2011.03.22
# 雑誌

「ジャスミン革命」中東を揺るがす一人の男

独裁打倒のデモ現場で読まれている「指導書」、その著者とは・・・
〔PHOTO〕gettyimages

 中東発の反政府デモに、陰の理論的指導者ともいうべき人物がいた。現地の人々が勉強会まで開いて熱心に読む指導書をまとめたのは、生涯を非暴力革命の研究に捧げた老アメリカ人学者だった。

取材・文:松村保孝(ジャーナリスト)

101ページの脚本

ジーン・シャープ氏〔PHOTO〕松村保孝

 エジプト・カイロの中心部に位置するタハリール広場で、民主化要求デモが繰り広げられた時のことだ。

 デモの参加者の一人が、ドキュメンタリーフィルムの制作スタッフ、ロリー・アロー氏に対し、民主化運動を成功させるための198の方法が記載された文書のコピーを誇らしげに見せた。そして、ここエジプトではそのうちいくつ実行されたか、語った。

「それを作ったのは実はアメリカ人なんだよ」

 アロー氏がそう教えると、この参加者は次のように反論したという。

「これはエジプト人の革命なんだ。アメリカ人に教えてもらおうとは思わない」

---BBCニュース中東(2月21日)が伝えた報道の一部である。

 いま、アフリカや中東諸国のデモ現場で、民主化運動のノウハウが詰まった「指導書」ともいうべき小冊子が、急速に広まっている。

「独裁制から民主制へ」の英語版の表紙

 そのタイトルは『独裁制から民主制へ』。著者はマサチューセッツ大学名誉教授で、非暴力革命の手法を研究するNPO「アルバート・アインシュタイン研究所」を主宰するジーン・シャープ氏(83歳)である。

 この指導書は「独裁制を直視する」「交渉の危険性」「権力の源泉」「独裁者の弱点」といったテーマごとに分類された全10章で構成され、表紙などを含めても全体でわずか101ページに過ぎない。

 しかしながら、刊行以来、30を超える言語に翻訳され、各国語版のダウンロード総数は月平均4000に達し、その数は今年に入って爆発的に増えている。エジプトの現地活動家が民主化デモの方法を学んだ理論家としてシャープ氏の名前を挙げている、とニューヨークタイムズが報じた2月13日には、

「たった数時間で8000以上ものダウンロードがあった」(アルバート・アインシュタイン研究所常任理事のジャミラ・ラキブ氏)

 という。

 同紙は、「シャイなアメリカ人学者が革命の脚本を創った」と題する続報を伝え、

「チュニジア、エジプト両国の活動家たちの頭から、『独裁者の弱点を衝け』というシャープ氏の言葉が消える事がなかった」

 という現地の女性活動家のコメントも紹介している。

 誰かがダウンロードした『独裁制から民主制へ』がコピーされ、それをまた誰かがコピーしたものを手にデモの現場に駆けつける・・・。こうしたことが繰り返されているため、冒頭のエジプト人男性は指導書の著者が誰なのか、わからなかったのだろう。いずれにせよ、デモの現場で指導書がいかに出回っているかを示唆する、象徴的なエピソードといえる。

〔PHOTO〕松村保孝

 米国・ボストン東部。レンガ作りの古びた住宅街の一角に、シャープ氏を訪ねた。

 白髪でやや猫背のシャープ氏はにこやかに筆者を迎えてくれた。インタビューは書斎で行われ、一連の民主化デモをどう分析するかと尋ねると、シャープ氏はゆっくりとした口調でこう答えた。

「リビアの場合、政権がいまだ軍をコントロールしています。当初、デモ参加者の多くが非暴力を貫いたチュニジアやエジプトとは違い、国家の武器に民衆も武器で対抗する今のリビアの展開は、私の非暴力闘争の考えから逸脱しています。状況は非常に厳しく、事態は非常に流動的です。

 連日、CNNなどのニュース番組では独裁者のカダフィ大佐の過激な言動が取り上げられていますが、それを見る限り、もはやまともな精神状態にあるとは思えません。軍事クーデターか、外国からの軍事介入か、それとも天安門事件のような大虐殺か。いずれの可能性も今後ありえます」

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