Apple社はなぜクラウド・サービスが苦手なのか

米Apple社のクラウド・サービス挑戦は『iCloud』で4度目となる。同社がこの分野が苦手な理由を、米Google社と比較しながら分析する。
Apple社はなぜクラウド・サービスが苦手なのか

Timothy B. Lee

Apple社は『iCloud』を発表した(日本語版記事)が、同社のクラウド・サービスがうまく動くかどうかについては懐疑的な意見も多い。

歴史的に見ても、Apple社が商業的なクラウド・コンピューティングのサービスに挑戦するのは、『iCloud』で少なくとも4度目となる。これまで同社は、2000年に『iTools』、2002年に『.Mac』、2008年に『MobileMe』を登場させた。しかしMobileMeではメールが失われたり、同期がうまく行かないなどの問題が頻発した(日本語版記事)。iToolsや.Macも成功したとは言いがたい。

Apple社がスケーラブルなオンライン・サービスを作るのが苦手であるのは偶然ではない。同社の企業文化は、中央集権的で製品開発をデザイナーが主導するというものだ。これはユーザーが使いやすい優れた製品を生み出しているが、信頼性のある高速なオンライン・サービスを生み出すには、脱中心的で、エンジニアが主導する企業文化が必要なのだ――米Google社のような。

Apple社はずっと、何よりもユーザーインターフェース(UI)の会社であり続けてきた。優れたUIは、ユーザー側の注意の負担を少なくして、無意識的な記憶を活用する、十分に設計され一貫した最小限のインターフェース要素で成り立っている。例えば初代のiPodは、テクノロジーという点では大きなブレイクスルーではなかったが、そのユーザー体験は、当時市場にあったほかの音楽プレーヤーをはるかに上回っていた。同社では、必要のない機能を削除することは、新しい機能を付け加えることよりしばしば重要になる。ひとつのボタンしかないiPhone、ボタンのないMacBookのトラックパッド、古くなったポートをアグレッシブに削除するMacの伝統などにその方針は表れている。

Apple社のUIにおける成功は、デザイナーを中心とした同社の企業文化によって可能になっている。ジョン・スカリー前CEOは、Apple社の製品開発プロセスで最も影響力を持つのはデザイナーたちだと述べたことがある。ひとりのデザイナーが製品開発全体をコントロールすることで、デザインが統一され、ユーザーが使いやすい美しい製品が生まれているのだ。

一方、米Google社のフラッグシップ製品には、ほとんどUIというものが存在しない。検索エンジンは、テキスト列を入力するとURLが出力される数式のようなものだ。同社は検索市場に参入したとき、UIで差別化しようとはまったく考えなかった。同社は、インデックスの幅広さと検索速度と検索結果の関連度で、自社を差別化したのだ。

Google社の検索エンジンやその後のさまざまな製品の成功は、同社のスケーラビリティへの執着によるところが大きい。そして同社の組織と企業文化は、スケーラビリティのあるシステムの構築に最適化されている。Google社は、決定を下す権限を与えられたエンジニアによる、自律的な小さなチームから成り立っており、中央からの監視は最小限だ。同社のマネージャーたちの部下は数十人という規模で、たとえ望もうとも強い干渉はできないようになっている。

Google社のマネージャーは、部下がやっている内容について詳細を知ることよりも、パフォーマンスを評価する定量的測定を重視する。ページの読み込み時間、ダウンタイムの割合、クリックスルー率など、同社はあらゆるものの統計をとり、その数字の改善に執拗に取り組む(同社では、おやつのスナックさえ、利用パターンや嗜好調査が分析されていることは有名な話だ)。

Google社の分散的でデータ重視の組織運営方針は、製品全体に統一的なUIのビジョンを持つ権威者がいないことにつながり、しばしば雑然とした凡庸なUIが生み出される。しかし、この方針があるから、Google社は信頼性のある高速なオンライン・サービスの提供に必要な複雑なインフラの構築と維持管理に強いのだ。スケールに応じてクラウド・サービスを動かすには、大量の技術的な細部を慎重に配慮することが求められるが、こういった情報は、ひとりの人間にとっては扱う数が多すぎて、理解するどころか認識することすら難しい。

またインプロビゼーション(即興)も重要だ。ローンチ前にどんなにテストをしようとも、ネットワーク・サービスにスケールの問題があることを把握することは難しい。このためエンジニアは頻繁に、即興による対処を求められる。利用が増えたり性能のボトルネックが見つかったりしたら迅速に調整するのだ。Google社では、「下っ端」の社員でも、社の(あるいは世界の)誰かが気づくよりさきに、持ち場で問題を修正することを求められている。そのための自由とリソースが、同社のボトムアップ型の組織では社員に与えられているのだ。

対照的にApple社では、発売前に製品を完璧にするため、何回もテストが行われる。これは製品開発には良い方法だが、ネットワーク・サービスには不適だ。複雑なオンライン・サービスが実際にどう稼働するかを把握できているマネージャーは誰もいない。どんなに内部テストを行っても、実際に大量のユーザーが利用したときの様子を再現することはできないのだ。

企業文化というものには影響力があるし、それは非常にゆっくりとしか変化しない。どの企業にも、得意な分野と不得意な分野がある。Apple社はユーザー・フレンドリーな製品を作ることが得意だし、Google社はスケーラブルなネットワーク・サービスを作ることが得意だ。モバイルOS市場の支配をめぐる競争は、究極的には、このふたつの分野のどちらが、一般ユーザーにとって価値があるかによって決まってくるだろう。

スティーブ・ジョブズCEOは、同社がノースカロライナ州に作った巨大なデータセンターによってクラウド・サービスは今度こそ成功すると考えているかもしれない。しかし同社には、ジョブズCEOが35年間にわたって築いてきた企業文化の美点と欠点がある。われわれとしては同社が成功することを望むが、iCloudのパフォーマンスや信頼性に問題が生じても驚くことはないだろう。

WIRED NEWS 原文(English)

[日本語版:ガリレオ-緒方 亮/合原弘子]