先日の「日本企業が復活するためには、労働の流動化は必須」には、コメント等色々反応を頂きました。
はてなやTwitterなど、アクセスログからたどれるものも大体読みました。
皆さん、有難うございます。
私は、労働問題は素人で、新聞を読んで分かる程度の知識しかないです。
ただ、企業の組織変革をどう進めるか、を考えると、どうしても避けられない問題だから、ここで議論してます。
更に今はアメリカにいるから、日本でどういう議論が行われてるか、ってことも全部は把握してないし。
だから、皆さんのコメントや専門家の方の記事はとても参考になります。
あまり労働問題に踏み込むと、企業変革の話から外れてしまうので、外れない範囲でもう一度議論してみようと思います。
1. まず、既に流動化が進んでる「派遣・請負」分野と、進んでない分野を分けて議論したい
進ませるべきは、本来なら新しい事業を起こせる力を持った人たちの流動化。
「労働力の流動化が必要だ」と言うと、そんなの既に起こってる、とか、寧ろ現在の問題はセイフティネットだとかいう反論が必ず来る。
これは、流動化が社会の受容能力以上に進みすぎて、問題が起こっている分野と、
全く流動化が進まないホワイトカラー(一流企業の正社員、官僚など)分野がごっちゃになってるからだと思う。
既に「派遣社員化」「請負化」が進んでいる分野については、流動化を叫ぶ必要は全くない。
それどころか、流動化が進みすぎで、ちょっと戻した方がいいところがたくさんある。
企業の経営の失敗と、正社員はリストラしたくない世間体の、割を食っている感じであり、
彼等を守る制度(セイフティネットや失業時の職業訓練等)が社会の中で十分発達していない。
また、単純労働だけでなく、本来は長期的に関わって技術を蓄積すべき分野ですら「派遣化」が進んでいるから、
品質維持の問題や、企業に技術・ノウハウが蓄積しない、という問題も起こっている。
ここで私が問題にしているのは、そういう「流動化進みすぎ」な分野ではなく、
全く流動化が進まない分野(一流企業の正社員など)のことだ。
そして、その中でも、技術やビジネススキルを持っていて、本来なら大企業にしがみつかなくても、
転職・起業したほうが能力を発揮できるような人の流動化を、まず進めたらどうかと考えている。
もちろん全ての「大企業の正社員」が高い能力やスキルを持っているわけではない。
大企業が変革する時にリストラしたいのは「能力はないが既得権益を持っていて辞めない」人じゃないか、と思うだろう。
これは個人的な印象だけど、そういう人たちも入社したときは、何らかの能力の高い人間だったのではないか。
しかし社会の変化を見誤り、大組織に最適化することだけに注力したため、正しい判断に正しく能力を使えない「大企業病」にかかってしまったのだと思う。
だから、多少の「痛み」は最初はあると思うが、(「痛み」ってのもまた無責任な言葉だが。)
まずは能力はあるのに、今の日本では転職・起業より大企業に残ることを選択してしまうリスクアバースな人が、
自然と流動化できるような社会をつくることからはじめれば、大企業病な人の問題も緩和されていくと考えている。
2. 「大企業の正社員」の既得権益を「奪う」のではなく、彼等がベンチャー転職・起業をやりやすくなる環境・仕組みを作ることで解決したい
今流動化が起こっていない「大企業の正社員」を流動化させろ、というと、
あたかも「彼等の既得権益」を奪え、と言ってるように聞こえるかもしれない。
が、必要なのは奪うことじゃない。
ベンチャーや中小への転職・起業をしやすい環境を作ること、そしてそれが「転落人生」ではない世論形成。
そうすれば、能力の高い人たちから自然と人材流出→人材の還流が起こるようになるだろう。
「北風」でコートを脱がすんじゃなく、「太陽」で脱がすのだ。
もっとも「奪わないと」出て行かない人たちもいるし、社会を抜本的に変えるには、「北風」も必要だ。
米国も、起業家精神が旺盛で、流動化が高いところは最初からあったけど、GEもIBMもそうしたように、企業が大量のリストラをやったことで、人々の意識も変わっていった側面も大きい。
3. こういう人たちの転職・起業を促すのは、セイフティネットではなく、資本・技術の流動化
で、こういう能力の高い人たちのベンチャーなどへ転職や起業を促すのは、所謂失業保険だの職業訓練だのといったセイフティネットではないと思う。
前の記事のコメント欄で、大学の先生に「日本は起業するには最低の国だ」と言われた、というコメントがあったが、
それは、日本にはベンチャーが成功するために必要な、資本(カネ)、技術(モノ)、そして人材(ヒト)が還流する仕組みが全くないからだ。
アメリカには、ベンチャーキャピタル(VC)がたくさんあって、これがベンチャーに資本を提供するほか、
他のベンチャーや大学とつなげて、技術や人材を提供したりする機能を果たしている。
まずこの機能が日本にはない。
もちろん日本にも日本の金融機関が作ったVCのようなものはある。
しかし、日本の金融機関らしく「閉じた」世界になっていて、全然資本の流動化を促進していない。
某国立大学で起業に関わってる人に聞いたのだが、何でも日本のVCの営業の人たちが全ての研究室を訪問して、
ベンチャーの種になるものはないか、しらみつぶしに営業して回るのだという。
で、種になるものがあったら、絶対に誰にも知らせずに、自社だけで囲い込む。
「まるでどこかの証券会社みたいですね」と私が言ったら、彼が言ってたのは本当に某證券傘下のVCだったが(笑)、
ここに限らず、日本発の大規模VCは現状ではどこも似たり寄ったりであろう。
こんなんじゃ、VCがあっても、色んなところから資本が流入しにくいし、情報も人材も技術も還流しないから、VCの意味がない。
むしろ外資や中小のVCが参入できなくなってる分、状況が悪くなってるのだ。
技術の種の出所も少ない。
次の記事で書こうと思うが、ベンチャーを成功に導くような技術とは、通常大学か、企業の中央研究所にある。
ところが日本の場合、企業研究所が人材にも技術にもクローズドなので、ここからベンチャーが中々でてこない。
頼るは大学しかない、という状況だ。
しかしその大学も、上記のように、世間知らずの先生が金融機関に手篭めにされているから、外には中々ネタや技術が出てこない。
ボストンやシリコンバレーで起こっているように、次々に技術が外に出て、人材が流通し、VCが資本を提供、というような起業家の生態系が、日本には出来ない状況になっている。
こういうボトルネックをいくつか解決すると、日本でもベンチャーが成功するのに必要な、モノ、カネ、ヒトの流通が起こる。
次第に、ベンチャーに転職することは「転落」ではなく「栄転」となるだろうし、起業もしやすくなるだろう。
4. 「大企業の正社員」がベンチャー転職・起業をしやすくなるのは、企業の競争力を高めることにもつながる
レベッカ・ヘンダーソンは"Architectural Innovation"という論文(1990年)で、
「組織は既存製品のアーキテクチャに沿って最適化するため、
アーキテクチャを変えるようなイノベーションは既存組織では起こらない」と言っている。
(私の解説はこちら:イノベーションが部署単位でしか起こらないことについて)
また、クリステンセンは「イノベーションのジレンマ」(1997年)(本はこちら )で、
「企業が既存事業を破壊するようなイノベーションは、必要なスキル・組織の目的が異なり、
また、初期的には規模が小さく、利幅が小さいため、既存組織では成功しない。
よって、次の新たな事業の柱にしたい場合は、スピンオフさせて別会社にするしかない」と結論している。
(私の解説はこちら:自社事業を破壊するイノベーションが出てきたとき)
皆さんも経験でお分かりと思うが、大企業の中には次世代の製品の芽がたくさんあるのに、
既存事業とのしがらみとか、ちょっとやってみたけど余りに市場も利益も小さくて事業にならないとか、
そういうことは多いと思う。
でも、そうこうしているうちに、その技術は海外の企業とかで大きく育って、いつの間にか抜かされてしまうのだ。
上記の二つの論文・本はその理由を理論的・詳細に説明している。
大企業が、次なる技術で成功しようとしたら、技術や優秀な人材を外に出して、
ベンチャーやってもらうしかないってことだ。
自社の社員を出向させたり、積極的に転職させたり、資本や技術のバックアップをするが経営には口を出さず、育てること。
そしてある程度まで大きくなったら、傘下にいれ、自社の既存事業を塗り替えることだ。
こういうことが普通に起こるようになってきたら、
大企業の改革も起こりやすくなるはずではないだろうか?
雇用流動化については、色んなアプローチがあると思うけれど、
「大企業の正社員」が起業やベンチャー転職がしやすい環境にしていく、というのはひとつの、
しかもアプローチしやすい考えではないかと思っている。
以上、一応私の現時点でのひとつの考えを書いてみた。
企業変革と雇用形態、起業しやすい社会を作ることとの絡みは、そう簡単に解決できない壮大な問題。
また機会があれば別の視点で書いてみたい。
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最後に前記事に関して記事を書いてくださった方へのコメントと(トラバ有難うございます)、
関連するんじゃないかと思われる記事をご紹介しておく。
日本経済が復活するためには大企業の改革は必須-Railsで行こう!(elm200さん)
日本の経済は大企業だけが取り仕切っているが、この大企業が硬直化しているため、日本経済全体が傾いているという論旨。
しかし「日本の大企業には優秀な人材が眠っている。」
だから「この塩漬けにされている人たちを外に引っ張り出さなければならない」というのは、全く同感。
ただ、elm200さんはその優秀な人を引っ張り出すのは、高い報酬だというがそれだけか?
それで、私はベンチャー転職や起業が成功につながりやすい環境作りが鍵、というのを上記3に書いてみたが、
ベトナムで起業されてるelm200さんが更にどのように議論を展開するか読んでみたい。
雇用流動化について私なりのまとめ-松本孝行(元既卒)のブログ
松本さんはこのブログにも何度もコメント下さっているが、今回は一本記事を書き下ろしてくださった。
大企業の子会社が、年功序列を守りたい本社が、余り優秀ではない社員の「天下り」の道具となり、子会社の芽を潰している例を書かれている。
これなんか、まさに上記4の反対を行く事例である。
クリステンセンが口を酸っぱくして「破壊的イノベーションは別会社でしか起こらない」と言っても、
その別会社が「使えない人材」格納庫扱いでは、イノベーションなんか起こらないわけだ。
日本の問題は、「人の流動化」が低すぎてノウハウが循環しないことにある-Zopeジャンキー日記 (mojixさん)
これは私が勝手に見つけた記事なのだが、上で私が書いたことに非常に関連するのでリンク。
まずmojixさんの「人の努力」の問題ではなく「システム」の問題だ、に思想として非常に同意。
これって理系出身者の共通点なのかもだけど、うまく行かないのは仕組みや制度が悪いのであって、人が努力しないからではない、と思っている。
だから、上記のように、ベンチャー転職や起業が成功しやすい環境・仕組みを作ることで、人材の流動化を高めたい、と私は思っている。
また「人の流動化が低すぎるとノウハウが循環しない」のも全くそうで、結局技術やノウハウっていうのは、人にくっついて移動するのだ。
もっとも上記1で書いてるように、変に流動化が進みすぎてノウハウがたまらない生産現場やIT分野はその限りではないが。
労働力の流動化と聞くとため息が出る-大西宏のマーケティングエッセンス
これも私がBLOGOSで勝手に見つけた記事。
最後に「雇用の流動化こそが日本を元気にするから説き続けていくしかない」と書いてるのを見ると、タイトルは恐らく釣り。
概要としては「働く側が自然と流動するように意識を変えるにはどうするか」を書いている。
「流動化させるべきは、技術やビジネスを作り出し、発展させられるパワーやエネルギーを持つ人だ」
というところは私も全く同感。
恐らく私のこの記事は、大西さんの問いへのひとつの解になってるんじゃないかと思いますが、どうでしょうか?
今回の子会社の例は私の体験談でもありますので、かなり日本の直面している現実を映し出しているかと思います(私や同僚の子会社社員が成果をいくら出しても、結局本社社員を給与・待遇とも超えられなかったという(笑))。
しかしこの企業変革にも必須であるという考え方は非常に新しいと思います。もっと日本のベンチャー企業や中小企業は流動化に賛成して大きな声を上げてもいいと思うのですが、なぜここまで静かなのか、ちょっと寂しい気持ちもあります。
>しかしこの企業変革にも必須であるという考え方は非常に新しいと思います
そうなのですか。
もしかしたら既に言われている話なのかなと思っていました。
だって変革しようと思うときに、最初にネックになるものですもの。
ベンチャーで声を上げている人、と言う意味では私が引用したelm200さんやmojixさんはそれに当たるかもしれません。
勤続20年でも自己都合退職なら200万円ぐらいしか退職金出ませんからね。会社都合なら一気に3倍、4倍になってしまうんで、皆、希望退職の募集を待ってるんですよ。(笑)
まとめると
・企業年金制度の廃止
・退職金の自己都合、会社都合の格差是正
で、中高年社員のしがみつきはかなり解消されると思いますよ。それでも新卒で入ったゆでガエルというかカニバケツな従業員が外に出るのはなかなか難しいかも知れませんけど。
大企業から優秀な人を引っ張りだすのに、転職に高い報酬が必要だ、と書いたのは、もちろん一つの手段にすぎません。おっしゃるように、転職・起業しやすい社会環境を作るのが本道だとおもいます。
私が上のように書いたのは、日本人は案外、金銭的インセンティブを軽視しているのではないかと思ったからです。いま大企業からベンチャーに転職してくる人たちは「金銭的報酬は犠牲にするが、やりがいのため転職する」みたいな状態です。それでは、結局、変わり者が趣味でやっている、という形になってしまいます。「ベンチャー企業のほうが大企業より報酬が高い」ような例がもっと増えないと日本ではベンチャー企業にたいする評価があがらないのではないかとおもったわけです。(本来考えると、大企業はローリスク・ローリターン、ベンチャーはハイリスク・ハイリターンなのですから、当然のことなんですけどね)一言でいえば、日本で起業するのは「ハイリスク・ローリターン」なんですよ。これじゃやらない方が合理的です。
こういう話は、アメリカにいらっしゃるとつい見落としてしまうかもしれませんね。アメリカじゃ、取ったリスクの分だけリターンがある、というのは当たり前でしょうから。
結果としてイノベーションが起きる可能性も低くくなる
前の会社にも社内ベンチャー制度がありましたが、
VCと比べると、リターンまでの期間や収益率
が全然違うんだと思います。
相当カタい技術で、すぐに黒字化見込める事業じゃ
ないと投資しない。(その割には、金額が少ない気が
したなぁ…)
資本集約的な事業ができるのは大企業の強みな
はずだけど、新規事業だとそれもなかなか
予算が下りないらしく。
自然と、既存技術や既存顧客を伸ばす方向に
向かうのかと。
さて、コンシューマ向けのビジネスでは、マーケチング展開に資金力、あるいは流通ネットワークを要するものが多く、IT以外では、比較的技術イノベーションによってチャンスがあるのはB2Bが多いと思うのですが、顧客である大企業が保守的であり、いったん海外での成功があってはじめて取引が始まるということも過去は多かたのが事実だと思います。さらに、技術を持ち込むと、それを採用せず、アイデアだけ盗んで、自社の研究開発テーマにしてしまうというケースもあるようです。
ブランドでなければ取引しない日本の企業体質、小さな企業は相手にしないという日本の大企業にも問題があるのではないでしょうか。
> あたかも「彼等の既得権益」を奪え、と言ってるように聞こえるかもしれない。
> が、必要なのは奪うことじゃない。
本当にその通りだと思います.縮小していくパイを奪い合うだけでは結局何も解決しません.「大企業の正社員」が喜んで流動的な労働市場に飛び出していくような社会を作ることができれば理想的です.今科学・技術の若手の間でも似たような議論が起きていますが,そういう社会を作るにはどうすればよいのか,考えどころですね.
つまり、非常に業務遂行能力の高いプロが、組織に飼い殺しにされることなく、最高の人材を求める案件ドリブンで動けるほうが幸せだからと。
しかし実際には必ずしもそうはならなかった。
有能で有力な人に対しては今でも十分労働市場は「流動的」に機能しています。たとえば、ある会社のブラウザ開発チームのチーフだった人は他社では歓迎される。ある都心開発プロジェクトのマネジャーだった銀行員は不動産でも他行でも大歓迎される。
そういう事実を踏まえた意見でないと、いまどきの「氷河期は俺達のせいじゃない」「俺達は無能で無職なんじゃない、大企業が悪いんだ」というお子様理論になってしまうように思います。
確かに、ものすごい膨大な技術・ノウハウが中央研究所には蓄積されている。でも、それが世に出てくるのは本当に2-3%のみ。残りの98%は使えないものもあるが、事業が200-300億円規模にすぐにならないので、と捨てられているのもたくさんある。そこはもったいないですね。
『こんなんじゃ、VCがあっても、色んなところから資本が流入しにくいし、情報も人材も技術も還流しないから、VCの意味がない。
むしろ外資や中小のVCが参入できなくなってる分、状況が悪くなってるのだ。』⇒ここ、どーいうことなんでしょ?日本のVCも大学に営業いったりして、頑張ってんだーと思いましたが・・何で駄目なんでしょうか。もしよければ、具体的に教えて頂きたく。