水月光庵[sui gakko an]

『高学歴ワーキングプア』著者 水月昭道 による運営
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第一話:修士は地獄の三丁目

2010年07月10日 | 庵主のつぶやき
□□09月16日までの限定でお届けします(毎週土曜日+α更新)□□
これは、私がまだ大学院生だった頃、日々のストレスのはけ口として、当時運営していたHP上で綴っていたものです。データを整理していたら、たまたま出てきたため、再活用できないかと検討してみました。

見直してみると文章の荒さが目立ちましたが、一般の人たちに、我が国の大学院の現状を知ってもらうには、もしかすると、こういうテキストのほうが楽しんでもらえるのかもしれない、と思った次第です。そんな訳で「恥をさらしてみるか」と腹をくくってみました。テキストには手直しを入れ、少しはマシにしてみたつもりです。

今月発売予定だった『ホームレス博士(仮)』(光文社新書)が9月16日にずれ込んだこともあり、お詫びの気持ちを込めまして、発売日までの二ヶ月間限定という形で恐縮ですが毎週土曜日に更新したいと思います。

では、さっそく、第一話から以下に復活。ご笑覧ください。
□□なお、この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。□□


第一話:修士は地獄の三丁目  



皆さんは、大学院と聞いてどんな所を想像するだろうか。


 


バリバリと研究する人間が大勢いる、活気にあふれた風景? 
 

それとも逆に、コンクリートに囲まれ、暗くじめっとした実験室の様子?  

はたまた、よくわからない危険物をいっぱい扱っているところとか。。 
 
 

いや、それよりも、そこにいる人間のほうが ごにょごにょ・・


 
 
 
まあそれはいいとして、
いろいろとイメージを膨らませているかもしれない。


 
 

じゃぁ、実態は?というと。。。


 

・・・無言。。


 
 
 


あえて一言つぶやくならば、地獄。 
 


もう少し丁寧にいうなら、「日本の大学院生ほど、惨めな存在はない!?」 となります。

間違いなく、アカデミック・ワールドに生きる誰もが頷く事実です。



学卒で就職した者と、大学院に進学した者との間に開く「生活の質の差」は、目を覆うばかりです。 なぜでしょう?


 
 

大学院に進学してしまった、サカシタシンジ君に密着しながら院生ワールドをのぞいてみたいと思います。


 
 

時は2000年春。サザンオールスターズが「TSUNAMI」をリリースし、新潟少女監禁事件で社会に衝撃が走り、「神の国」発言(失言)をしてしまう総理が誕生し、Qちゃんこと高橋尚子さんがシドニーオリンピック女子マラソンで金メダルをとる年です。シンジたちは卒業式を迎えていました。同期の連中のほとんどは、四月から社会人になります。長引く就職氷河期にもかかわらずなんとかゴールを決めたのです。が、シンジだけは適いませんでした。しかし、シンジは今、とても誇らしげな顔をして式に臨んでいました。就活に失敗し、教授に相談しに行ったあの日の情景を懐かしく浮かべながら。

スリットガラスの隙間から奥の様子をうかがい部屋をノックすると、教授は、窓際の大きな椅子から立ち上がって、わざわざ扉を開けにきてくれました。その姿を思い出す時、シンジはいつもあの日と同じ感動に身体が震えてきます。

じっと目を閉じると今でも、最初に頂いた教授からの言葉が胸の奥底から蘇ってくるほどです。





「君は民間に就職するより研究職のほうが向いているよ」






傷ついていた誇りが一気に回復した瞬間でした。

「そうか、俺は研究肌なんで通らなかったんだ」


思い出すのも嫌になっていた就活での失敗も、教授の発した魔法の呪文で全てがリセットされました。


「研究の世界で名を上げるのも悪くないな」


ノー天気なシンジは、教授が思い描く裏の意図になにも思いを致すこともなく、ただただ感激し、その後の生活に夢さえ抱くほどでした。


こうして、シンジの大学院生活の幕が上がりました。

しかし、どこの世界でもそうですが、新入りが描くバラ色の風景が本当に広がっているようなところなど無いのが現実です。大学院というところは上下の関係も厳しく、シンジなどのヒエラルキーの一番下っ端にいる修士生にとっては、下働きの毎日がひたすら続きます。

教授は日々、さまざまな雑用を投げてきます。
「コピー三〇〇枚ね」とか、「あの絶版本、何とか仕入れておいて」、「最新のパソコン買ったんだけど設定がわかんないんだ。見てくれる?」といった類のことは普通で、「今度引っ越しするんで、よかったら来て」などと、断れる選択肢などないのを知ってか知らずか、私用にも引っ張り出されます。院生などまさに使用人なのです。

こうした〝仕事〟の一切は、教授が気が置けない間柄になっていると(勝手に)信じている、博士課程の誰かのところに行くのが普通ですが、彼らは大抵「研究に忙しい」という理由で、下の人間に押しつけてきます。

「○○の研究報告書、そろそろ準備しないと危ないんで後よろしく」などと、彼らは彼らで研究キャリアがなければ出来ないような仕事を割り振られているため、それ以下の些末なことに関わっている暇などないわけです。

マスターは奴隷なのです。彼らに「ノー」の選択肢はまずあり得ません。
しかし、教授のタイプにもよりますが「ちょっと酷かったかな」、と良心が若干痛んだと見られるケースもたまに見受けられ、普段はただ働きなのですが時折バイト扱いの仕事に〝昇格〟したりします。

時給850円くらいをもらうのですが、よくよく考えてみるとその1000倍近くの金授業料という名目で納めさせられているのですから、これほど割に合わない話もありません。




これではぼったくりバーと同じレベルです。




シンジは、自分が「何でも屋」になったみたいで、うんざりしていました。
「おかしい。俺は研究者になるために大学院に来たのではなかったのか。これでは、単なる丁稚だよ。教授は俺のことを見込んでくれて誘ってくれたはずなのに、入院した後はなぜかなにも指導してくださらない。先生は放置プレイがお好きなのだろうか・・」

日ごとに落ち込むばかりの気分をどうにかしたいと、シンジは旧友を誘って飲みに出かけることにしたのです。 



つづく



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