Vol.3「ソーシャルグラフがコンテンツ流通を加速させるワケ:ソーシャルグラフ×レコメンドは、次代の検索エンジンである」
あらゆる場所と人々がつながったいま、インターネットを利用するということは、ただ検索や買い物、情報発信のためだけではなく、社会そのものを変える可能性にも満ちている。
実際に、新しい産業が生まれ、旧来の産業のなかには価値転換を迫られているものもある。あまりにも変化の速度が激しいため、我々自身がその状態に適合する術を知らない。
本連載ではインターネットを介在させることで、これまで見過ごされてきた価値や経験などのヘリテージ(財産)を、新しい未来へとどう接続し直していくのか、コミュニケーションやメディアの変遷を通じて探ってみたい。
例えば、それは筆者のフィールドであるメディア産業を軸に、金融、製造など、多岐にわたる分野で起きつつあることを取り上げながら、新しい環境に我々が適合するためのヒントを探っていきたい。
調査協力:丸山裕貴
私が解文を寄稿した書籍『フェイスブック 若き天才の野望』(デビッド・カークパトリック著 翻訳 滑川海彦, 高橋信夫/日経BP)に、創業者のマーク・ザッカーバーグが自ら生み出したサービスの無限の可能性に気づく瞬間が記述されている。
ビル・ゲイツがすべてのアプリケーションはひとつのOSのもとで稼働すべきだと気づいた瞬間、あるいはグーグルのサーゲイ・ブリンとラリー・ペイジが検索結果を広告プラットフォームに紐づけられると気づいた瞬間に並ぶ、"世紀の発見"として紹介されているその瞬間とはなにか。
ザッカーバーグの発見は、フェイスブックがつくった写真投稿アプリの爆発的人気に端を発する。その写真投稿アプリはネット上に存在する多くの写真共有サービスに比べたら、最低限のことしかできない。特に高解像度の写真が保存できるわけでもなかった。なのに、なぜかフェイスブック・ユーザーはそれに夢中となり、アクセスの伸張に貢献した。
写真投稿以外にもイベントを告知するアプリケーションも高い人気を誇っていた。ザッカーバーグは、そこにどんな秘密を見てとったのだろうか。
「それは、山ほどの欠点があっても、ひとつだけほかにないものがあったから。それは、ソーシャルグラフとの融合だった」。これはザッカーバーグの分析だ。ソーシャルグラフというのは、人間の関係性を可視化したグラフのことだ。それは節と枝から成る。ザッカーバーグは次のように続ける。
「いろいろ考えた末、フェイスブックの核をなす価値は、友だちとの一連のつながりにあるという結論に達した」
「ウチには、時代で最強の配信機構がある」
そう、ここに今日のソーシャルメディアを考察する際に、とても重要なカギがある。わたしはこの一節が忘れられなかったが、同時にマーク・ザッカーバーグほどの確信がもてずにいた。
他愛もないアプリなのに、それがなぜフェイスブック内だと爆発的に普及するのか。単体では目新しくもなく、貧弱な機能しかもたないサービスが、友だちとの関係性のうえに載せた途端、水を得た魚のように動き出す。その魔法はいったいどこから生まれるのだろうか。
写真投稿について、たとえば、写真を閲覧する機能よりも、タグ付けという行為に重要性があるのかもしれない。タグ付けとは、友だちの名前を自分が投稿した写真に付与することだ。名前を入れると、その名前を入力された自分の友だちに知らされる。友だちと開いたパーティーで撮影した愉快な写真を掲載した後には多くのタグが入力され、友だちがその画像を閲覧する。そこでは、写真に関する機能はさほど重要ではない。あくまでコミュニケーションのための"ネタ"でしかない。高解像度であることに、あまり意味がない。
タグ付け以外にも、コメント入力やフェイスブックでおなじみの「いいね」ボタン、そして、それらが瞬時に告知されるリアルタイムフィードなど、複数の機能が重なった結果、人々は写真投稿に夢中になったのかもしれない。
それは、なんとなく頭で理解したものの、あまりにも単純明快すぎて、どうにも腑に落ちなかったというのが正直なところだ。しかし、それはCausesを見て納得することになる。
ソーシャルグラフの波に乗るためのコンテンツ最適化
Causesというのは、前回の特別寄稿「日本のメディアが変わった10日間 小さなメディアの大きな力」でも触れたが、マーク・ザッカーバーグの右腕として活躍したショーン・パーカーが共同創業者となる社会貢献のためのソーシャルメディアだ。
ネットを通じて無数の人たちから小口の寄付を集めるクラウド・ファンディングを使い、多くのNPOが寄付を集めている。寄付だけではなく、労働力を求めたり、教育や啓蒙活動のために動画を告知し、市民活動のためのプラットフォームとして機能する。Causesによれば、現在1億4000万人のユーザーを抱え、3000億ドルの寄付を集め、ユーザーにより50万もの基金創設や寄付の呼びかけなどが行われている。
実はこのCauses、フェイスブックのアプリとしても提供されていて、そちらを自分のホームに読み込むと、単体のウェブサイトで見たCausesの印象は一変する。まさにソーシャルグラフにこのCausesの機能とコンテンツを乗せた瞬間、それは圧倒的な力を見せつける。
Causesを自身のフェイスブック内のホームで閲覧してみよう。
そこに、すでにCausesのメンバーとして登録している友だちの一覧が見える。そして、その友だちがこのCauses内で何をしたかが一目瞭然なのだ。
たとえば、あるNPOが虐待されたペットを救済するための寄付を呼びかけているとしよう。するとわたしの友だちA氏がそのために寄付をしたり、誰かまだメンバーでない友だちを勧誘したことがすべて可視化される。
そして、Causes内の行動がランキングされるのだ。募金をした人、もっとも友だちを勧誘した人、あるいは動物虐待の現状を訴える動画へのリンクを友だちに教えた人など、各活動内容別にランクされ、その友だちをまた評価したりすることもできる。
このCausesが通常のウェブサービスのまま存在しているのと、フェイスブック内のソーシャルグラフに載っているのとでは意味がかなり違ったはずだ。Causesのもつコンセプトとソーシャルグラフがもつダイナミズム(クチコミや行動の連鎖など)との組み合わせが、Causesをいままで見たことのない新しいウェブサービスに変えていると、わたしは直感した。
人を引き込むためにはインターフェイス・デザインもさることながら、共有に繋がる「共感」と「誰がどのように行動しているのか」というアクティビティ(活動)の可視化が必要なのだ。そして、それを満たすものをソーシャルグラフに乗せた途端、そのサービスの価値が最大化されるのだ。
Causesのようにフェイスブックのソーシャルグラフに乗って、真価を発揮しそうなアプリはほかにないだろうか。
ソーシャルゲームで知られるジンガのシティビルを代表とする一連のアプリなども、たしかにソーシャルグラフで機能するものだが、ゲームがソーシャルグラフの波に乗って友だちを次々と中毒にする理由はわかりやすい。むしろ、Causesがそのようなソーシャルゲームのように設計されている点に注目すべきだろう。
以下にいくつかソーシャルグラフと相性が良さそうなアプリを紹介してみる。
ルートミュージックという会社が提供する「BandPage」というソーシャル・ミュージック・プレイヤーがある。アクティブ・ユーザー数は月間2100万人以上を誇る。
こちらはフェイスブックやツイッターと連動しつつ、楽曲はもちろん、ライブの予定、バンド・プロフィールなどが簡単に配信でき、さらに視聴したら動画をフェイスブック内のほかの友だちに推薦したり、楽曲をiTunes経由で購入することができる。これもまた、ソーシャルグラフを強力な推薦エンジンとして使った好例ではないだろうか。
実際にフェイスブック内で使われている例:Jason Mraz
米、英、カナダでルームシェアのパートナー募集や部屋を提供したい人をつなぐ大規模サービス「Roomster」もソーシャルグラフと相性が抜群のアプリだ。20世紀には考えられなかったことが、ここでは実現されている。
ほかに就職活動を支援する「In the Door」もある。これはフェイスブック内の友だちを経由し、求人募集をしている企業と求職中のユーザーをマッチングさせるアプリだ。たとえば、A社が求人しているとしよう。もしあなたのフェイスブック上の友だちがそのA社に勤めているならば、アプリ内でその一覧が表示される。
たとえば、あなたがA社に求職を希望しているのなら、勤めているその友だちに口利きを依頼できたり、あるいはその会社の社風についてなどを尋ねることができる。通常の求人サイトと決定的に違うのは、ここに自分のソーシャルグラフに分布する友だちが介在し、あなたの求職活動を支援するという点だ(必ずしも支援されるかどうかは、あなたとその友だちの関係性によるが・・・)。
これがザッカーバーグの気づいた秘密なのだ。それは、検索エンジンを介さずとも情報の取得ができるという新たなウェブ上の情報チャンネルの発見だ。それは、知人・友人からの推薦である。
冒頭に述べたザッカーバーグの言葉〜「ウチには、時代で最強の配信機構がある」というのは、つまり自分の友だちによる強力な推選チャンネルのことだ。この連載ですでに触れているが、ソーシャルグラフでは友だちが検索エンジンならぬ、推薦エンジンとなり、膨大な情報のなかから取捨選択をしてくれる。そして、そのソーシャルグラフの波に乗って運ばれてくるものは、検索エンジンで見つけた関連性の低いコンテンツとは違い、あなたに適合したコンテンツなのかもしれない。