Rant on Multiplier

参議院予算委員会で子供手当ての「乗数効果」が話題になったようだ。重要な話なので、じっくり考えてから書くべきなのかも知れないが、盛り上がっているうちに短いながらもとりあえず感想を書く。間違っていたら後で修正なり削除なりするかもしれない。

そもそものきっかけは、財務相が説明した子供手当てがGDPに与える効果について、林さんという人が食ってかかったことのようだ。その際に、消費性向と乗数効果の関係を持ち出して議論し、財務相の方はそれらの関係について明確に理解していなかった(ように読める)ゆえに、やり取りが混乱したようだ。

僕の主な感想は、次の2つである。

1.財務相は、GDPに与える効果の根拠について、もう少しちゃんと理解しておくべきだった。多分いろいろ覚えておかなければならないことあがるので全部について細かいところまで覚えているのは大変なんだろうけれども、数字の根拠についてわかりやすい説明を用意しておけばよかった。ついでに言うと、乗数効果なんて議論に乗っからなければよかった。

2.一方、林さんという人の議論も怪しい。消費性向という言葉を久しぶりに聞いたのも驚きだけれども、それより、消費性向と支出乗数の関係なんてものを持ち出して、経済通ぶっているのが驚きだ。スリランカの首都を覚えている人が、覚えていない外務大臣に対して国際センスにかけるといっているようなものだ。僕の勉強不足なのかもしれないけれども、雪達磨式にGDPが増えるという乗数効果などというものをいまどき真剣に考えている学者(あるいは教えている先生)はいるのだろうか。

では、一般的に、乗数なるものについてちょっとふれておこう。

一般的に支出乗数というのは、政府支出を1ドル増やしたときに、GDPが何ドル増えるかを示している。どうやって計算するかというと、普通は、政府支出ショックの入ったモデル(reduced form modelでもDSGEでもいい)をestimateして、estimateしたモデルにGDPの1%にあたる大きさの予期されない財政ショックを入れて、GDPがどのように反応するかを計測することで得られる。古典的な乗数効果といった制約はないし、実質GDPを見ているので、1以下になってもぜんぜん驚くべきことではない。

ところで、注意しなければいけないのは、dynamic modelで考える場合、乗数の測り方はいくつもあるという点だ。2009年第1四半期から第4四半期までそれぞれ政府支出をg1, g2, g3, g4ドルづつ増やしたとする。他の条件がコントロールされた状況下で、GDPが2009年第1四半期からそれぞれy1, y2, y3, y4, y5, y6,...ドルだけ増えたとしよう。そのときに:

impact multiplier(即時乗数(でいいのかよくわからない))はy1/g1で測られる。政策が開始(あるいはアナウンス)された時点の効果を測るのである。これがもっとも自然な測り方である。

しかし、政府支出の効果がhump-shape(こぶ型)、つまり、最大限発揮されるまでに時間がかかる場合、impact multiplierで測ると小さく出てしまう。政策の効果が十分発揮されるのに時間がかかるとすると1-year ahead multiplier、つまりy4/g4のようなものを見る方が適切ともいえる。

cumulative multiplier(累積支出乗数)は:(y1+y2+y3+....)/(g1+g2+g3+g4)で測られる(present valueとかは無視しよう)。この乗数は、ある政策に関連した総支出に対して、未来永劫にわたるGDPへの影響をすべて足し合わせた和がどの程度の大きさかを測っている。

では、子供手当てに関する支出乗数はどのくらいであろうか。最近のアメリカでは巨大なStimulus packageのGDPへの効果(支出乗数)というのが大きな論点で、支出乗数についていろいろな議論を聞く機会があるが、子供手当てのようないわゆる補助金に関する乗数に同じ数字は単純には使えないと思う。こう断った上で、参考までに以下は支出乗数について書く。以前書いたように、残念ながらモデルやサンプル期間、対象国、によって大きく異なる。アメリカの場合、1-year aheadで0から1.6の間で論争されているように思われる。1.6というのは2009年2月にアメリカのStimulus Package(景気刺激策)の経済効果を説明する際にChristina Romerが使用したことで一躍有名になった数字である。0というのは、いわゆるRicardian Equivalenceである。最近では(驚くことではないが)Barroが支出乗数は0だと主張した。いろいろな推定値がある中で平均的な値は何かというと0.5あたりなのではないかと思う。

では、乗数の値(政府支出のGDPへの影響の大きさ)は何に依存するのであろうか?いくつかあげてみよう。
1.支出がどのくらい続くか
2.どのように新たな国の借金が返済されるか
3.流動性制約(liquidity constraint)にひっかかっている家計がどのくらい存在するか
4.その政府支出が将来の生産性をどの程度高めるか
5実質金利がどのくらい反応するか(言い方を変えれば、クライディングアウトの強さはどのくらいか)
6.国内市場はどのくらいオープンか(極端な例ではsmall open economyでは金利上昇によるクラウディングアウトは存在しない)
7.労働供給に関するincome effectの大きさ

無理やりまとめると、この議論は、古典的な静的モデルと現在普通に使われている動的なマクロモデルとの間に断絶があるという問題が根底にあると思う。

政府支出でなくて補助金の増加についての乗数がどのようなものかは、宿題としておく。多分、政府支出に関する乗数を(大きく)下回ると思う。

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