけです。結果3割とか4割とかになるとは思えませんし、仮にパナソニックさんはそのくらいやるつもりだとしても他の企業もそうなるとは到底思えないわけで。たしかに、パナソニックさんに限らず多くの業種では国内のマーケットは今後あまり伸びないでしょうから、国内の雇用もそれほど大きく増えるという展開にはなりにくいでかもしれませんが、景気が回復して採用が増えたときにその増分がすべて海外留学生になるなんてことが起こるわけもありません。
でまあ、パナソニックさんにしても「アジアの優秀な若者」を採用するのはもっぱら現地法人で働く現地人なわけで、これは間違いなく増えていくでしょう。ただ、藤沢氏は「グローバル化の流れの中で社内教育に多大なコストをかけた日本人を海外に転勤させるのではなく、現地で最初から優秀な人材を採用したほうが効率がいいことがわかってきたからだ」というわけですが、まあそういうこともあるにせよ、そうしないと現地で許してもらえないという事情もかなり大きいわけです。進出して間もない頃ならともかく、いつまでも要職を日本人が占めていたのでは現地の理解は得られないわけで。
さて、それはそれとして、お二人とも「自国企業がより優秀でグローバルな人材を採ります」というのが「日本人として喜ぶべきこと」といったことを書かれているわけですが、企業が国内の外国人雇用を増やすことが喜ぶべきことかどうかは慎重に考える必要があります。実際、たとえば日本企業が米国の現地法人に日本人を派遣しようとした時に、そうそう簡単に就労ビザがおりるわけではない、というのは米国法人のある企業の人事担当者には常識でしょう。幹部や専門職などの良好な雇用機会であればあるほど、「米国人では充足できないのか」を審査され、どうしても日本人を派遣する必要があるのだ、ということを証明しなければならないといわれます。これは当然のことで、外国人が良好な雇用を得ればばその分自国民の良好な雇用機会が失われますし、また外国人が高額な収入の一部を本国に送金することは自国経済にとっては損失となりやすいなど、国益を損ることにつながるからです*1。こうした政策は多かれ少なかれ先進諸国に共通で、わが国だけが外国人雇用を増やすことに寛大な政策をとる必要はありません。
というか、すでに日本はおそらく外国人が良好な雇用機会を得るにあたっての法的な制約が最も少ない国のひとつだと思われます。それでもこれまで格別の問題提起がなかったということは、とりもなおさずまだ海外の優秀な人材を受け入れるメリットのほうが国内労働市場への悪影響のデメリットより大きかったというころであり、少なくともこれまでは「外国人が日本人の良好な雇用機会を脅かす」「アジアの優秀な若者が日本人大学生の就職先を奪う」ということがあまり起きていなかったということでしょう。まあ、今後どうなるかはわからないといえばわからないわけですが、1年ちょっと前にも外国人高度人材をもっと受け入れよう、留学生をもっと採用しようといった提案が政府サイドから出ている(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/jinzai/dai2/houkoku.pdf)わけなので、当分は心配ないと思われているのでしょう。まあ、あれはあれで、日本人の雇用への悪影響に対する配慮がやや欠け過ぎている感があって気にはなるのですが…。
なお大学教育については、また同じようなことを書くことになりますが、藤沢氏は「経済学部の学生に基本的な経済に関する質問をしてみてもほとんどの学生が満足に答えることができない」と「知的水準の乏し」さを嘆いておられます*2。とはいっても、では難関大学で金融論の講義をまじめに聴講して「優」をとった人がすぐに国際金融の現場で使えるかといえばそんなことはないのではないかと思うのですがどんなものなんでしょう。むしろ、難関大学で体育会やってた学生なんかの方が、適応力や耐久力に優れていて国際金融の修羅場に強かったりして?まあこのあたりは門外漢の私にはわからないのですが。いずれにしても、企業は「大学教育に何も求めてこなかった」のではなく、成績表に並んだ優の数(もそれなりに見ているとは思いますが)とは異なるものをより多く求めていたということだろうと思います。

*1:ちなみに「自国民がやりたがらない仕事」に外国人を雇用したいとの要望もあるようですが、これは国内の労働条件の改善を阻害するとか、社会的統合にともなうコストが発生するとかいった別の問題が発生します。

*2:そもそもこれが本当かどうかが私にはかなり疑わしく思われるわけですが。まあ、これが藤沢氏のような国際金融のエキスパートにとっての「基本的」だとすれば学部生がなかなか満足に答えられないのも致し方ないでしょう。