贅沢な生活から必ず利点が得られるわけではなく、得られるものが減少していくこともあるということについて、デイビッド・ブルックスは『New York Times』紙に優れたコラムを書いている。
われわれの社会は幸福を追求しようとしているが、そこにはパラドックスがある。2002年のノーベル経済学賞を受賞した米国の心理学・行動経済学者ダニエル・カーネマンは、数十年にわたって幸福を研究してきた成果を、次のように総括している。「幸福とは、自分の愛する人、自分を愛している人とともに時間を過ごすことだと言っても、あながち言い過ぎではない」。
しかし問題は、われわれがこの原則に従ってお金を使うわけではないということだ。われわれは、ロレックスの時計やルイ・ヴィトンのバッグ、プラダのTシャツといったものにお金を費やしたがる。
「U指数」(U-index)というものがある(Uは「unpleasant(不快な)」「undesirable(好ましくない)の略)。以下は、米国中西部のある都市に住む女性1,000人余りを対象にした調査の結果だ。
子どもの世話のU指数には複雑な要素がからむため、ここは通勤時間に焦点を絞ろう。通勤は最も不快な行動のように見えるが、注目すべきは、この調査結果は単にラッシュアワーの苦痛を証明するだけではないという点だ。
スイスの経済学者ブルーノ・フライとアロイス・スタッツァーは、「通勤パラドックス」(commuting paradox)と彼らが呼ぶ傾向を明らかにした。それは、人は住むところを選ぶとき、長い通勤時間の苦痛を過小評価するというものだ。
つまり、たとえ45分余計に通勤時間がかかっても、部屋数が多く芝生の庭も付いた郊外の家に住めば幸せになれると人々は考えがちなのだ。しかし実際には、長い通勤時間はそれに見合うものではないということがわかってくる。フライ氏とスタッツァー氏の計算によると、通勤に1時間を要する人の場合、職場に歩いて通える人と同程度の満足度を得るためには、その人よりも40パーセント多くお金を稼がなければならないという。
それなのに、われわれの通勤時間はどんどん長くなっている。『New Yorker』誌の記事を引用しよう。
われわれには、お金を適切に使うということが難しいようだ。さらに、富を得て、贅沢な暮らしをするようになると、天気の良さや冷えたビール、チョコレートなどといった「日常の些細な喜び」を味わう能力が低下するという研究結果も存在する(日本語版記事)。
TEXT BY JONAH LEHRER
TRANSLATION BY TOMOKO TAKAHASHI/HIROKO GOHARA/GALILEO