では、35歳世代が感じる生活の苦しさは、いったい何に起因するのだろうか?

前回の続きです。
「35歳世代が子供の頃に両親が自分にしてくれた、当たり前だと思っていた事が、今では当たり前でなくなってきました。」という命題に対して、「35歳世代とその親の世代とで所得水準の違いがその原因ではない」ということが分かったわけですが、その裏に横たわるものが何なのかということを、だらだらと分析していきたいと思います。
今考えている仮説はこんなものです。

  • 核家族化の進行により、世帯あたりの所得が減少した。
  • 家計の支出構造が変化して、子育てに使える金額が減少した。

なお、先に注意しておくと、この分析の目的は「出生率が下がった原因は何か?」ではないので、次のような仮説は無効です。

  • 親の世代も同じように苦しかったが、将来の展望が明るかったので、子どもを産むことができた。
  • 親の世代では、子どもを産まないことに対する社会的な風当たりが強かった。

世帯の構成や収支の構成を分析するには、総務省の家計調査を使うのが便利です。ここでの分析は、すべて総務省統計局「家計調査(家計収支編) 時系列データ(二人以上の世帯) 長期時系列データ 農林漁家世帯を除く結果 18-2 1世帯当たり年平均1か月間の収入と支出-二人以上の世帯うち勤労者世帯」に基づいています。
また、物価調整に使用した物価指数は、前回と同様に、総務省統計局「平成17年基準 消費者物価指数(総合)」を用いています。

まず、1つ目の仮説を検証するために、世帯構成と世帯所得の変化を見てみたいと思います。

表1 世帯構成と世帯所得(平均月額)の変化

世帯人員(人) 有業人員(人) 世帯主の年齢 実収入(円) 同、物価調整済み(円) 世帯主給与収入(円) 同、対実収入比
S53 1978 3.82 1.48 41 304,562 442,677 254,671 83.62%
S57 1982 3.8 1.55 42.5 393,014 474,082 327,120 83.23%
S62 1987 3.77 1.62 43.5 460,613 519,293 376,242 81.68%
H4 1992 3.69 1.68 44.8 563,855 570,126 462,253 81.98%
H9 1997 3.53 1.66 45.8 595,214 579,566 487,356 81.88%
H14 2002 3.46 1.64 46.4 538,277 535,067 438,613 81.48%
H19 2007 3.41 1.65 47.4 527,129 525,552 432,897 82.12%

これを見ると、世帯人員は減少しているものの、1世帯の有業人員は増えていることが分かります。しかし、世帯主給与収入が世帯収入に占める割合は一貫して80%強とほとんど変化していないことが分かります。物価調整済みの実質世帯収入も前回の分析と全く同じ傾向を示していて、親世代に比べて減少しているということはないことが分かります。

これで1つ目の仮説は成立していないことが確認できました。

次に、2つ目の仮説を検証するために、世帯支出の内訳を見て行くことにします。

表2 世帯支出(平均月額)の内訳 その1

世帯主給与収入(円) 実支出(円) 同、比率(%) 食料 住居 光熱・水道 家具・家事用品 被服・履物
S53 1978 254,671 242,487 95.22% 23.64% 3.97% 3.68% 3.69% 6.59%
S57 1982 327,120 323,550 98.91% 21.72% 3.85% 4.66% 3.38% 5.78%
S62 1987 376,242 369,214 98.13% 19.52% 4.03% 4.16% 3.36% 5.54%
H4 1992 462,253 442,937 95.82% 18.05% 4.37% 3.91% 2.93% 5.20%
H9 1997 487,356 455,815 93.53% 16.39% 4.95% 4.28% 2.59% 4.16%
H14 2002 438,613 416,427 94.94% 16.73% 4.91% 4.73% 2.46% 3.61%
H19 2007 432,897 408,899 94.46% 16.22% 4.67% 4.95% 2.27% 3.42%

(※ 比率は世帯主給与収入に対する割合)

表3 世帯支出(平均月額)の内訳 その2

世帯主給与収入(円) 保健医療 交通・通信 教育 教養・娯楽 その他 勤労所得税 その他の税・社保
S53 1978 254,671 2.04% 6.61% 2.79% 6.71% 22.06% 3.60% 9.85%
S57 1982 327,120 1.91% 7.33% 3.05% 6.96% 22.69% 5.28% 12.29%
S62 1987 376,242 1.93% 7.99% 3.61% 6.93% 21.59% 5.76% 13.72%
H4 1992 462,253 1.97% 7.64% 4.03% 7.42% 20.80% 6.02% 13.48%
H9 1997 487,356 2.13% 8.53% 3.93% 7.04% 19.40% 5.26% 14.88%
H14 2002 438,613 2.38% 9.93% 3.99% 7.56% 19.09% 3.91% 15.65%
H19 2007 432,897 2.70% 10.70% 4.37% 7.67% 17.60% 3.62% 16.26%

(※ 比率は世帯主給与収入に対する割合)

こうしてみると、世帯主給与収入に対する実支出の割合は一貫してほぼ変化がありません。ところが、支出の内訳は大きく変化しています。要約すると以下のようになります。

  • 割合が増加した
    • 住居 3.97% → 4.67%
    • 光熱・水道 3.68% → 4.95%
    • 保健医療 2.04% → 2.70%
    • 交通・通信 6.61% → 10.70%
    • 教育 2.79% → 4.37%
    • 教養・娯楽 6.71% → 7.67%
    • その他の税・社保 9.85% → 16.26%
  • 割合が減少した
    • 食料 23.64% → 16.22%
    • 家具・家事用品 3.69% → 2.27%
    • 被服・履物 6.59% → 3.42%
    • その他 22.06% → 17.60%
  • 割合が変化していない

こうしてみると、「光熱・水道」「保健医療」「交通・通信」「その他の税・社保」といった準公的セクターの支出割合がこぞって増加しています。「勤労所得税」は一時大きく増加しましたが、最近はまた昭和50年代前半の水準まで減少しています。また「住居」が増加していますが、バブル崩壊後の地価下落の中でも増加しているところは注意が必要です。
一方、割合が減少したのは「食料」「家具・家事用品」「被服・履物」「その他」といった民間セクターです。ただし、同じ民間セクターでも「教育」「教養・娯楽」は増加している点には留意が必要です。(「教育」は、補習教育が増加の中心であるため、民間セクターに分類しています。)

公的・準公的セクター(光熱・水道、保健医療、交通・通信、勤労所得税、その他の税・社保)+住居と民間セクター(食料、家具・家事用品、被服・履物、教育、教養・娯楽、その他)に分類すると以下のようになります。

表4 世帯支出(平均月額)の内訳 公的・準公的セクターと民間セクターの比較

公的・準公的セクター+住居(比率) 同、物価調整済み(円) 民間セクター(比率) 同、物価調整済み(円)
S53 1978 29.75% 110,109 65.47% 242,340
S57 1982 35.33% 139,392 63.58% 250,899
S62 1987 37.59% 159,468 60.54% 256,782
H4 1992 37.39% 174,753 58.43% 273,110
H9 1997 40.03% 189,944 53.50% 253,887
H14 2002 41.50% 180,958 53.44% 232,984
H19 2007 42.90% 185,173 51.55% 222,502

(※ 比率は世帯主給与収入に対する割合)

このようにしてみると、「公的・準公的セクター+住居」という代替の難しい公的色彩の強い部門が大きく増加して、家計を圧迫していることが分かります。これが、今の「生活の苦しさ」の正体ではないでしょうか?家計の15%も公的部門の支出が増加しては、子どもにかけられるお金が少なくなったと感じるのは無理がないのではないかと思います。
実際に、家計に占める民間セクター部門の物価調整済み実質額で比較しても、昭和53当時に比べ平成19年には8%近くも減少しています。近年のデフレ圧力や激安店のブームは、家計に占める民間セクター部門の支出を大きく減らさなければいけないという圧力に起因しているだろうという予想も成り立ちます。

この状況で必要なことは、民間企業に賃上げ圧力をかけることではなく、公的セクター部門の効率化をはかって家計に対する負担を下げることではないでしょうか?

(追記:数値の計算が一部間違っていたのを修正し、公的セクターと民間セクターの比較を詳細化しました。)